第41話 vsセルフルト その1
――ここは、どこだろう?
目を開け、まず見えたのは、大量の剣だった。
小さな部屋にぎっしりと剣が置かれている。倉庫か、なにか――なのだろうと予測はつくが、しかしどうして自分がここにいるのか、分からなかった。
誰かいないの!? と叫んでも、誰もいないのだから、返事もない。
この部屋で、自分は一人だった。
動こうとしても、体は動かない――怪我でもしているのか、と思ったが、痛覚が機能を発揮していないので、怪我ではないのだろう、と思う。
痛覚を感じないほどの怪我をしていた場合は、怪我に気づくことはできないが。
つまり――なにもできない。
ここで眠っていることしかできない。
あれから――、自分が気絶してから、恐らくは一日が経っているだろう。確認を取ったわけではないが、体の感覚がそう言っている。ならば、今日はプラムと会う日のはずだ――、だけどこの状態では、とてもじゃないが、会いになど行けない。
そう思っていたからこそ――、ヴァルキュリアは、驚いた。
この部屋の扉が開き、入ってきたのが、プラムだったのだから。
彼女はなにか悩みながら、目を瞑り、開ける――、
すると、ヴァルキュリアの方へ近寄ってくる。
ここで、驚きによって固まった思考が正常に戻ってきて、判断する――、プラムに、声をかけようと思った。体は動かないが、声は出せる――。ならば、と声を出そうとしたところで、しかし、ヴァルキュリアは声を出すことができなかった。
持ち上げられた。
自分の体が――プラムに、いとも簡単に。
重いわけではないが――しかしそう簡単に、片手で持ち上げられるほど、自分の体は軽いわけではない。なにかがおかしい――、でもなにがおかしいのか、分からない。
今の自分の姿を、第三者の視点で見たいと思った。
そうすれば、予想が確信へと、変わるというのに。
――分かってる……。
ヴァルキュリアは――答えを出した。
信じられない――答えを。
――私は今……、剣になっている!
自分で言っておいて信じられないが、そして信じられないままに、時は進み、プラムの歩みは進み……、気づけば、彼女は大勢の観客に囲まれた、正方形の、闘技場の上に辿り着いていた。
目の前には、真っ白なシルクハット被った男――、
自分に酔っているように思える男がいる。
その男はウインクを、ばちーん、と一発だけ決めてから、
「まさか、プラムちゃんと戦うことになるとは――ね。これは困ったものだね」
「全然、困ってるように見えないんですけど……」
「ぼくは勝ちたいんだ……勝って、クードくんやジャッジ・ウィルソーと戦いたくてね。
でも、勝つためには君を倒さなくてはいけない――殺しが反則になっているんだ、手荒な真似はしないさ――とは言え、そもそも、ぼくは女の子を傷つけたくないんだよ。
ただまあ、それも状況によるけどね――基本的には、傷つけたくない主義なんだ。だから――プラムちゃん。棄権してくれないかな、後で、気が済むまでぼくを使ってくれていいからね」
ふう、とシルクハットに片手を添えながら、見下してはいないのだろうが――しかしそう思える体勢で、男は言う。使うって……、この注目の場でなにを言っているのだろうか、と内心で突っ込みをしながら、プラムの出方を待つヴァルキュリア。
条件がだいぶ、というか、絶対にいらないが――だがここは従って棄権してくれ、と願うが……、プラムは、ヴァルキュリアの嫌な方の予想通りに、首を左右に振る。
「ごめんなさい――わたしは、セルフルトさんを、倒します」
礼儀正しく、ぺこりとお辞儀をして、プラムが構えた。
ヴァルキュリアを――剣を、セルフルトに向けて。
プラムの行動に溜息を吐きながらも、だが決して、バカにした様子はなかった。勝てるわけがない、と誰もが思う中で、勝ちはもう決まりだろうと勝敗を判断している中で――セルフルトは、プラムの決意を受け取った。
レイピアを抜く――、プラム同様、切っ先を、向けてくる。
「手加減はしないけど、配慮はするよ――君は女の子だ……そして、剣士でもある……」
互いに睨み合い、少しの物音で戦いが始まってしまいそうな緊張感の中――、
そして、
『――試合、開始です』
審判の声と同時、ゴングが鳴り響く。
―― ――
ゴングが鳴ったと同時に、セルフルトが、爆発的な加速力で前に飛び出し、レイピアの切っ先をプラムの顔面にめがけて突き出した。
唐突過ぎて――逆にプラムは反応してしまい、顔を横にずらした。
常人ならば不意を突かれて、そのまま顔面が突かれて終わりだったが、プラムにはよく見える目がある――だからこそ、避けられたのだろう。
そして避けられるとあらかじめ予想していた――その予定でレイピアを突き出したセルフルトは、伸ばしたレイピアを、プラムが避けた方向へ、振り抜く。
突くのではなく、斬るのではなく――叩く。
鞭のようにしならせ、叩く。
大きなダメージこそないが、
しかしとは言え、他と比べる必要もなく、充分に痛い攻撃方法だった。
ばちん! と叩かれた音が鳴る――、
プラムのその細い腕、肩に、レイピアの刀身が当たったのだ。横からの衝撃に、バランスを崩したプラムはそのまま倒れて、セルフルトに、背を向けてしまう。
――あ、だめ……っ!
そう思ってから慌てて振り向けば――しかしそこに、セルフルトはいなかった。
完全に――読み負けている。
プラムの行動が、まるで分かっているかのように――セルフルトは、動いている。
二つの行動の遅れを、勘や偶然で埋められるものではない――。
セルフルトはきっと後ろにいる。
プラムがこの方向を向くと予想して、後ろに回ったのだから、そうだろう。そして気絶させる技を喰らわせて、はい終わり。それがセルフルトが描いているシナリオだろう。
今からではどう足掻いても、後ろからくる攻撃を防ぐことはできない。後ろにいることが分かっても、どの方向から攻撃がくるのか分からないのだ。それを勘で防ぐにしても、ここで合っているのかどうか、という不安が、無意識の内に行動の速度を遅らせる。
それはつまり、どうしたって、間に合わないということ。
無意識は、意識できないからこその無意識――、
どうにもできない、意識するからこそ、逃してしまうこその、無意識だ。
それでも、なにもしないままに攻撃をただ受けるプラムではない――、無意識を意識的にしないようにして、という無茶な要求を自分に叩きつけて、現状を打破しようとする。
だが、誰の目にも明らかだ。
プラムの行動は――、防ぐために振り上げる剣の動きは、遅かった。
無意識を消すことはできない。
プラムはできる限りの、最大限のパフォーマンスができている。
それは褒められるべき動きだが――、それはなにも、意味を生み出さず、どうしたって、遅い……、セルフルトの攻撃を、避けることはできない。
開始、数秒で呆気なく――だが、誰もがそう予想したことだ。
観客の誰もが、プラムの実力を知らないのだ。見た目から、そして経験から言って、どちらが勝つなど、予想できるに決まっている。
一回戦の不戦勝は、単なる偶然で、実力で上がってきたわけではないのだから。
攻撃の手は、止まらず――、
セルフルトは、
「………」
言葉なく――、
最後の攻撃を――しかし。
「――なに?」
プラムはセルフルトの攻撃を防いでいた。
剣の刀身で、支えていた。
そして素早く起き上がり、仕切り直しと言ったように、距離を離し、構えを取る。
さっきよりも警戒して、セルフルトを睨みつける。
そしてプラムは呟いた。
「ありがとう――キュリちゃん、助かったよ」
――ほんとに気をつけなさいよ!? 今、私が指示を出さなければ、あんた、あの一撃を喰らってたんだからね!?
「うぅ、そうだよね……背中を向けてたから分からなかったけど、危機一髪だったよね」
――そうよ。まったく、いきなりだったから驚いたじゃないの。
「わたしだって、キュリちゃんが剣だったなんて、驚いたけど」
――それは私も知らないわよ――、気づいたらなってたんだから。
「そっか……でも、キュリちゃんで良かった……。
キュリちゃんと一緒にこうして戦えるのは、安心するから」
――……、仕方ないわね。私が指示、出してあげるわよ。
「――うん」
プラムは剣の声が聞くことができる――、その事情を知っていれば驚くことはないのだが、しかしそれを知らないセルフルトからしたら、今のプラムは、異常に見える。
一体、誰と話しているのだろうか――今のプラムだからこそ、さっきの、途中から早くなった、行動……。それに、関係しているのだろうか。
「――考えていても、仕方ないね。とりあえずは、さっきの『読み』は破棄だ」
さっきまでの策はもう使えない――そう見ておくべきだろう。
そう見ておいた方が、隙を突かれた時、動揺が少なくなる。
さっきは、突然、動きが早くなり、プラムに攻撃を防がれてしまった。
その時の動揺で、今、こうして距離を取ることを許してしまった。
次は――そんなミスはしない。
短時間で――勝利を、獲る。
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