5章 富士ゲート攻略作戦/前編/代償を乗り越えて

18話 高見/閑職の英雄

 吐き出す息が白く、冷たく……吸い込む煙は熱い。

 いつの間にか、季節は冬に差し掛かっていたらしい。“夜汰々神”の上だけ開けて、煙草を咥える顔を乾いた風が撫で、煙と共にどこかへと吹き飛んでいく。


 視界の先には、霊峰が見えた。早くも雪化粧が霞んでいる霊峰、そしてその周囲に枯れ始めの樹林が広がっている………。

 そして。


その、枯葉を散らす木々が、所々大きく、揺らめいている。揺らめくその枝の影に、異形の怪物が何匹も何匹も、蠢いている――。


 “富士ゲート”。その、最後に残った竜の巣があるのは、この地下だ。地下構造物として竜が何年もかけて構築したらしい巣穴がそこにはあり、そして、周囲の樹海含めすべてが今も竜の領土テリトリー


 かなり遠方の高台から、俺は、その戦場を眺めていた。


『――の為に我らが手と手を取り合ったのか。遺恨も障壁もあった。だが、全ては今日この日の為、この日に至る為に我らが共に流した血に、輩に報いる為――』


 通信機から指揮官様の声が聞こえてくる。あのオニ――東乃守殊洛が今回の作戦の指揮官を務めるらしい。その指揮官様がいる本陣も、俺の視界の先、霊峰と一緒に映っている。


 俺は指揮官様の背中を見ている。ああ、ゲートの攻略戦だ。色々と戦略も戦術も段階もあるし、それは俺の頭に入っている。だが、今、開戦を目の前にした指揮官様の演説を聞いて、俺が思うことは一つ。


「……なんでこんな場所に居るんだよ。これが英雄抱えた部隊の配置か?」

「…………」


 俺の横では真っ黒い“夜汰鴉”――中身は間違いなく仏教面だろうそれが腕を組んで戦場を眺めていた。俺達の背後にはいつものオニ達がいて、我らがボスはこっちに紅い背中向けて胡坐かいて、頬杖を付いていた。


 決戦を前――と言うには弛緩した雰囲気だ。と言うか、緊張しようがない。


 俺達がいるのは、戦場の一番後ろだ。そこに配置されたのだ。予備の遊撃戦力、ですらない。右翼最後尾にされてる。

 俺や扇奈ならまだしも、スルガコウヤもまとめて、だ。


「……………」


 常在戦場、鎧を纏った英雄様は腕を組んで本陣を眺め続けていた。それを横目に、俺は紅い背中へとまた声を投げた。


「ほら、英雄も殺気立ってんぞ?」


 と、だ。そこで、扇奈は振り返り、俺とスルガコウヤ二人まとめて呆れたように眺め、言った。


「……それをあたしに言ってどうしろってんだい、クソガキ共。そもそもね、あたしはこの配置に覚えがあるんだよ。良い言葉を知ってる」

「……何か作戦があるのか?」


 そう問いかけたのはスルガコウヤだ。どうもマジでちょっとイラついてるらしい。

 それに、ババァ様は毅然と答える。


「懲罰人事って奴だよ。何かしらやらかした奴が閑職に回されるって奴。だろ?」

「懲罰?」

「……何か、やらかしたか?」


 口々呟いた俺とスルガコウヤを、扇奈は睨み上げながら、言った。


「ああ、ホント、不思議だよねぇ。なんでそんなことになってると思う?皇帝撃とうとしたクソガキはどう思う?皇女袖にして戦場に出てるクソガキは?なんでだと思う?あたしには全くわからないね。不思議だね、ええ?」

「……皇帝に恨まれてるって?だったら我らがクソ陛下は使い潰すだろ。爆弾でも背負わされて、今頃前線に居るはずだ」

「……………」


 スルガコウヤは特に何も言わなかった。……こいつの方の事情か?あのお人形様が自分の男の身を案じて後方に配置した……なら、あり得る話だ。


 この作戦の指揮官が殊洛で、噂によれば我らが桜花様の正統で公的な婚約者様らしいし。口利きするルートはある。まあ、だから殊洛がスルガコウヤを安全な場所に置く、ってのも妙な話ではあるが。


 と、そこで、扇奈の元にオニが一人駆けてきた。いつもの副官だ。そいつは、扇奈に耳打ちする。


「姐さん、……確認して来たんすけど、やっぱこの配置であってるみたいっスね。流石に命令無視しすぎたんすかね?」

「命令無視しすぎたのかよ?」


 煙と一緒にそう問いかけた俺を、ババァは睨み………。


「なんだって良いじゃないか。楽に済む、ってんならそれに越したことはないだろ?無理やり前に出るってのは流石に頭が悪すぎるしね……」


 そんな呟きと共に、扇奈はまたこちらに背を向け、霊峰、戦場を眺める。

 本陣、そして、本隊。何百、何千もの鎧が、そこには並んでいる。それこそ、同盟軍全体を上げた作戦だ。見慣れた、通常装備の“夜汰々神”、“夜汰鴉”、そしてオニ達が何人も何人も………。


 そして、その一角に、毛色の違う部隊も見える。

 “月読”が何体かと、その周囲には“月読”同様白く塗られた“夜汰々神”達。皇帝陛下の勅命付きの部隊だ。こないだの玩具――あの爆弾を降らせる車両も見えるし、なんならそこの“夜汰々神”、“月読”の内何体かは、武装の代わりに見慣れない箱みたいなモノを背負っていたりする。アレも、大和紫遠の新しい玩具だろうか。


 流石に大和紫遠本人は居ないが、とにかく、そんな、皇帝の部隊が一つ。

 それからもう一つ、毛色の違う部隊。黄、いや金色の、見慣れないFPAの部隊だ。殊洛の部隊、らしい。“夜汰鴉”でも“夜汰々神”でも“月読”でもない、FPA……確か、“羅漢”とか言ったか?赤いカラーリングのそれを昔見た覚えがある。真似しようって試す気すら起きない位の超長距離狙撃神業決めてた奴を前見たが……あの鎧に近いかもしれない。


 とにかく、見慣れない鎧を纏った……だ。そう、あの鎧の中身はオニだ。鎧を纏ったオニの部隊――東乃守殊洛の、部隊。


 その毛色の違う2つの部隊が、この“富士ゲート”攻略作戦の花形、実際に巣穴に突っ込んでいく部隊らしい。


「政治、かねぇ。……英雄はもう必要ないってことかも知れないよ」


 扇奈はそんな事を呟き、そこで、スルガコウヤは背を向けて歩み去って行く。一人で突っ込みに行くって程馬鹿じゃないだろうし、装備の確認か調整でもするんだろう。

 それを眺めて、それから、俺は言った。


「パフォーマンスか?」

「戦後に向けての戦果と抑止力づくりだよ。代替可能で強力な戦力を有している、とお互いに示し合うって話」


 FPAが要らない、もしくはその中身の技量に左右されない戦力になる、皇帝陛下の新兵器。

 オニ本人の技量や能力を更に向上させる、FPAを使うオニ。

 ………竜を殲滅したその後、長期的な視野でのメリット。


「トカゲはもうおまけか?」

「そう指揮官様まで思ってないことを祈ってるよ、」


 そう、扇奈が呟いた所で、指揮官様の演説の結びだろうか、声が聞こえた。


『――大和の平和の為に!』


 *


 鋼鉄の雨が空から降り注ぎ、地に落ちた途端に巨大な爆炎へと変わって行く。炎は竜を、あるいは周囲の木々を焼き弾き吹き飛ばし、そうして火薬の匂いで開墾された樹海の上を、何匹ものトカゲが濁流のように迫り――。


 ――横向きに走る弾丸の雨が、無先に迫る竜の濁流を薙ぎ払っていた。


 爆炎。銃声。悲鳴、号令。突出しすぎた部隊が竜に呑まれ、ヒトを、オニを呑んだ竜が数多の火線に射貫かれて果てる。


 そんな地獄が、眼下にあった。ついこの間まで俺もその中で狂っていた、地獄。


 ゲートの攻略、と言うのはある程度決まった戦略で行われる。まず、空爆で表層、前面にいるトカゲを吹き飛ばす。それから、前線部隊が前に出て、巣から出てきた竜を迎撃しながら後退。そしてまた空爆。そうやって綺麗にした部分をまた攻めて、また退いて、地下から竜を引きづり出して、空爆。ゲート付近、地下の奥深くにいる竜を可能な限り地表の出して、一掃。そうやって絶対数を減らした上で、いよいよ突入部隊が巣に突っ込んでいく。


 突入部隊は複数の入り口から、内部を制圧しマッピングしていきながら、侵攻。そうやって時間をかけて徐々に、じわじわ戦力を削いで、最終的にゲートに到達、破壊する。それが大まかに言った一般的な戦略だ。竜の最大の脅威は数だから、空爆でそれを一気に削れればそれだけ勝率が上がって行くって話。


 もちろん毎度そう簡単に進む訳じゃないし、うまく進んだとしても巣穴の中はどっちにしろ地獄だろう。制圧じゃなくて突撃して離脱、と言う戦術もあるが、それは英雄様とその部下が捨て駒になることが前提だ。捨て駒にされて生きてる英雄様がオカシイって話である。


 とにかくまあ、今回の作戦も、そのプラン通りに進んでいくらしい。

 そして、俺はそれを眺めてるだけ。


 空爆。竜の群れ。突出。孤立。蹂躙。悲鳴………。

 ついこないだまで俺もそこにいた。それを、今は眺めているってのは、妙な気分だ。


 俺は、あそこでずっと、一人でもがいてた訳だ。あるいは、一人だと思い込みながら。


 この距離じゃ流れ弾も飛んできたりはしない。一応すぐ動けるように、“夜汰々神”は開けたまま、俺は煙草を取り出して………そこで、だ。


 横に、“夜汰鴉”がいた。英雄様もいよいよ暇を持て余し、戦場を見物する気になったらしい。

 ……………。


「そういや、あんたは見慣れてるのか、これ」

「そうだな」


 そっけなく、英雄は言っていた。スルガコウヤはいつも、突撃部隊の方に配置されていた。だからこの前線、数を減らすための地獄には配置されず、この行く末を見送った末、竜の巣に突撃、をし続けていたはずだ。


 が、今回は、……計画通りにいけば、最後までここで高みの見物。


「竜の巣に特攻できなくて悔しいか?」

「……疑問に思う。俺はここで何をしてるんだ。俺が行けば……それで死なないで済むやつが多く居るはずだ」

「すげぇ自信だな」

「自信じゃない。事実で、結果だ」


 ………そう、言うだけの事はあるだろう。

 何回も模擬戦を挑んで、結局俺はこいつに勝てなかった。ただ、被弾は減らしたし、たまにほぼまぐれでも当てられるようにはなった。英雄様の動きにある程度慣れた、って事だ。強くなった、訳ではないが……連携を取れる可能性ぐらいはあるだろう。


 だが、それを見せる機会もなく、戦争が終わるかもしれない。

 …………妙な気分だった。


 別に、戦争が好きな訳でもない。戦わずに済むなら、……別にそれで良いんだろうと思う。

だが同時に、英雄様が言うのと同じように、俺はここで何をしてるんだ、とも思う。


 あそこで竜に呑まれて弄ばれてる奴が俺だったら………多分死んでない。かといって、俺が行けば周りを助けられるなんて、そんな能力も生き方もしてないから、……だから、妙な気分だった。ただ眺めるだけで、毒づこうって気にもならない。


「おい、クソガキ共」


 そう背後から呼ばれ、俺とスルガコウヤは振り返った。

 呼びつけてきた我らが部隊長は、腕を組み、視線は鋭く……。


「………仕事が出来たよ。妙な動きしてる群れがあるってさ」


 それを聞いた瞬間、俺の手が、震えた。

 武者震い、って奴か?それとも………。

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