24話 帰還/騒乱の幕引き

 その場に辿り着いて、扇奈や鋼也――俺の仲間達が置かれている状況は、すぐに分かった。


 通信は、使えない。そして、戦況は膠着――よりこちらが少し悪いくらい。ほとんど乱戦、崖の下は各個撃破に近い状況にされていて、崖の上には見慣れない黒い竜の姿もある。


 この状況を打破できるだろう扇奈と鋼也は、けれどそれぞれ、黒い竜に絡まれ、かつ青白デブ砲撃種の閃光に晒され、足止めをされている。。


 なら、だ。

 この状況に俺が割って入るなら、まず青白デブを一匹殺すのが先決。

 それで扇奈か鋼也、どちらかの足止めがなくなれば、この膠着は自然に解ける。


 そう踏んで、一足先に無茶を始め、崖に宙づりになった扇奈を前に、俺は急いで、青白デブの首を切り落とし――


 *


「……この距離でも使えるんだな、」


 エルフの異能。ついさっき、覚えたばかりの念動力。

 それで、扇奈が足蹴にした太刀を、姐さんの元へと届けてやり――それを握った瞬間に、紅羽織のオニは、対岸の青白デブの元へと駆け出していく。


 それを横目に――俺は死屍累々の上で跳ねまわっている英雄様を見た。


 装甲化した奴。あるいは、ただの雑魚。その死骸が転がり、あるいは閃光に灼けて溶け、そうやって雑魚に絡まれながら、黒い竜――どこか液体のような体色のそれを相手に、黒い鎧は立ち回っている。


 杭を打ち。太刀を振るい。杭の上に着地し、あるいは着地と同時にそれを再装填して――。


 とにかく、扇奈はもう問題ないだろう。なら、今度はスルガコウヤに手を貸してやろう。

 そう、動きかけた所で、だ。


「スイレンッ!俺は問題ない!……奥のデブをやれ!」


 紙一重で尾を避け続けながら、スルガコウヤはそう言っていた。黒い竜も含めて、スルガコウヤには今も10匹程度竜が絡んでいるが――。


 英雄より、崖の下――雑魚に絡まれながら撃ちおろされてるオニ達の方が危険、か。


「……わかったよ、」

 言って、俺は英雄に背を向け、駆け出した。


 対岸――俺と同じように奥へと進んでいる紅羽織のオニは、その途中で、青白デブを切り殺している――これで、スルガコウヤへの砲撃は止む、か。ならあのおっさんは自力でどうにかするんだろう。


 俺は正面を見る――崖の上にいる、最後の青白デブ。その周囲にも、護衛だろう竜の姿があった。


 装甲化した――この間知性体の直掩についていた竜が10匹程。そのうち6匹が扇奈の方へ、2匹が俺の方へ、這いずり出す……。

 ……俺の事舐めすぎだろ。


 20ミリの銃口を向け、引き金を引く――それで、目の前の2匹はすぐさま、ミートソースに変わった。そのミートソースを踏み、青白デブの元へと駆けながら、対岸の援護をしようと、俺は20ミリを扇奈の方へと向け――。


「スイレンッ!伏せろ!」


 ――英雄様の警告に、咄嗟に、俺は身を屈める

 その頭上を、黒い刃が駆け抜けた。振り向いた先に居たのは、――黒い竜だ。スルガコウヤに絡んでいた奴が、俺を追いかけて来たらしい。


 と、考える余裕もなく、その黒い竜は俺へと突っ込んでくる――速い?


 どうにか――装甲をガリとわずかに削られながら、俺はそれを躱し、そんな俺の真横を黒い竜は通り抜け――直後には素早くこちらへと振り向き、振り向き様尾を振ってくる。


「―――ッ、」


 ――速いし、行動が攻撃的だ。背後へと飛びのいて、俺は振り回された尾を躱し。

 それで、位置関係が完全に変わった。


 黒い竜は、あの青白デブを背にする位置に移動した――その向こうで、青白い閃光が奔る。扇奈の方へ、だ。


 装甲化した竜に絡まれながら、扇奈はその砲撃を躱し――。


「油断するな、」

「―――ッ、」


 呟きに、また飛びのく――飛びのいた目の前を、黒い竜の尾が掠めて行った。


 速い。動きも速いし、攻撃の間隔も他の竜より短い。その上リーチも長い、か。


「……死ぬ為に戻って来たのか?」


 そんな声が真横から聞こえる――見ると、真横に返り血を浴びた黒い鎧――スルガコウヤが立っていた。


 絡まれていた雑魚は、掃除したらしい。砲撃の圧がなくなったから、か?

 だが、


「あの黒い奴殺し損ねてるくせに偉そうにすんなよ、」

「……確かに」


 そう、どこか能天気にも聞こえる呟きを漏らした直後、スルガコウヤ――“夜汰鴉”は駆け出した。


「チッ、」


 一瞬遅れて、俺も動き出す。スルガコウヤは右回りに、黒い竜へと迫って行く――その後方、左側から、俺は20ミリを構え、駆け出した。


 ――一瞬、黒い竜は目移りするように視線をさ迷わせ、直後、その尾を振り回す。


 横薙ぎに、俺とスルガコウヤ二人、同時に殺そうとしたらしい。

 その横薙ぎを、スルガコウヤは軽々と跳ねて躱し――スライディングのように身を屈めた俺の頭上を、黒い刃はまた素通りしていく。


 同時に、俺は20ミリを、スルガコウヤは杭を、黒い竜へと放った。


 黒い竜は躱そうとするが――右上と左下からの十字砲火だ。幾ら速く動けようと、躱し切るのは限界がある。


 黒い竜の右前足。使わないのについてる羽。面積の大きいそこを、俺の20ミリが掠め――スルガコウヤの杭が、縫い留めた。


 鮮血が舞い、威嚇か苦悶か、動きを封じられた黒い竜が大口を開け――その尾が、振り回される。斜め上から俺へ向けて――。


「俺かよ、」


 呟いて、――呟く余裕まであって、俺は大斧を振り上げた。

 竜の尾と、大斧。どちらも刃物で、けれど同時に鈍器でもあるかのような、そんな破壊力の武器がぶつかり合い、火花を散らし、弾き合う――。


 ――その間に、白刃を手に、スルガコウヤは黒い竜へと迫っていた。切り殺す気らしい。

 が、そんな逸る英雄へと、俺は警告を投げた。


「……そいつ、殺すと自爆するぞ!」

「わかった」


 俺の警告にスルガコウヤは平然と応え、そんな英雄へと黒い竜は爪を振り、だがそれよりも、黒い鎧の方が速かった。


 一閃で、振りかぶられた爪が、前足が切り落とされ、それに黒い竜が苦悶の大口を上げている間に、スルガコウヤは黒い竜の背後へと回り込み、黒い竜の尾、その付け根を、真一門に両断する。


 更に苦悶の大口を開け、転げまわるように――だがまだくっついている方の前足が地面に縫い付けられたままだから、転げ回ることも出来ず――。


 そんな黒い竜から、“夜汰鴉”が飛びのく。そして、


「弾切れなんだ。……譲ってやる」

「そりゃどうも、」


 そんな声を投げ返しながら、俺は20ミリを黒い竜、その顔面へ向け、引き金を引いた。


 吐き出された弾丸が、黒い竜の頭部、眼球を捉え、血と脳漿が後頭部から吹き出し、どころか頭自体吹っ飛んで、黒い竜はぴたりと動きを止めた。


 と、思えば、その皮膚――黒い、どこか液体のようなそれが波打ち――。


 ドン、と衝撃と血と肉をまき散らしながら、その黒い竜の死骸が、爆ぜた。

 ……やっぱり、自爆だ。さほど威力はなさそうだが……それでも、自爆。


 偶発的なのか?それとも、こういう能力?鎧を殺す奴と言い、装甲化した奴と言い、閃光撃ってくる奴と言い……。


 ……とにかく、だ。


「殺したのは俺だからな?」

「ああ。好きなだけ勲章を貰え。俺はもう十分貰ってる」


 そう言いながら、スルガコウヤは先へと進んでいく。……青白デブがまだ1匹残ってる、か。


 俺もまた駆けだし、青白デブを視界に捉え――と、その瞬間には、もうこの崖の上の攻防は終わっていた。


 ぽとりと、青白デブの首が落ち、その鮮血、先のなくなった首から吹き出す赤い雨を真横に、紅羽織のオニが太刀に付いた血を払っている。


 それから、その女は、俺と英雄様を眺め……どこかからかうような笑みを浮かべた。


「遅かったねェ、クソガキ共。……あたしの勝ち」

「いつ競争になったんだよ……」

「別に負けで良い。……次だ」


 そう言うが早いか、英雄様は崖から飛び降り、真下――まだ戦ってるオニ達の元へ向かって行く。


「話は後だね、」

 扇奈は扇奈もまた言って――流石に飛び降りはしなかったが、下りられる場所へと、駆け出して行った。

 

 助けたと思えばすぐ、別の奴を助けに行く。そんな二人を眺め、俺は呟く。


「……まったく、」


 やっぱりこいつらを心配する必要、なかったんじゃないのか?


 そんな事を思いながら、俺も味方の援護を始める為、崖の下へと向かいかけ……そこで、妙な事に気付いた。


 視界の端のレーダーマップ。戦場、この周囲を表示しているそこで、竜を示す赤い点、それが、一斉に動いている。

 この戦域を遠ざかるように。


「……逃げてる?」


 *


 点呼。被害確認。状況確認。応急処置。

 怪我人へと姐さんからのねぎらいの御言葉。


 なぜだか竜が逃げて行ったらしい戦場の跡地で、俺たちは合流し、そんな戦後処理をした。


 オニ達は俺を見ても、特段何も言わず、普通に受け入れていた。いや、ねぎらいの言葉がなかったわけじゃない。何人かのオニは、俺に言うのだ。


「良く戻って来たな。……おかげで儲かった」


 ……人を賭けの対象にしてんじゃねえよ。まったく。


 とにかく、そうやって戦後処理が終わり、野営地に戻ることになり、そして、辿り着いた野営地、あの小高い丘の上で――俺達はまた、妙な光景を見た。


 *


「どうなってんだい、これは」


 どこか腑に落ちない……そんな雰囲気で、扇奈が呟いていた。


 見下ろす戦場、空爆でめくれ上がった、ずっと物量戦が繰り広げられていた目の前の広大な戦場。そこに、竜の姿が一匹も見当たらない。


 居ないのだ、敵が。


 FPA、オニ、……同盟軍の兵士達は、その敵のいない戦場で、どこか戸惑ったように、所在なさげに佇んでいる……。


 横にいるスルガコウヤは、特に何も言わない。そちらはそちらで考え込んでいる、らしい。

 それを横目に、俺は扇奈へ言った。


「……逃げ出したんじゃないのか?さっきも逃げてたろ」

「なんで逃げる?最後のゲートだよ?それ捨ててどこに逃げるんだい?」

「俺が知る訳ねえだろ、」


 そう言った俺を前に、扇奈は腕を組んで暫し考え込む。


「逃げた。本隊が逃げたとして……」


 と、そこで、スルガコウヤが呟いた。


「退却支援の陽動か」

「……かもね。こっちの意識を後ろに向けさせる為の、戦略的な攻勢」


 竜が、右翼後方を抜いて、補給基地を狙ったその理由。

 

 そもそも逃げる為に攻めて来たって事か?同盟軍の背後を突っつけば、こちらはどうしてもそちらに予備兵力と意識を向けざるを得なくなる。その間に、追撃を受けずに竜の本隊が逃げ出した……?


 ゲートを捨てたのか?守り切れないと悟って、ゲリラ戦術に切り替えようとしてる?竜が?


 特異個体が多い事と言い、戦術がしっかりしてることと言い、……エンリが死んだ戦場で見たような敵が多い事と言い。


 腑に落ちないことが多すぎるし、……正直、薄気味悪い。


 とにかく、戦闘は終わった、のか?……見える範囲に竜はいない。

 流石にこの状況なら、気を抜いても大丈夫だろう。英雄様も上官様も横にいるし、後ろではオニ達が野営地の掃除を始めている。


 俺は鎧を開き――開いた途端目の前にべとついた返り血が粘り気を見せて、それに顔を顰めつつ、懐から煙草を取り出して――。

 ――その瞬間、だ。


「うおっ、」


 煙草を咥えようとした俺の胸倉を、扇奈が突然掴み、ぐいと引っ張ってくる。


「……なんだよ」

「なんだよじゃないよクソガキ。……お説教さ。あんた、なんでまだここに居るんだい?」

「なんでもクソも……言ったろ?後方野営地が襲撃されて、右翼を抜かれたって聞いたから……」

「そうじゃない。なんでまだ、って言ったんだ。あんたがここ出て行ったの何日前だ?内地に帰る宛は付けてやったろ?なんでさっさと逃げなかったんだい?」


 なんで、って、言われても……。


「俺より怪我人を優先させたんだ。俺は……ただビビってただけだから。重傷者に席を譲ったんだよ」

「…………」


 言った俺を、扇奈はどこか咎めるように睨んでいた。

 その目を前に、俺は言う。


「イヤだったんだよ。一人で逃げるのが。……俺の居ないとこで誰かが居なくなるのが。だから……悪かった。命令無視して」


 そう言った俺の胸倉から、扇奈は手を離し、……そのまま腕を組んで暫く俺を睨んだ末……やがて、一つ、ため息の様に、息を吐く。


「……生きてんなら良いさ。良く戻って来た。さっきは助かったよ、」


 それだけ呟き、俺の肩を叩くと、扇奈はこちらに背を向けてオニ達の元へと歩んでいった。「通信は?生きてるかい?」とか、声を投げながら。

 それを見送り……俺は今度こそ煙草を咥えて、火を点ける。


 紫煙を吸い込み、吐き出して、慣れた匂いを嗅いで……。


「心配かけたか?」


 その俺の呟きに、スルガコウヤは応える。


「俺はしてなかった」


 真横に視線を向けると、黒い鎧はこちらを眺め、


「……したところで何が出来る訳でもないしな。お前の問題だ。それをお前が解決した。お前が生き延び、お前が自力で戻って来た。……良く生き延びた。良く戻って来たな」


 そんな、どうもねぎらいらしき言葉を投げてくる。

 それを横に、俺はまた紫煙を吸い込み、吐き出し……。


「そうだ、おっさん。俺生身で竜殺したぞ」

「そうか。……俺も昔ぶった切ったな」

「……マジで言ってんのか?ぶった切った?」

「ああ。あの頃は、若かったな」

「…………いや、若さの問題じゃねえだろ。あんたホントに人間かよ」


 と、そんな風に話し始めた所で、だ。

 オニ達の最中で、何か確認しているらしい扇奈が、こちらへと声を投げて来た。


「駄目か……おい、クソガキ!そっちのは生きてんだろ?通信機だ、鎧貸しな」

 

 その言われて、俺とスルガコウヤは顔を見合わせ、それから俺は言う。

「クソガキってどっちの事言ってるんだ?」

「……どっちでも良いよ。さっさと脱ぎな」


 そう呆れたように呟く姐さんを前に、俺は鎧から出て、傍の地面に胡坐をかいて座り込む。

 

 背後で、鋼也に操作を聞きながら、扇奈が通信を始めている。司令部に状況確認、らしい。

 その仲間の声に耳を傾け、俺はまた、紫煙を吸い……。


 戦場の跡の空へ。

 冬の風に流れていく白い煙を、ただ、眺めた……。

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