素直クールな幼馴染が少女漫画家だった。

梅酒司

素直クールな幼馴染が少女漫画家だった。


「…………」

「…………」


 カタカタと小さい音が鳴る。


「…………」

「…………」


 ベッドを背もたれ代わりにして床に座り、俺は適当本棚から取った漫画を流し読みしている。

 最近、話題になっている少年漫画だった

 ページをめくるとペラッと小さく音がする。

 その間にもカタカタと小さい音は鳴り響く。


「…………」

「…………」


 タッ。

 音が鳴りやむ。


「お疲れ」

「ああ、なんとか終わった」


 俺の労いの言葉に対して、壁際に置かれた机で作業をしていた沙織が椅子の背もたれに体重を掛けながら応える。

 音の正体はペンタブの音。


 今は代わりにカチカチと別の音が聞こえる。

 マウスの音だ。

 この音が聞こえるときは原稿が終わり、担当にメールを送っているときだ。


「いつも来てもらってすまない」

「いや、暇だからな」


 俺は何をするわけでもなく、沙織の部屋にいるだけ。

 幼馴染である沙織の部屋。

 起きている時間で言えば、自分の部屋よりも一日に居る時間が長いかもしれない。


「今回もやばかったのか?」

「少し描写が難しかった。 最近ヒロインの考えていることがすこしわからなくなってきてな」


 締め切り間近というやつだったらしい。

 同い年である沙織は漫画家だ。

 しかも現在連載までしているらしい。

 学生のうちから働いているなんて正直俺にはわからない感覚だ。


「君が来てくれて助かったよ」

「俺は何もしてないぞ」


 俺はただ部屋で漫画を読んでいただけだ。


「いや、君が居なかったら今回も危なかった」

「なあ、俺になにか手伝えることとかないのか」

「君はそこにいるだけでいい」

「…………そうか」


 俺は沙織の手伝いはしたことがない。

 手伝おうとするといつも断られてしまう。

 それに、沙織は俺に自分の作品を見せたがらない。

 直接本人に言われたわけではないが、なんとなく見られたくないのだろうというのがわかる。

 幼馴染特有の感覚だ。

 こういうとき相手の気持ちがわかってしまうのは逆に辛いと思ってしまう。

 俺は沙織がどんな漫画を描いているか知らない。

 子供の頃から一緒に過ごした幼馴染の唯一の隠しごとだ。


「ん? どうしたそんな不機嫌そうな顔をして」

「別に何でもない」

「ふふ、そうか」


 この感覚は沙織も持っているらしく、その片鱗を感じることが度々ある。


「そういえば、ドーナツ買ってきておいたぞ」


 部屋の中心にある低い平机の上に置いていた紙袋を沙織に渡す。


「さすが彰人だ。 私が食べたいものを用意してくれるとは」

「別に俺が食べたかったから買ってきただけだ」

「ふふ、そうか」


 ドーナツを買ったのも気まぐれだ。

 昨日、テレビでやってたドーナツ屋が美味しそうだったから外出がてら買ってきただけ。

 種類も適当に3種類だけ買ってきた。


「昨日、私と一緒に見てたドーナツ屋さんのじゃないか」

「たまたま近くまで行ったからな」

「ふふ、そうか。 どれを食べていいんだ?」

「好きなのを選べよ。 俺は残ったのでいいから」

「それは悩むな。 全部私が食べたかったものだ」

「……たまたまだよ」

「そうか、たまたまか」

「店員さんにオススメ聞いたらそれだっただけだ」


 ちょっとの沈黙。


「ふふ、好きだぞ」

「……うっせ」


 沙織は平気でそういうことを言う。

 照れという感情が全くないのだ。

 一方の俺は、照れたことをバレないように隠すので精一杯になってしまう。

 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか。

 ……いや、知ってるんだろうな。

 当の本人である沙織は紙袋の中を覗きながら中にあるドーナツを見つめていた。


「チョコドーナツ。 昨日、私が君の美味しそうと言ったやつだな」

「そうだったか?」

「うん、そうだ」

「そうか、よかったな」

「私が美味しそうと言ったから買ってきてくれたわけじゃないんだな」

「ああ。 オススメだった」


 俺の返事を待たず、沙織が俺の顔をじっと見つめてくる。

 整った顔立ち。

 さらさらとした青っぽい髪色。

 昔、沙織自身が言っていたが一番近い色だと花色と言うらしい。

 花色ってこんな色なんだなとその時思ったのを覚えている。


「君、別のこと考えているだろ」

「そんなことないぞ」


 沙織は綺麗だ。

 じっと見つめられると思わず顔をそむけてしまいそうになる。


「最近、顔をそむけなくなったと思ったが、やはり別のことを考えるようにしているんだな」

「そんなことない」


 沙織のことを考えているわけだから間違いではない。

 綺麗に曲がった睫毛が瞬きをするたびに動く。


「前にすぐそむけるのを指摘したからか?」

「それは関係ない」

「突然、君の顔を参考にさせてほしいと頼んだ私も悪かったからな」


 人物を描くために俺の顔を参考にさせてほしいといわれたときは二つ返事でオッケーをしたのを覚えている。

 だが、いざやってみると今まで意識していなかった沙織の顔を意識せざるおえなくなってしまった。


「だが、次の日には改善されてて助かったよ。 あのときも締め切りが危なかったからな」

「別にお前のためにやったわけじゃねーよ」

「ふふ、そうか」

 俺の返答に小さく沙織が笑う。


「好きだぞ」

「……うっせ」


 顔の熱が増した気がした。


「ふふっ、そういえばアレを持ってきてくれたか?」

「…………これか?」


 顔をうまいこと隠しながら俺は自分の家から持ってきたものを沙織に手渡す。


「そうだ。 これだ」


 沙織の手には俺の日記帳。


 去年の年末、沙織と一緒に出掛けたとき本屋で買った物だ。

 元々日記なんて書かなかった俺に沙織が突然オススメしてきたのだ。

 表紙にワンポイントの花が描かれた物。

 男が使うには少し可愛すぎる。

 数ある日記帳から沙織がオススメした日記帳だ。

 その時、沙織は「男が使うには可愛すぎるな。 忘れてくれ」

 そんなことを言っていたが俺は迷わずその日記帳にした。

 帰り道、沙織にいろいろ言われた覚えがある。


「俺がこれがいいと思ったから買った」


 それだけだ。

 だから沙織にもその時そう伝えた。

 沙織もただ「そうか」と一言だけ言ってそれ以上なにも言わなくなったのを今でも覚えている。


「それで、日記帳を持ってきてくれってどうしたんだ?」

「中を少し見たくてな」

「中って日記帳の中身をか?」

「そうだな。 プライバシーなのはわかっている、君が嫌だというならやめておこう」

「いや、別に見るのは構わないが……俺が書いてるとは限らないだろ」


 元々日記なんて書く習慣がなかった。だから、日記と言ってもなにを書けばいいかわからなかったのだ。

「なんでもいいから自分が思ったことを書くといい。なければ天気でも書いておけ」

 俺が日記を買ったとき、沙織はそう言っていた。


 沙織は日記の表紙をめくり、続いて数ページめくっていく。


「そうか、でもびっしり書いてあるんだな」

「気まぐれだ」

「私が言った天気まで書いてあるじゃないか」

「別にお前に言われたからじゃなーよ」

「君のそういうところ可愛いと思うぞ」

「…………うっせ」


 それだけ言い終わると、沙織は俺の日記を最初から読み始めるのだった。


 話し相手を失った俺は、沙織の姿を観察する。

 俺の日記を読みながら、うんうんと頷いたり。

 時には小さく「なるほど」と声が聞こえる。

 日記の何がそこまで面白いのか。


 少し体勢を変えようと座り直したとき、ベッドの下にある少し大きめの封筒を見つけた。

 なんとなく気になりそれを手に取る。


 なんだこれ。


「なあ、沙織。これ……」


 俺は沙織に声をかけるが、日記に夢中の沙織から返事は帰ってこない。

 あまりの手持ち無沙汰に興味本位で封筒を開くことにした。

 沙織の物でも、怒ることはないだろうという気持ちがあったからだ。


 紐で止まっていた封筒。

 その中から数枚の紙が出てきた。


 これは……漫画?


 中から出てきたのは可愛らしい絵柄で書かれた漫画だった。

 少女漫画だ。

 沙織の部屋では見たことのない絵柄の漫画。

 中身は……恋愛漫画。

 ツンデレな主人公の女の子とキザったらしいクールな男との恋愛ものらしい。

 詳しくはわからないが、主人公が意を決して男に告白をする回だった。

 シチュエーションは男の部屋。


 ――「うっさい!」

 ―― 素直になれない女の子は、男に反発をしている。

 ―― 男は素直になれてないことがわかっていてそれが可愛くてしかたないという様子だ。

 ――「好きだよ」

 ――「うるさい」

 ――「好き」

 ――「うっさい!」

 

 ―― 男が必要以上に女の子を煽り立てる。

 ―― 次のページ。


「おい」

 と、そのとき手元にあった紙が一瞬にして無くなる。


 そして、俺のことを細い目で沙織が睨んでいた。


「すまん」


 咄嗟に謝罪の言葉が出る。


「……いや、これは私の不注意だ」


 だが、次の瞬間には沙織は俺以上に申し訳なさそうにしていた。


「……それ、もしかして原稿か?」

「……ああ、そうだ。 だがこれは没のやつだ」

「なんで」


 漫画はちゃんと完成していた。

 トーンもあり雑誌で掲載していても問題ない出来だった。


「これは、違うんだよ」


 違う?


「自信がないんだよ」


 沙織はどこか寂しそうな、そんな雰囲気を感じ取った。

 自信がない……。

 漫画として、なにか問題があったようには俺には思えなかった。


「ドーナツを食べよう。 せっかく君が買ってきてくれたんだ」


 沙織は立ち上がり「皿を持ってくる」とだけ言い残し部屋を出て行った。


 沙織の言葉が引っかかる。

 なんとなくの直感。


 俺はベッドの下を覗き込む。

 そこにはいくつかの漫画があった。

 先ほどと同じ絵柄の少女漫画。

 沙織の描いた漫画。


「ベッドの下に見られたくないものを隠すなんて男子中学生かよ」


 俺は手に取った少女漫画をめくる。


 先ほどのツンデレな女の子とキザったらしいクールな男が描かれていた。

 初見の漫画だ。

 ――そのはずなのに。

 ――なぜか内容を知っている気がする。


 違う巻を手に取る。

 ――知っている。


 違う巻。

 ――知っている。


 ある中でも一番新しい数字がナンバリングされた巻。

 シチュエーションは本屋。

 男が女の子に日記帳を勧めていた。

 男は自分の感性で日記帳を選んだため女の子には不釣り合いな少し暗めな色合いのものを選んでしまう。

 だが、女の子は彼の選んだ日記帳を選ぶ。

 男は女にいろいろと質問を投げかけていた。

 しびれを切らした女の子は「私がいいと思った物でなにが悪いんだ」と逆ギレしてしまう。


 ガチャ。


 扉の音。

 咄嗟に俺は漫画をベットの下に投げ入れる。


「すまない。 ちょうどいいサイズのお皿がなくて」


 皿にドーナツを乗せた沙織が部屋に入ってきた。


「ああ、ありがとう」

「ん? どうしたんだ」

「どうしたって?」

「うん、いや。……気のせいか」


 沙織は俺が漫画を読んだことに気づいていないようだ。

 二つの皿が平机に乗せられる。

 皿には半分にされたドーナツが三つずつ乗せられていた。


「全部食べてよかったのに、綺麗に半分にしたんだな」

「当たり前だろ。 君と一緒に食べることが重要なんだから」


 そういうと沙織は小さくいただきますと言い、ドーナツを口に運んでいた。


「ん。 美味しいな」

「やっぱりテレビでやるお店のは美味しいんだな」


 俺も同じ種類のドーナツ口に運ぶ。

 たしかに美味しい。


「それもあるが、君と一緒に食べるから美味しいんだよ」

「…………」

「ふふ、照れてるな」

「……うっせ」


 二口目を食べるために口に含もうとした。

 だが、その前に気になったことを聞いてみた。


「お前、少女漫画書いてたんだな」

「まあな」


 さすがに原稿を見た手前、触れないわけにはいかなかった。


「いつかは言おうとは思っていたんだがな。 君の優しさに甘えていた」

「別に無理に聞こうとは思わなかったけどな」

「ふふ、そうか。 でも、聞いてくれてよかったよ。 君に隠しごとをするのはちょっとだけ辛かったんだ」

「…………そうか」


「私みたいなのが、少女漫画を描いてるのは意外だろ?」

「いや、別に。 お前らしいんじゃないか」

「そうか、お前が言ってくれると嬉しいよ」


 肩の荷でも下りたかのように、沙織は小さく笑っていた。


「困っていることとかないのか」

「困っていることか」


 小さくつぶやくように。

 沙織は考え込んでいた。


「最近担当にストーリーのことでちょっとな」


 そして意を決したのか俺に悩みを打ち明けてくれた。


「なにか言われてるのか?」

「単行本も数巻でてるのにキスすらしないのはどうかと思うと言われてしまってな」


 沙織としては乗り気ではないのだろう。


「お前がその気じゃないなら描かないでいいんじゃないか」

「ふふ、君にそう言われるとそれもいいんじゃないかと思ってしまうな」

「いつにも増して、素直だな」

「そうかもしれないな。 お前への隠しごとが一つ消えて楽になったのかもしれない」

「…………そうか」


「好きだよ、彰人」

「どうした突然」

「いやなに、好きな人に好きと言いたくなってな」


 顔に熱が増す。

 だから、それを隠すためいつものセリフを言ってしまう。

「……うっせ」


「好きだよ」

「……うっさい」


 熱が増す。


「好き」

「……うっさ」


 いつもならこんなに言わないはずなのに。

 くそ、熱くなる。


「す――」


 俺は堪らず言葉を遮る。

 気が付いたときには沙織を押し倒していた。


「なんでもお見通しだと思うなよ」


 そしてそのまま沙織の唇に自分の唇を押し付けた。

 数秒の沈黙。

 顔が熱い。

 目を開けることが恥ずかしい。


 だが、ずっとそうしているわけもいかない。

 ゆっくりと、瞼を開く。


 目の前には頬を赤らめ、瞼を閉じた女の子がいた。

 ゆっくりと唇を離し、目の間の沙織の顔を見る。


「あぁ、……その」


 歯切れの悪い、女の子らしい小さな言葉

 そこには今まで見たことがないほど顔を赤らめた沙織がいた。

 瞳の中心は俺を捉えることができず、ちょこちょこと動き回っている。


「……あっ」


 その可愛さに堪らず俺は抱きしめてた。

 沙織から漏れる小さな声。


 すると、沙織の背中から封筒がすっと落ちる。

 封筒の口が空いていたのか、一枚の紙がちらりと見えてしまう。

 先ほど俺が見ることができなかったページ。


 ―― 手玉に取られていた女の子が男を押し倒していた。

 ―― キョトンとする男。

 ――「何でもお見通しと思うなよ」

 ―― 次のコマ。

 ―― 女の子が無理やり男にキスをしていた。

 そしてそこで終わっている。

 メモのような小さな文字で「……ファーストキス」と書かれていた。


「……あ、……原稿、送らないとになっちゃった……」


 沙織の小さな声が耳元で聞こえた。

 それに俺はただ一言しか返すことができなかった。


「それだけは止めてくれ」


その願いが届いたのかは数か月後の雑誌で俺は知ることになるだろう。

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