レンズブルク女子寄宿学校の日常

日之下あかめ

第1話 おもてなし

エーデルワイスの花びらか、あるいは蝶のようだ。


10人掛けの長い食卓に座る男が、そんな評価を口にした。

ロディカはそれを聞いて、今日の作戦は上手くいくだろうと確信する。


ディナーを終えた寄宿舎の食堂には、揃いの白いワンピースを着た少女達が3人、食器の片付けを行っている。彼女達が動きまわるたび、ロング丈の裾がふわふわと揺らめく様は、イノセントな幻想を見せるに十分だった。


席に座っているのは、客として招かれた男だけだ。他の少女達が食堂を出ていくタイミングで、ロディカは男に近寄り、声をかける。


「大尉お口に合いましたか?」


「ああ、とても美味しかったよ。ハンブルクのどんな店よりもね」


大尉ははっきりとした軍人らしい口調で答え、笑顔を見せた。よく鍛えられた体に、日焼けした顔は、彼が前線で活躍していた姿を思わせる。


15年ほど前に終結した第二次大戦の後、西ドイツの再軍備に伴い創設された「連邦軍」は、徴兵制によって人員を確保しているが、彼は大戦後も軍属として生きることを選んだ志願兵だという。


「調理班の者が喜びますわ」


「美しい少女達からのもてなし、まるで夢のような空間だ」


「まぁ、お上手ですのね」


ロディカは柔らかく、できるだけ上品に微笑んでみせる。効果はあったようで、大尉の精悍な顔がじわりと歪み、色を帯びる。


ロディカ・エミネスクは髪を耳にかける。もちろん、大尉の反応をひとつたりとも見落とさないようにしながら。


少しとがった小さく白い耳、さらさらと流れるホワイトベージュのブロンドヘア。そして、僅かに青みがかった灰色の瞳と、涼し気な目元の造形。


高価な人形か、美術品めいたその容貌には、純潔さを感じずにはいられない。しかし、彼女が淡い色の、薄い上唇をすっと結ぶと、どこかエロチックな魅力を持つのだった。



ロディカは大尉を部屋へと案内する為、彼を促して食堂を出る。白い壁の廊下に出ると、2、3歩前を歩きながら彼に聞いた。


「今日はハンブルクからお越しに?」


「いいや用事があって、昨日からキールに居たんだ」


「そうでしたか。でも、キールからも遠くてお疲れでしょう? 今日はゆっくりしていって下さいね。お客様用に浴槽もございますよ」


「ああ、そうだな貸してもらおう」


寄宿舎の一階、東側一番奥にあるシャワールームは、元々監督役のシスターの為に設置されていたものだ。

現在シスターは不在なので、客人用ということになっている。


シャワールームの白い扉を開き、大尉が中に入ると、ロディカも一緒に滑り込む。


カチャン


後ろ手に鍵をかけると軽い金属音がタイルに響く。振り返った大尉の顔には、ありありと動揺が浮かんでいる。


無理もないだろう。これから服を脱ごうというのに、まだ15の少女が部屋に入って来たのだ。先ほど、食堂で見せた微笑みとは違う雰囲気を纏って。


ロディカの口元はにんまりと弧を描き、少し紅潮した頬と、上目遣いで大尉に近づく。


「ふふっ…お手伝いしますわ」


「いやっしかし…」


ロディカは大尉の背中にぴったりと身を寄せ、ジャケットを脱がす。普段軍服ばかりで、着慣れて居なさそうなジャケットは、高価なものではなさそうだ


本来ならブラシを当て、ハンガーにかけてあげるところだが、今はその必要もないだろう。


大尉の身体に手を這わせながら、煩わし気にジャケットとシャツをカゴにほおる。


「大丈夫ですよ…わたし得意なんです」


露になった大尉の太く筋肉質な二の腕に頬ずりしながら、ロディカはささやく。吐息を混じらせ、彼のベルトを外していく。


「…じゃあ、まぁその。お願いしようか」


ああ、よかった。そうでなくては。

だってそうでなくては、やりづらい。


2発の、裂くような発砲音。


薬莢がタイルを叩き、甲高い金属音を上げる。シャワールームに反響する音の中に、どちゃっと、粘度の高い湿った音が混ざる。


下の子達が怯えないよう、ロディカは大尉だった遺体の目を閉じさせる。


「ロディカ姉様」


シャワールームの外から、ノックに続き声がする。ひとつ年下の「妹」、ヤネカの声だ。ロディカは37M拳銃の安全装置をかけ、扉を開く。


「終わったよ。ノエミは?」


ロディカは同室の少女、ノエミの姿を探したが見当たらない。


「大佐に報告中です。」


きりっとした声音で、端的にヤネカが告げる。ロディカは普段から彼女のそういう所が気に入っている。


「そう、じゃあ先に片付けちゃおうか」


一方、シャワールームから出てきたロディカは、またしても違う雰囲気を纏っている。

にこやかだが、少し気だるげで、ぼんやりとしている。


「血だらけだー」


浴槽に倒れ込む男を見て叫ぶ、元気にポニーテールを揺らす少女、カロリナはモップとバケツを持っている。


その後ろに、同じくモップを持って続くヨアンナは、ロディカよりもさらに薄い色のブロンドヘアに、青い瞳をした儚げな少女だ。


「埋めるのですか?」


ヨアンナは、ロディカの服が血で汚れていないか気にしているようだ。ロディカは彼女の頭を撫でてあげようとしたが、止めることにした。硝煙の匂いを髪につけてしまったら悪いと思ったからだ。


「いや引き取りに来るんだって。袋詰めして波止場の小舟に乗せるまでがお仕事」


ロディカは言いながら拳銃からマガジンを外す。傍に立つ4人目の少女が銃を受け取ってくれる。


亜麻色のロングヘアを、後ろでゆるく三つ編みに纏めたアンヌは、黒い大きな袋も抱えている。


「やっぱり彼がもぐら<ウェイター>ですって」


階段から降りてくる人影に、ロディカが振り返ると、そこに立っていたのは同室の少女ノエミ・ハスキルだった。


少し癖のある、豊かな赤毛が腰まで伸び、こちらもまた豊かな胸やお尻を彩っている。顔立ちは、濃いグリーンの瞳を、優し気な印象の目元が縁取っており、全体的にふわりとした印象を与える。

ロディカとは方向性の違う美しい少女だ。


「それにしちゃ間抜けだったね。あ、防腐処理するの?」


「ナタリーがもう寝ちゃってるのよ。早く取りにきてもらうようにお願いしたわ」


ロディカはふむっと、階段の上の静まり具合を確かめる。彼女達の中で一番下の「姉妹」、ナタリーとリタはどうやらもうおやすみの時間だったらしい。


さっきの銃声でおこしてやいないかと心配したが、あの二人がそう簡単に起きるはずもないのだと思いなおす。


「じゃあ私達もさっさと寝ようよ。明日朝からジャム作りでしょ?」


「ええ、今年のいちご、甘く育ってるのよ」


ロディカの問いに、楽しそうに、嬉しそうに微笑むノエミ。ロディカもつられるように、明日の大変で、楽しい作業のことを思う。


ジャムづくりをしながらつまむイチゴの味は格別なのだ。


再来週に迫った教会でのバザーに向けて、ここ、レンズブルク女子寄宿学校では日常業務が増えている。


この時期は任務の依頼はなるべく少なくお願いしたいし、できるだけ早く片付けなくてはならない。

死体袋をリヤカーに乗せるのに苦戦している妹達の手伝いをして、今日は早々にベットに入りたいと思うロディカだった。






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