電話。

 こんな時間だけど、彼女は出てくれた。


紗來さくら


 彼女の名前を呼ぶ。いい名前だなと思う。偽名でもないだろうし。


『うん』


 彼女の相槌が、いつも通りで。ちょっと嬉しくなる。地球が割れるまで、このいつも通りが続けばいい。


「今。いいか?」


『うん』


 うなづく彼女の顔が。姿が。簡単に像を結ぶ。電話越しだけど、彼女がいる。それだけの、幸せ。

 それでも、話題はなかった。今から流れ星が落ちてきて地球は終わりですなんて言っても、どうにもならない。

 ただ、沈黙が流れる。流れていく。どうしようか。何か。最後に伝えることは。あるだろうか。


「好きだ」


 そう。好きだった。彼女のことが。


『聞こえない』


 あれ。流れ星のせいかな。


「好きだ」


『聞こえません』


「愛してます」


『だめですね。ぜんぜん聞こえないです』


 明らかに聞こえている流れで、聞こえないを連発してくる。こんな時間に電話したから、おこっているのだろうか。


「だめか」


『そういうのは、直接耳に届けていただかないと困りますね』


「それは困ったなあ」


 自分が彼女の部屋に走るよりも、流れ星が着地するほうが速い。紅い空に、きらっと何かが光っている。


『ごめんなさい。無理言ってしまって。ありがとう。うれしいです。私も好』


「あ、待って」


『うん』


 ゆっくりと、流れ始める。流れ星。あれを何とかすればいいのか。そうだ。初めから、そうだった。死線を、潜り抜けて。その先に彼女がいるのなら。死線なんてどうでもいい。

 ただ、彼女に会いたい。会って喋りたい。そばにいたい。隣にいたい。それだけ。それだけでいい。


「ごめんごめん。会いに行く。会いに行くよ。今から。いいかな?」


『うん』


「ごめんね。大事なことは会って言わないとだよねえ」


『ううん。電話でも』


「行くから。必ず。流れ星でも見て待っててよ」


 電話を切った。

 そして、すぐかける。依頼主。


「おい。時間がないから手短に。あれが最後なんだよな?」


 あの流れ星さえなんとかすれば。彼女に会って告白できる。


「付近の人工衛星。動かせるやつ。ありったけコントロールをよこせ。ぶつけて軌道を逸らす」


 ミサイルじゃなくてもいい。とにかく、質量があって、流れ星と近い位置にあれば。それでいい。

 空。

 にじんで、よく見えない。泣いているのかもしれないと思って、目を一度閉じる。頬に、かすかに涙の感触。

 もういちど、目を開く。

 空。

 明るくなってきている。

 そのなかを、一筋だけ。

 ゆっくりと。

 流れ星が。

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逃げ切れなかった流れ星(m) 春嵐 @aiot3110

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