23話 扇奈/窮地と対峙

 後方野営地。

 その場所に到達した竜が水蓮達に掃討された、その少し後――。


「―――チッ、」


 舌打ちと共に、扇奈は大きく後方へ跳ねた――その眼前、足の下を、青白い閃光が奔り抜け、その場にあった何もかもが閃光に呑まれ、消え去る――。


 場所は右翼後方、その更に奥にある、岩肌の露出した小高い丘の上だ。左手には爛れた森の残骸――樹林がさっきまであったが、側面からの砲撃をもろに食らって、枯れ木自体が焼失し焼け野原になっている光景。


 右手には見下ろす崖――そこにある樹林もまた、砲撃で、あるいはそこに蠢く何匹もトカゲの侵攻によって、折れ、あるいは消え去り、その最中で、扇奈の部下が分断されながらも、竜の群れにどうにか対抗している。


 そして、その更に向こう――対岸のようにあちらも岩肌が露出した崖の上では、黒い“夜汰鴉”――鋼也が、戦闘を繰り広げている。が、その戦況も、扇奈と同じような状況だ。


「攻めあぐねてるね………」


 そう、見て、推測する他にない。扇奈の頭には通信機、ヘッドセットが確かにある。けれど、それは今、機能していない――。


 スイレンを見送った後。扇奈達の部隊は、連日、竜の掃討に出向いていた。右翼後方、そこにちょくちょく、竜の群れが現れていたのだ。

 扇奈達からすれば大して脅威にならない、だが放っておくわけにもいかない、目障りな敵の集団。


 殊洛からは都度迎撃するように命じられ、実際迎撃を続け――そうやって数日。知らぬ間に、僅かずつ、扇奈達の部隊は本陣から遠い場所まで出向くようになっていた。


 そして今日。いつも通りと慣れ始め、遠いと認識せず出向いた扇奈達の頭上を、覚えのある閃光が襲った。


 小高い丘の上に3匹。今扇奈が殺しに向かっている奴と、鋼也が殺しに向かっている奴。そしてもう一匹、最後方で扇奈の部下達へと閃光を撃ち下ろしている、青白い、他より巨大な竜達――。


 閃光から味方を逃がす為、扇奈は部隊に散るように命じた。雑魚には絡まれていたが、部下からして慣れた竜よりも砲撃による不意打ちの方が怖いと踏んだ。だから、樹林の中散るように命じ、扇奈と鋼也は一人一匹、砲撃種を殺す為に動き始め――。


 その直後に、通信妨害が起こった。真っ白い閃光――FPAを殺す光が戦場を包み込み、鋼也の“夜汰鴉”は動いていたが、扇奈の、あるいは部下の使っている通信機が死んだ。


 同時に、眼下に散らした部下の元に、これまでよりも数倍多い雑魚の群れが襲い掛かり、そちらへの援護の為に、さっさとあの青白デブを殺そうと、そう前に出れば。


「――――ッ、」


 歯噛みし、扇奈はその場で、低く身を屈めた――その扇奈の頭上を、鋭利な尾が奔り、流れた髪が数房、切り落とされる――。


 だが、攻勢はそれで留まらない。それまで経験したことがないほどの速度で退き戻って行った尾が、ほぼ間を置かず、扇奈の顔面へと突き出される――。


「チッ、」


 舌打ちと共に太刀を振り上げる――尾を切り裂いてやろう、そう考えてその気で振り上げても、その尾は裂けず、ただ頭上に逸れていくだけ。


 硬いのだ。切ろうにも切れない。それは、わかっている。だから、そうやって切り上げると同時に、懐から取り出した投擲用の小刀ナイフを、の顔面、眼球へと投げる。


 敵――そう、敵になりえる程個としての強さを持った竜が、扇奈の眼前に、あるいは鋼也の前にもいるのだ。


 黒い、竜。ずっと昔に見た覚えがある奴とは、違う。見た目はほとんど普通の竜と変わらない。ただ、一回り雑魚より大きく、その身体はどこか波打つような――透明の中に墨が踊っているような黒い体色で、尾は普通の竜よりも鋭利で大きい刃。


 そして、


 ――そいつは爪で、飛来した小刀を弾き飛ばした。同時に、今度は尾を、真上から振り下ろしてくる――。


 その動きが、酷く、速い。

 普通の竜とは比べ物にならない程に、その動きが速く、その尾は、身体は固い。


 砲撃してくるわけでもない。何か妙な能力があるわけでもない。ただ速く、……ただ強いだけの竜。それが、砲撃種の護衛としてついていた――。


「―――クソ、」


 毒づき、扇奈は振り下ろされる尾を太刀で逸らし――当たれば切られる、どころか叩き潰されそうな威力のそれが足元の岩を砕き、その破片を浴びながら。


 前に出ようと、一瞬考えた。だが、次の瞬間、扇奈は後ろへと跳ねる―――跳ねた眼前を、青白い閃光が灼いていく――。


 対岸にいる砲撃種。その砲撃だ。扇奈が攻勢に出ようと思うたびに、目の前にいる黒い竜、その奥の砲撃種ではなく、対岸の砲撃種が扇奈を狙ってくる。


 その概念。あるいは戦術は、扇奈も知っている。扇奈も、昔学んだのだ。銃と、それを使う戦術を学んだ時に、基本として――。


「……射線管理してんじゃないよ、――ッ、」


 毒づく間もなく、黒い竜は攻撃してくる――その死の圧を掻い潜り、扇奈の苛立ちは募って行く。


 この黒い竜の真後ろにいる竜。そいつが扇奈を狙ってくれれば、同士討ちを狙える。が、側面――対岸の竜からの砲撃では、それは難しい。


 明らかに………明らかに、竜の兵法が進歩している。


 地形利用。こちらの撃つ手の予想と、それに対する対策。間違いなく、この間――エンリが死んだ戦場の知識が継承されている。あの場にいた知性体は殺したはずだ。それとは別の奴がいた?それとも――。


 ――そうやって悠長に考える時間もありはしない。


「チッ、」

 舌打ちして、迫る尾を弾き、青白い閃光から飛びのいて――。


 対岸を見る――鋼也もやはり、扇奈と同じように攻めあぐねている。


 突破力、殲滅力は扇奈より鋼也の方が上だ。だから、この状況を突破できる可能性が高いのは鋼也の方。だからそちらが突破することを待とうと、――砲撃が来なければ、目の前の黒い奴はちょっと無理すれば殺せると、そう、待っているが……。


 どうも、あちらの方が状況は悪そうだ。黒い竜に絡まれ、砲撃に狙われ――同時に別の竜――こないだ知性体の直掩についていた、装甲化した竜も何匹か、同時に相手をしている。扇奈以上に面倒な状況のようで――そして、いつの間にか銃を捨て、太刀を抜いてもいる。


 弾切れか、壊されたのかはわからないが、………。


「あたしの方が弱いって言いたいのかい……」


 竜を睨み付けながら、扇奈は歯噛みし、毒づいた。

 それはその通りかもしれないが……それを竜が理解していると言う事実が、何よりも恐ろしい。


 苛立ち、同時に冷静に、状況の脅威を値踏みしながら、黒い竜の攻撃を躱し、側面からの砲撃から身を躱し、大きく飛び退いて――。


「――良いよ。わかった、」


 扇奈は一瞬、――その一瞬、余計な事を全て忘れることにした。


 後方が、味方が本隊が被害を受けているのか、それとも違うのか。クソガキはちゃんと帰ったのか、居残って危険な目に遭ってたりしないか。それを、考えない。


 眼下にいる部下。そのうちの誰が怪我をして誰がピンチか、周辺視野で続けていたその把握を、辞める。


 対岸で攻めあぐねている鋼也の状況、戦況、情勢、未来予測――それも、考えない。


 常時どうしても頭の中を駆け巡る全ての情報を遮断して今。


 今だけ。

 この瞬間だけ。

 考えることは一つ―――目の前の黒い竜を殺す。


 こいつを殺して、その奥で暢気に座り込んでる青白デブを殺して、それでこの状況は塗り替えられる。

 だから――。


「殺したげるよ、」


 呟くように囁いて、紅羽織の鬼は、抜き身の太刀を手に、歩み出した。


 ――瞬間、悪寒が扇奈の身体を蝕む。それは、勘だ。長く戦場に居続けた結果磨かれた第6感。死が迫っている時、その直前の一瞬、悪寒に苛まれるようになった――。


 それに従い、だが今までとは違い、後ろに飛びのくのではなく、前に出る――。

 飛び込むように駆け出した扇奈の背後が青白く輝く――背中が熱い、当たったか、掠めただけか、それも今は、考えない――。


 ――目の前で、黒い竜が動く鋭く身を屈め、同時に尾を扇奈へと突き出してくる。


 その、自身へと迫る鋭い殺意を、紅羽織の鬼は静かに眺め、駆ける足を止めないままに、ただ半身身をどかす――どかしたその真横を鋭利な尾が貫き、頬がわずかに裂け、けれどそれに気を止めることもなく伸び切った尾の内側へと踏み込み――。


 引き戻される尾、それと並走するように鋭く、両手で握った太刀を腰溜めに、黒い竜の間合いの内側へと踏み込む。


「―――――、」


 意味の分からない咆哮、そんな音を黒い竜が鳴らして、威嚇するように大口が開かれ、その前足、腕、爪が、扇奈へと振るわれる。


 それを、扇奈はただ静かに見切り、一瞬だけ足を止めた――その寸前を爪が撫で、羽織を、和装を浅く裂き――だが扇奈自身の身に傷はない。


 その、足を止めた一瞬のうちに、竜の尾は引き戻ったらしい。間を置かず、至近の扇奈を貫こうと、巨大な刃が弾丸を越える速度で突き出され――。


 ガン、と、音が鳴った。振り上げた太刀で出始めを弾いたのだ。


 頭上を通過していく尾、圧、それを無視し、振り上げたその防御をそのまま次の予備動作に、上段から。


「近間じゃあたしに勝てないよ、」


 冷たい目で鬼は呟き、太刀を振り下ろした。

 ――ぽとりと、黒い竜の首が落ちる。その身体が、崩れる。


「……………」


 それを見送ろうと言う気もなく、扇奈は視界の先――砲撃種を見た。


 アイツを殺せば、それで鋼也の方も鬱陶しいのがなくなって、突破するだろう。これで勝ちだ――。


 そう、動こうとした瞬間、

「――――ッ、」

 ――悪寒が、扇奈の身体を奔り抜けた。

 

 咄嗟に、悪寒から飛びのく――今殺した黒い竜。半透明の、竜。その身体が、死骸が、輝いている。と、思えば次の瞬間。


 その身体が、


 内側で雷鳴が轟き、それが肉を突き破るような――爆発。


 勘で飛びのいていた扇奈の身体をその衝撃が叩き、飛び散って迫る熱を持った肉が焼く。


「……自爆?」


 飛びのいていなければ、手痛い怪我を負ったかもしれない――そんな思考が落ちていき、視界に岩肌が見える。


「チッ、」


 舌打ち一つ、目の前の岩肌に、扇奈は太刀を突き立てた。飛びのく分なら問題はなかったが、その後の衝撃で予想より多く飛ばされ、崖から落ちたのだ。


 どうにか、太刀を突き立て、それにぶら下がり、落下はまぬかれたが。


「……カッコつかないねェ、」


 宙づりの状態で、呆れたように扇奈は呟き、――その身体にまた、悪寒が奔る。

 視線を向ける――対岸の、竜。砲撃種。その大口が身動きの取れない扇奈へと向けられ、そこに、光が瞬いている。


 砲撃を食らう――よじ登るか?間に合わないだろう。いっそ落ちるか?それなら可能性はありそうだが、この高さから無事に着地できるか。着地した後戦闘に移れるか。


 いや、どちらも間に合わない。

 そう、諦観ではなく冷静に判断し……けれど次の瞬間、


「……まったく、」

 

 呆れたように呟いた扇奈――その視線の先、こちらへと向けられる大口が、


 切り落とす――あるいは暴力的に抉り落された青白い竜の首が、崖の下へと落ちていく。


 倒れた砲撃種の胴。その横で、大斧を持っているのは、もう、元の色がわからないくらいに真っ赤に染まった鎧だ。


 その鎧にも、あるいは武器にも、当然扇奈には見覚えがある覚えがある。


「なんでまだ居るのさ、」


 見送ったのは数日前だ。すぐ内地に行けるよう手配してやったのに、くだ巻いてやがったらしい。


 そんな感傷をすぐに打ち切り、扇奈は身軽に、突き立てた太刀の上に飛び乗ると、それを蹴って、崖の上へと戻った。

 そして、視線を正面――お目当てだった砲撃種へ向ける。


 武器は、なくなった。いや、小刀はまだ何本かある。それでも、あののろまな青白デブなら十分やれるだろう。


 そう考え、歩み出そうとしたところで――扇奈の真横に、不思議な現象が見えた。

 今足蹴に、崖に突き立てたまま置いてきたそれが、扇奈の真横に浮いているのだ。


「…………」


 一瞬驚き、それからすぐに、扇奈は納得し、その太刀を掴むと。


「ご親切にどうも。……まったく、」


 何所か皮肉めいた言葉を、笑みを浮かべながら呟き――扇奈は、砲撃種の元へと駆けて行った。

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