6章 富士ゲート攻略作戦/後編/移り往く景色

22話 大斧と青瞳/真の望み

『スイレン?ほら、手品だよ~』


 思い起こす郷愁は、もう、セピア色じゃない。

 やつれてそれでも甘く柔らかく、微笑みかけてくる人。青い目をして、金色の髪をして、でも、耳が尖っている訳でもなく、それでもその人の手の上で確かに、煙草の箱は宙に浮いて、舞い踊っている――。


 ハーフ、だったのだろうか。

 なら、俺は4分の1クウォーター?4分の1、エルフ。根源的な疎外感が青い目に、どこかにあって、それでもこれは疎外感だけじゃなくて、確かに繋がりだ。



『生きてください、殿下』


 4分の1、殿下と、その立場に置かれ育てられて、だから、4分の1良い子だ。ああ、育ちの良いガキ。



『背が伸びたね、スイレン』


 その煙草の匂いにクソがと吠えて甘えて、4分の1はクソガキで。


 そうやって、余った残りの4分の1は。

『君の父親は私の兄、第一皇子だった蒼真だ。血縁上はね。彼は頭の良い男だった』


 そう語られた、顔も知らない父親の血なのか。

 あるいは、そう語っていた――確かに思い出の中にいたらしい仇敵なのか。


 どちらであれ、俺は4分の1、冷静で冷徹で、自分本位で、けれどその冷静さのお陰で………失ってから、気付いたと、わかったと、そう言える。そう、思える。そうあるべきだと思える。


 ………俺はもう、ガキじゃない。


 *


「ハァァァァァッ!」


 雄たけびと共に振り回した右手の大斧の先で、トカゲの首が刎ね跳び、もんどり打つように胴が転がって行く――その転がった死骸を踏み抜いて、別の竜が大口を開けて迫って来る――。


 そこへと、左手の20ミリを向け、放つ。そうやって八つ裂きになったトカゲを別のトカゲが踏み抜いて顔を覗かせた瞬間にその首を大斧で撥ね飛ばし、同時に別の竜を雑に撃って腕を羽を吹き飛ばし行動を封じる――。

 そうしながらまた次――。


 周囲には竜がうじゃうじゃいる。俺へと迫って来る。多分、俺は最初からずっとこの光景戦場が怖くて、その怖さをごまかす為にネジを外していた。他を見る余裕がなかった。

 だが、今は――。


 見える。

「クソォッ!」


 乱戦の中、そう声を上げる生身のヒト。足止めにしかならない火器を手に、動けなくなったFPA――味方を助けようとする勇敢な兵士。あるいはその横で、太刀を手に果敢に竜へと挑み続ける、傷を負ったオニ。


 英雄様は言っていた。

 自分が死ぬより、仲間が死ぬ方が怖いと。俺は、そこまでは献身的にはなれない。


 けど、だからって見捨てて、俺一人が生き残れば良いなんて、思わない。


「―――クソ、クソォッ!」

 絶叫のような悲鳴を上げながら、生身のヒトが銃を乱射している。その背後には動きを止めたFPA。彼の眼前には、豆鉄砲を鬱陶しそうに、にじり寄って行く竜が3匹――。


 すぐさま銃口を向け、放つ――それで一匹撃ち殺せたが、弾切れ。

 弾切れになった銃を捨て、駆け出す――

 ――視界の先で仲間が今にも竜に殺されそうになっている。そちらへと駆けようとした俺の横で、別の竜がその尾を振り回す。薙ぎ払われる硬質な尾――身を屈めてそれから身を躱し、そうやって今俺を殺そうとしやがった竜をけれど俺は無視し、駆けていく。その竜は、俺の後をよだれを垂らしながら追いかけてくる――。


 視界の先の生身のヒト、その銃声が止む。あちらも弾切れらしい。豆鉄砲に阻害されなくなった竜がその生身のヒトへと大口を開け―――。


「チッ、」

 間に合わないと判断し、俺は、手に持っていた大斧ハルバートを、。FPAの膂力で、ギロチンのように大斧は飛んでいき、生身のヒトの間近まで迫っていた竜の首を刎ね飛ばす。


 大斧はその奥で地面に刺さる。これで、俺は素手。だが、

「―――出来るよな、」


 駆け寄りながら呟き、地面に刺さった大斧を眺め、手を伸ばし―――見えない手をとばすように、そんなイメージで、そんなイメージと視線を受けた地面に突き刺さった大斧が、僅かに、揺れる。


 生身のヒトに絡んでいた竜、その注意が俺へと向かう。威嚇する、あるいは笑うようにその大口が開き、駆け寄ってくる俺へと、斧が振り上げられ、突き出された。


 その尾の動きは見える。最低限より少し大げさに、スライディングのように身を屈め、滑り、その突き出された尾を躱し――。


 けれど、その突き出された尾は、肉を貫いた。当然、俺を、ではない。俺の事を追っていた別の竜を、だ。


「……良い子だグッドボーイ、」


 意図通りについてきてくれた竜も。意図通りにそいつを俺の代わりに排除してくれた竜も。あるいは、ほら、念じた通りに、投げた軌道をなぞるように俺の手に戻って来た大斧も。


 味方を貫いた竜が、俺の方を向く。牙か、爪か、どちらかで俺を殺そうと思ったんだろうが―――振りかざした大斧が、その思考をする頭部を、首を、噴水のように吹き飛ばす――。


 それを眺め気もなく周囲――竜と味方の分布、それから落ちている20ミリを探し、見つけたそれが浮き上がるのを横目に、


「強制解放だ。助け出してやってくれ。トラウマ級に怖いんだよ、その中」


 今助けたヒトに、そう声を投げる。そいつは頷いて、動きを止めたFPA,その中身を助け始める。

 それを横目に――念じたとおりに飛んできてくれた20ミリを手に、それにまだ弾が入っていることを確認して、迫ってくる竜へと、俺は20ミリを放ち続けた。


 やがて、ヒトはFPAの中に兵士を助け出し、退いて行く。その退避を援護し、安全と判断した時点で、次――。


 全員同時に助ける、なんてことは出来ない。だが、一人ずつだけでも、少しでも仲間の為に。


 戦場を駆け、大斧を振るい。弾丸を放ち。たまにぶん殴って踏みつけて無理やりさせ、戦い続ける―――。

 そうやって動いている内に、また状況が変化した。


 統制の取れた銃撃が聞こえてくる――見ると、また、こちらの増援が来たらしい。

 今度は、オニだけだ。FPAは居ない。指揮官、殊洛がここの状況を理解したのか?とにかく、そのオニ達は、味方――動けなくなったFPAを助けようと動いている。


 ……なら、そちらは任せよう。

 今、俺がその判断をする分で死ぬ奴はいるかもしれない。だが、戦略的に、もっと優先度の高い敵が、この近辺に居るはずだ。合理的に、冷静に……。


 一旦退いて、手近―――戦闘の後で血がこびりついたトレーラの上に飛び乗り、少し高みから、戦場を俯瞰する。レーダーで竜の分布を眺め、辺りを付け、目視で、探す――。


 FPAが死んだ――あの光は、知性体の能力だろう。この間と同じ奴か、別の奴かは知らないが、知性体がいるならそいつをぶっ殺すのが最優先だ。

 いるなら分布の厚い場所。その奥のはず――。


 そうやって暫し探して、同時に、目に付いた武器を俺の異能で引き寄せ、弾薬を補充しながら――。


「………アイツか?」


 俺は、妙な竜を見つけた。青白い竜が、群れの奥にいる。知性体――と言うより、こないだの砲撃野郎に近い。


 半透明で青白く、他の竜より巨大で――アレは、竜なのか………?


 ぶよぶよに膨らんだ半透明の巨大な何かだ。一応、手足も首も尾もついてるが、それらと比べて身体がやけに膨らんでいる。無理やり臓器を数倍突っ込んだみたいだ。半透明のぶよぶよの中から、僅かに光が漏れてる………。


 前回の砲撃デブは、結局知性体じゃなかった。だから、アレも知性体じゃないのかもしれない。だが、だからって見逃してやる必要はない。


 ――俺は駆け出した。駆けながら引き金を引き、竜をなぎ倒し、その群れの中心へ、突っ込んでいく。


 単眼――周囲にあるその全てが、俺の意図に勘付いたかのように、俺を向き這い寄ってくる――。


 乱戦だ。乱戦、と言うより、包囲の中一人きり、か。怖い、ああ、怖い。怖いが、……慣れてもいる。


 いつもは、もう周りが死んだ中、生き延びて逃げる為に、狂って抗っていた。

 だが、今は、周りを助ける為に――欠片でも勇敢に。


「フッ、」

 ……ガキじゃないだなんだ言っても、結局ヒーロー願望か?そんな風に笑いながら、俺の身体は、動く。


 右から迫る牙――その口に大斧を振り回し、口の上下を分断してやったそいつの向こうで別の竜が尾を振りかざしている。同時に正面からも2匹迫る。


 迫る内の一匹の足を20ミリで吹き飛ばし、もう一匹――大口を開ける竜へと駆け寄って、そこでさっきの右奥の竜。そいつが、尾を突き出してくる。


 タイミングを見て俺は跳ね上がり、俺を貫こうとした尾が、俺をかみ砕こうとした竜の頭を貫き、その奇怪なオブジェを踏んで、前へ。


 背後から何匹も竜が追いかけてくる。目の前にも、竜の群れ。勿論左右にも。


 足を止めたら死ぬ。一瞬でも躊躇したら死ぬ。食い殺される。牙にえぐられる、尾に貫かれ、切り飛ばされ―――。

 だから退かずに、前へ進み続ける。


「ハァッ!」


 口から声が漏れ、声と共に振り下ろした大斧が、手前にいる竜の頭を砕き、地面へと深々突き刺さる――その一動作の間に、周囲の竜が俺へと迫って来る。


 一匹一匹殺していては、らちが明かない。………無視だ。

 決めて、決めた直後、俺はまた跳ねた。


 地面に突き立てた大斧、その柄の先を踏み、さらに高く、遠くへ、跳ねる――。

 ――地面では、ボコボコした異形の、単眼の群れが、俺を見下ろしていた。その頭上を跳び越え、着地地点の近くにいる竜へ、20ミリをぶちまけ、し――。


 着地。ぐちゃりと、真っ赤なミートソースが足元で鳴る――その瞬間にはもうその場所は乱戦の一角。


 すぐ目の前で、俺が降らせた弾丸の雨を運よく生き残ったらしい奴が、大口を開けている。それを前に、冷静に、俺は半身横にずれ――。

 ――背後から飛んできた大斧が、そのトカゲの頭を抉り、地面へと叩きつけた。


「……便利だな、」


 竜の頭を台座に、握りやすい位置にある大斧の柄を握り、そんなことを呟いて台座死骸を踏んで、また跳ねて――。

 ――視界の端で、白い光が瞬いた。


 もう、大分近づいている。あの、胴がぶよぶよに太った奴。アレの身体から漏れる輝きが、脈動のように、強まっている。


 また、鎧を殺す光か?

 整地し着地し、また跳ねる――脈動は強くなる。だが、もう十分、近づいた。


 背後では俺に無視された竜の群れが雁首揃えて追ってきてるんだろう。レーダーを見ればわかる。だが、そっちと遊ぶのは後だ。


 あのぶよぶよと、俺の間に、阻む竜は5匹―――そこへと、俺は駆け出した。

 脈動が強く、速くなる――。


 目の前にいる一匹に20ミリを放つ―――吹き飛んだそいつの影から迫る別の竜。そいつにも20ミリ。そうやって進んでいると右手からもう一匹。そいつは無視だ。無視して死骸を踏んで前へ。


 脈動が速く、カウントダウンのように、あるいは怯えのように――。


 左手前から一匹、俺へと飛び掛かってきた。その鋭利な爪が俺へと振り下ろされる。その爪を大斧で弾き、同時に20ミリを顎へと押し当て、引き金を引く――。


 脈動が強く、強く、速く速く………。


 阻むのは最後の一匹。それから、すぐ後ろからついてきている一匹。

 そこで、俺は一瞬、足を止めた。タイミングを計る――目の前のトカゲが尾を持ち上げる。そこで、一歩横へ。


 ぐしゃりと、背後で音がする。目の前の竜が、俺の真後ろの竜を排除してくれたらしい。


良い子だグッドボーイ、」


 お礼にその正面の竜の首を刎ねてやって――そして、ぶよぶよの元に辿り着いた。

 その瞬間、視界が白い光に包まれる――。


 怖気のような、振動のような、視界を焼く閃光に、俺の意識は遠ざかり掛ける。

 トラウマがよみがえる。そんな、寒気が、震えが、俺の身体を包んだ。


 けれど………。

「……それはもう効かねえよ」


 呟いて、光の差った視界。“夜汰々神”は死なず、俺の身体も、動き――。


 ぶよぶよに膨らんだ、竜。半透明の、特異個体。その単眼、首が酷く散漫に、俺へと向き――。

 ――その首が、俺の大斧で、撥ね飛ばされた。


 そして、その鮮血を浴びながら、

「……次だ」


 油断せず、すぐに俺は振り向いて、振り向き様、迫ってきた別の竜を、切り飛ばす――。

 残るは、雑魚だけ……。


 *


 後方野営地を襲撃した竜。その残りの掃討は、楽だった。俺の働き以上に、増援としてやってきたオニの部隊の力も大きい。一匹残らず、雑魚を倒し切って――


 一面、血の海。竜の死骸、人間の死骸が、日の落ちた野営地に広がっている。


 それを背に、俺は、野営地の一角にあったコンテナ――武装の詰まっているそれを、開いた。ラックに並べられた20ミリと、その弾倉。そのうち幾つか――視線を向ければ飛んでくるそれを手に取り、持てるだけ持って、それから、コンテナに背を向ける。


 血の海の中、衛生兵たちが走り回っていた。怪我人の応急処置や、確認、ドッグタグの回収――それをやっている外縁には、オニ達が外向きに警戒網を敷いている。


 ここはもう大丈夫だろう。

 一仕事終えて、一服したい気分ではあったが――弾薬の補給を終えた俺は、すぐに、次の戦場へと向かう事にした。


 抜かれたのは右翼後方。扇奈とスルガコウヤ――俺の部隊の配置されていたはずの場所。


 ……あいつらに限って死ぬことはないだろうが、だからって無事を確かめずに一服、なんて気にもならない。


 すぐさま歩き出し――歩き出した視線の隅に、知った顔があった。ミカミサユリ、だ。

 忙しそうに怪我人の間を駆け回っている。無事、切り抜けたらしい。……なら、それ以上はないだろう。


 と、だ。

 そこで、ミカミサユリは俺に気が付いたらしい。こちらへと駆けて来て、俺へと声を投げてくる。


「クサカベスイレン伍長!……どちらへ行かれるんですか?」

「仲間のとこだ。右翼後方にいたからな。心配なんだ」

「そう、ですか……」


 そこでミカミサユリは言葉を切り、少し迷った仕草で言いよどむと、それから、手にしていた書類の端をちぎり、そこに何か書き込んで……そのメモを俺へと差し出してきた。


「……なんだ?」


 鎧を開け、そのメモを俺は受け取る。書いてあったのは……住所と電話番号?


「私の連絡先です」

「ハァ?」

「ああ、そういう意味ではなく。……兄の事思い出したら、連絡を頂ければと」

「…………ああ、」


 微妙な呟きを漏らした俺を前に、ミカミサユリは生真面目そうに頭を下げ、それから敬礼をした。


「では、伍長。……ご武運を」


 そして、ミカミサユリは背を向けて去って行く。看護兵として、やる事が山ほどあるんだろう。

 俺はその背中を眺め、手にあるメモを眺める。


 とにかく、だ。

 ……今度は、確かに守れた。ミカミサユリは生きていて、そのうちまた会うこともあるのかもしれない。生きているから、生かせたから。


「…………まったく、」


 何となくそう呟いて、俺はメモをしまい込み、鎧を締めた。

 ミカミサユリの兄の事は……後で考えれば良い。


 まずは、仲間を助ける。

 ……もう、失うのは嫌だ。


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