17話 日常/束の間緩やかに

 それからまた数日………にわかに、東部拠点の人の出入りが激しくなっていた。


 いよいよ、“富士ゲート”攻略の準備が目に見える形で始まったんだろう。俺たちはまだ何も聞かされていないが、装備を整えて出て行く部隊が目に付くようになった。


 扇奈も、スルガコウヤも、……特に変わったところはなかった。立ち振る舞いばっかり大人って話か?つうか、それを気にしてる俺は何なんだ?結局今俺はどういう立場に立ってるんだ?相談役か?キューピットか、煙草咥えた。まったく……。


 そう、色々と忘れそうな、周囲が煩わしい日々だったが………一つ、俺の立場を明確に思い出せる出来事が、あった。


 ………FPA、だ。


 *


 新しい鎧――と言っても、“夜汰々神”であることに違いはないが、データを取る為に持ってかれた俺の鎧の代わりが届いたのだ。


 宿舎の傍に備え付けられたハンガー。横に黒い“夜汰鴉”――スルガコウヤの鎧があり、その隣に、灰色一色の“夜汰々神”が立っている。元々乗ってた奴は、使うたびにその辺にあった装甲やらすぐ回ってくるあまりの装甲を付けてたから、色が白黒灰とばらばらだったが、これはどうも新品らしいから、灰色一色。


 多少改良されたはずだ。と言っても、性能が大きく変わった訳ではなくて、ただ出した要望が通っただけだ。この間みたいな状況が起こっても主機が死なないようにしてくれ。あんなクソは二度とごめんだ、と。


 だから、もう主機が落ちない……になったらしい。


 短期間で対策も研究もし切れる訳がない。結局応急処置のようなもので、異能力――竜がするのもエルフやオニがするのも根本は同じ粒子だとかなんとか――を遮断する素材と塗料で主機を覆ったとか。


 そもそもFPAは西洋で、エルフとの戦争の為に開発が進んだ兵器だ。エルフの異能力は、念動力。生物以外に作用するから、こんな鎧着てたらまとめてねじ切られるのが落ち。それを防ぐために、異能を防ぐ為の理論、なのか装備なのか、そう言うのが鼻からあって云々。


 言ってる俺も半信半疑だ。理論だのなんだのは詳しくないし、使い手としてはシンプル、使えれば何でも良い。使えなかったら作った奴をぶっ殺してやる。


 とにかく、鎧が届いたらすることは一つ。チェックだ。装甲を外し、内部を確認する。量産ではあるが、どうしても細かな癖は鎧一つ一つ変わってくる。それを、実戦に出る前に確認しておきたい………。


 そうやって確認を始めた俺の横で、スルガコウヤもそれを手伝っていた。このおっさんも暇だったらしい。“夜汰々神”にも興味があった、とか………。


「……………」

「……………」


 そうやって、無言で作業を進めている途中……スルガコウヤが声を投げてきた。


「色は?」

「ハァ?」

「……装甲の色だ。塗り直すのか?」

「塗り直したら強くなるのかよ?」

「…………そうだな、」


 妙に満足げに、スルガコウヤはそう呟いていた。……なんなんだこのおっさん。何が満足なんだ?通訳をくれよ、通訳を。なんなんだよ……。

 ……………。


 コウヤの前で死なないであげて、ねぇ。……まったく。


「噂話がある」

「………そうか」

「帝国のお姫様とオニのお偉いさんが結婚する気らしいぞ」

「……………」


 スルガコウヤが止まった。……死ぬほどわかりやすいな、こいつ。

 と、思えば………スルガコウヤはまた作業を始め、


「……そうか、」

 とだけ呟いた。


「そうか?……それだけか?あんたの女だろ?」

「ずいぶん、拘るな」

「鬱陶しいんだよ。頭の上でワーワーワーワー。……一体何歳なんだよあんたらは」

「………扇奈に伝えるよう頼まれたか?」

「……………」

 良い勘してるな。流石英雄。


 そんな英雄様は、黙った俺を暫く眺め、それから言った。


「……余計なお世話だな」

「まったく俺もそうだと思う」


 一通り確認を終え、俺は懐から煙草を取り出した。

 スルガコウヤはまだ作業を続け……そっちももうすぐ終わりそうだ。とにかく作業を続けながら、


「……まず、戦争だ。死んだら話にならない」

「そうだな、流石英雄。当然の話が上手いな」

「その婚約、戦後処理だろ?」

「………ああ。そんな話してたけど?」

「トカゲを殺した後にする話だ。………敵がいなくなるなったら、英雄はもう必要なくなる」

「……………」

「俺は政治家じゃない。浮つくのは、義務が終わってからにするべきだ。……勝つことに慣れ過ぎてる。戦争を数字で見るとな」

「……………」

「………なんだ?」

「いや。……あんた、まともな事言えたんだな。ゲート潰したら話に行くってか?」

「浮ついてないでまず目の前の危険を見るべきだ。じゃなきゃ、死ぬぞ」


 ………ぼうっとしてるだけじゃなくまともに考えてるらしい。仕事を終えてから口説きに行くって話か。ホントか?またうだうだしねえか?……っていう事を考えてる俺は一体どういう立場なんだ、クソ。


「まず、戦争。まず、勝つ」

「……生き延びてから、だ」


 そう言って、スルガコウヤも作業を終えたらしい。立ち上がり、装甲を戻し……それから、英雄は自分の鎧、“夜汰鴉”の元へと歩んでいく。


 そして、その黒い鎧を軽く叩き、振り向いて、言った。


「調整の確認をしよう。完熟訓練だ」


 高価で物騒な玩具で遊びましょう、だそうだ。英雄様と模擬戦、か………。


「わかった。……恥かかせてやるよ、英雄」

「……期待しておく」


 そう鼻で笑って、英雄は鎧の中に身を滑り込ませた。


 *


 こいつは人間じゃない。化け物だ。


 模擬戦場、として設けられた――無計画な開発の結果放置されてせっかくだからと再利用されてるらしい――街並みで、オレンジ色のペイント弾を手に英雄と向かい合った俺の感想がそれだ。


 まず根本的な話として開幕と同時に壁蹴って三角跳びして後ろ取って来るってどういう事だ?動きがトリッキー過ぎる。なんで壁蹴るのが普通の移動手段になってるんだ?初手からもう意味が分からない。


 しかもその最中になんで俺は撃たれてるんだ?なんでそれが俺に当たってるんだ?

 逆になんで俺が撃った奴は全部当らないんだ?なんで発砲を見てから避けてるんだ?


 左目が死角だって事は知ってる。が、そもそもその位置取りが出来ない。させて貰えない。その上、奇跡的に死角に入り込めたとしてもなぜかその弾丸にも反応してる。


 後ろから撃っても反応してる。避けられる、だけじゃなく撃った瞬間にもう撃ち返されて俺だけ食らってる。


 一応、聞いてみた。

『おいクソ准尉どうやって今の避けたんですか?ハァ?』

『…………………勘?』

 なんで半信半疑なんだクソ野郎が………。


 とにかく、そうやって調整は進んだ。完熟訓練、模擬戦をして調整し、また挑んで調整し、何度かやって完璧に調整を終えた後は挑み続け、………。


 終わった頃には、わざわざ塗装し直す必要もなく、新品の“夜汰々神”はペイント弾のオレンジ色に染まった。そして、そんな“夜汰々神”の隣には、まったく汚れていない“夜汰鴉”。


 座り込んで、それを睨みつける俺に、英雄は言った。


「浮つく余裕はあるか?」

「…………明日こそ当ててやるよ」

「わかった。期待しておく」


 それだけ言って、スルガコウヤは歩み去って行った。


 反則チート野郎が………。クソ、俺だって、実戦で、生き抜いてる、はずなのに………。


 “夜汰鴉”を睨む。まあ、綺麗。

 “夜汰々神”を睨む。綺麗にオレンジ色に染まってる……クソ野郎が。


 煙草を取り出し、吸って、吐いて、また二つの鎧を見比べて………。

「当てる前に避ける方だよな……」


 最悪、攻撃が当たらなくても、避けられれば生き延びられる。実際、無茶苦茶な動きをするスルガコウヤも、避ける方が上手いから生き延びてるんだろう。片目でも。


 奪えそうな技術は奪おう。それから、…………。

「……………」


 煙草の匂いがする。新品に、まだお守りはついていない。

 ……………死ぬよりはずっと良い。ああ、わかってるよ………。


 俺は、重い腰を上げた。


 *


 それから暫く後。オレンジのペイントを流し終えた、元の灰色に戻った“夜汰々神”を前に、紅い羽織のオニは腕を組んで片眉を吊り上げていた。


 そして、その視線が、扇奈自身の手――そこに握られている、ビニールに包まれた煙草の箱に向く。それから阻止戦は俺を向き、眉根を寄せて、言う。


「………貼って欲しい?」

「ああ。内側の、心臓の位置だ。そこに張り付けてくれ」


 視線を逸らしてそう言った俺を前に、扇奈は肩を竦め、


「…………その位自分でやったらどうだい?」

「それだと、ご利益がないだろ?」

「ご利益、ねぇ。………女に貼って欲しい、か?」

 …………。

「女なんてどこにいるんだ?」

「ハハハハ、あんた……そろそろ本気でぶん殴るよ?」


 そう笑いつつ頬を引き攣らせ、それから扇奈は一つため息を吐くと、“夜汰々神”の元へと歩んでいく。


「心臓当たり、ってどの辺だい?」

「どこでも良い。それっぽい場所に貼ってくれ」

「それっぽい、ねぇ………」


 呆れたように呟いて、扇奈は上半身だけ鎧の中に滑りこませた。………似たような状況を見た覚えがある。当然だが。


 勝手にやってきて勝手に貼って、小柄なオニは鎧から足だけ出して、貼り終えてバタバタし始めていた。オニも、全員が全員運動神経が良い訳でもなかったらしい。引っ張り出してやって、それから円里は、何事もなかったかのように講釈を始めたのだ。ルーチン、願掛け、………。


「よっ、と。……出来たよクソガキ。これで良いかい?」


 ……扇奈は、わざわざ引っ張り出す必要はなかったようだ。呼ばれて、俺は歩み寄り、確かに貼ってあるのを確認して………。


「ああ。……助かった」

「気にすんなよ。大したことじゃないしね、」


 そう言って、扇奈は俺に背を向けて、歩み去ろうとする。その背中を、俺は眺め………。


「………オイ、ババァ」

「……珍しく可愛げあるじゃないかって人が思ってたらすぐそれかい。あァ?」

「政略結婚の話。スルガコウヤに言ったぞ」

「……………」


 茶化すでもイラつくでもなく、静かに、扇奈は腕を組みこっちを眺め……。


「…………で?」

「まず戦争、だってさ。……戦争が終わったら話に行くって。アイツも、ただぼうっとしてるだけじゃないみたいだぞ?」

「…………そうかい、」


 それだけ、扇奈は呟いていた。どことなく遠くを見るような、寂しそうな目。

 ………巣立ちと、そう言って俺を見ていたオニがいたな。


「扇奈」

「……なんだい?」

「あんたは、……俺より長生きなんだよな?」

「勿論」


 すぐさまそう応え、どこかからかうような笑みを零し、扇奈は背を向け、去って行った。

 俺はそれを見送り、それから、“夜汰々神”の内側を眺める。


 お守りはそこにある。そう、まず、戦争だ。まず、生き延びてから………。


 *


 それから一週間後に、俺たちの部隊――扇奈の部隊にも辞令が下りてきた。


 “富士ゲート”攻略戦。……大和に残った最後の竜の巣。

 それを壊す、作戦だ。


 それが終われば………戦争は、終わる。少なくとも、竜との戦争は。

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