第14話

 ある日、店が空いた直後のまだ閑散としたカウンターで早めの夕食を摂っていると珍しく若い女がドアを開けて入ってくる。急いで食事を片付け、案内する。


「いらっしゃいませ。お見苦しいところをお見せしました。」

「いえいえ、これからお仕事時間ですものね。どうぞお召し上がりください。」

「恐縮です。」


 なぜかニコニコしながらこちらを眺めてくる。殺気などは感じられないが、食べているところを眺められるのはなんともむずがゆいものである。


「お待たせしました。ご注文は何でございましょうか?」

「んーとそしたら、カルーアミルクを弱めで。」


カルーアミルク、基本のカクテルの一つだ。

珈琲リキュールのカルーアに牛乳をまぜれば完成だ。好みで配合を変えたり、ミントをのせたりする。


ちなみにカルーア自体の度数は20度のものと26.5度のもの、スペシャルなものであれば30度を超える。飲みやすさの割りに度数の高いカクテルとなる。


基本のレシピよりカルーアを減らし、ミントを添えて提供する。


「ふぅ、美味しい。」

「ありがとうございます。」

「ねぇ、ここはアルバイト募集していないの?」

「私が趣味でやっているだけですので。」

「忙しい日もあるんじゃない?」

「波があるから愉しいのです。」

「むぅ!」


女はふくれ面をしてそっぽを向いた。ついでにナッツも頼んで。

ナッツを出したそばからリスのようにがじがじ頬張る。


「なんかさー、バイト探してんだけどさ、落ち着いた店でバイトしたいんだよね-」

「・・・そうですか」

「できればお酒の勉強したくってさ。」

「なるほど・・・。」

「・・・むー!」


またしてもふくれ面になる。なんとなく言わんとすることはわかるが、を知られるわけには行かないので雇うわけにはいかない。


「・・・ね、この間四宮のおじさんきたでしょ?」

「・・・」

「四宮さんって私の友達だったんだー。年齢は離れていたけどさ、昔は家も近くて幼なじみだったんだぁ。妹のような、親友のような・・・そんな子だったんだぁ。なのに何も話してくれないうちにあっちの世界に行っちゃってさ・・・」

「・・・」

「悔しいよ!苦しいよ!おじさんはきっと普通の人じゃ無いんでしょ!?この店に入ったときの雰囲気でなんとなくわかるよ!それに思い詰めた顔をしていた四宮のおじさんがここに通うようになってからすっごくいい顔してた!ここできっとなにかあったんだって、そう私の勘がささやくのよ!」


チェイサーを置き、大きく息を吐く。

「私はただのバーテンダーですよ。四宮様というのがどの方かは存じませんが、私の出したお酒で楽しい時間を提供できたというのなら、それは大変光栄なことです。」


女がチェイサーを空ける。少し落ち着いたようだ。

「・・・ふん。また来るね。」



チリン・・・

「こんばんわ。色男さん。」

「いらっしゃい。・・・なんだあんたか。で、色男ってのはなんだ?」

「とりあえず、カバランのシェリーオークをロックで。・・・ふふっ、女の子に言い寄られてたじゃ無い。」


バースプーンで氷を馴染ませる。

「なんだ、見てたのか。」

「とっても面白かったわよ?」

「まあ雇う気はない。」

「あの子にはコッチの世界は似合わないわ。」

「そうだな。」


カチリ、氷が動く。

「でも、あの子はコッチに来ちゃうでしょうね。」

「なぜだ?」

「あなたが居るからよ。」

「どういうことだ?」

「そういうことよ。ごちそうさま。」


よくわからない言葉を残し三枝が帰る。あの女もそうそう来ないだろう。なんやかんや言ってこの店の酒は高いからな。学生ぽい彼女がリピートするのは厳しいだろう。

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バーから始まる殺し屋稼業 海胆の人 @wichita

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