第40話 新しい相棒

「……そこまで言われてしまえば、仕方ないね。さっきも言ったが、荒事は困る。

 それに、あなたとやるのは、ここでは、ステージが相応しくない。

 やるのならば、闘技場で、だ」


「ああ」


「正直、あなたにはなんにも、興味を抱いてはいなかったが、どうでもいいとまで思っていたが――少し、今のはかちんときた。だから言わせてもらうが……、潰すぞ?」


「…………」


「遊びだろうがなんだろうが、関係ないな……殺してしまうのが反則だというのならば、殺さない範囲で潰せばいい。

 ジャッジ・ウィルソー……、お前の実力、確かめてみたかったのもあるし、好都合だ。

 そしてお前を倒し、お前の人気は、ぼくのものだ!」


「勝手にすればいいさ――まあ、負けることはないがな」


「ふん――まあ、楽しみにしておけ」


 マントをばさりと広げ、背を向けて去ろうとするセルフルトは、あ、そうだ――と、思い出したのか、再び振り返り、クードを見る。


「少年、君のことも忘れていないよ。あの子を取り戻したいのならば、ぼくに勝てよ。

 まあ、無理だと思うがな――それでは、また後で」


 そして、今度こそ去っていく。


 だが結局、この部屋からは出られないので、部屋の一番端にある椅子に座っただけだが。


 セルフルトは、他の選手にもちょっかいをかけていた。そういう作戦なのか、それとも元々から、そういう性格なのか――後者だろうなあ、とクードはそう思う。


「負けられなくなったな、少年」


「元々、負けられない理由は、ありましたから、変わらないっすよ」


「ふふふ、そうか――」


 あらためてこうして向き合ったが、しかしなにを話せばいいのか、分からなかった。

 だから結局、受け身の会話になってしまう。

 クードは自分が振りたい話題を、振ることができず、

 振る予定だった内容も、忘れてしまっていた。


 完全に、パニックだ。

 緊張している――、戦いよりも、こうして憧れの人を前にしている方が。


「ジャッジ・ウィルソー……私の名だ――君の名は、なんだ?」

「……クードです、クード・ナグルマルク」


「そうか、クードくんか。……君との戦い、楽しみにしているよ」


 それだけ言って、ジャッジが、椅子から立ち上がる。

 すると、ちょうど扉が開かれ、係員が顔を出す。


 それから、

「出場選手は集まってください」という連絡を受けた。

 気配を察知して会話を切り上げたのか、どうか。

 本人に聞いてみないと分からないが――しかし会話の内容は、充分だった。


 名を交わした。

 戦いたいと、そう言われた。


「……おれも、戦いたい」


 どれだけ、通用するのか。

 いや――勝てるのか、どうか。


 優勝するためには、自分よりも実力が上の剣士を倒さなくてはならない。


 ジャッジ・ウィルソー。


 セルフルト・ハランヘヤ。


 そして、プラム・ドールモート。


 闘技場から、歓声が聞こえてくる。

 見せ物にされるのはあまり好きではなかったが、剣士という職業は憧れの存在――、

 この観客席には、汚れた心を持つ貴族が大半ではあるだろうが、憧れている者も、少なからずいるだろう。その者たちのために、今回は晒されてやると、見せてやると、そう決めた。


 閉鎖的だった空間が――解放される。


 外の光が、部屋の中にどんどんと侵入してくる。


 ちらりとプラムを見てみる――彼女もまた、クードを見ていた。


 視線がばちりとぶつかり、火花のように散る。


 ――たとえプラムでも、今回は、敵だ。


 そんなことは、言葉なくとも、伝わっていた。


 ―― ――


 開会式はあっという間に終わった。

 ただの顔見せだったようで、

 闘技場の上で、横一列に並んだだけで、それだけで開会式は終了した。


 トーナメントの対戦表も、控室に貼り出されていたので、

 開会式で公開する、というわけでもなかった。


 プラムの一回戦の相手は、ドーブル・センシスという巨体の男だったのだが――、

 一回戦が始まる直前に、彼はいきなり、棄権した。闘技場に上がることなく棄権したので、プラムは控室の椅子に座ったまま、燃え上がる闘志をその場で鎮火させるしかなかった。


「――まあ、良かったんじゃない? 一回戦を難なく勝利できたってわけだし」


「そうだけど……なんだか、拍子抜けしちゃったなー……」


 プラムはテーブルに顔を突っ伏しながら、二回戦を待つ。

 今は、きっとクードが試合をしているはずだ。控室に闘技場の様子を映し出してくれるモニターはないので、直接、見に行かなければいけないのだが――、

 しかし、プラムは見に行かなかった。


 見る必要はない。

 クードはどうせ勝ち上がってくる、という理由で、見ていないわけではなかったが。


 ちらちらと闘技場の方向に視線を向けるプラムに、ナルマリエは思うことがあったのか、


「……意地、張らないで見てくればいいのに」


「マリちゃんだって聞いたでしょ!? クーくん、

『お前の試合を見るくらいなら修行してるっつうの!』って言ったんだよ!? 

 わたしだって、

 クーくんの試合なんて見たいわけじゃないし、見るくらいなら修行したいし!」


「……修行、してないじゃないの」

「これは――さっきの不戦勝で、拍子抜けしちゃって……今は無気力状態だから!」


 力強く言うプラムに、はいはい、とナルマリエは頷いた。


「二回戦までにはその無気力状態、治しときなさいよ……」


「うん……。でも、なんで棄権したんだろうなあ……ドーブルさん、強そうなのに」


「色々と理由はあるんじゃないの? それか、もしかしたらあれね――この大会、賭け事もやってるから。どっちが勝つのか予想して、お金を払う。当たれば倍に、それ以上にもなる――。

 プラムの試合で言えば、明らかにプラムが負ける予想が立つじゃない? いや、別にプラムが弱いって言ってるわけじゃなくて、見た目の関係上――、大きな体を持つ男の大人と、小さな体を持つ子供の女の子。そんなの、一目瞭然で、ドーブルが勝つと思うじゃない。

 だからこそ――プラムの価値が上がるのよ。

 恐らくさっきの試合、

 プラムが勝つ方に入れていた人のお金は、二十倍になったんじゃないかしら――」


「二十……!」


「そう――二十倍。だから、ドーブルは誰かに雇われていて、プラムと当たった瞬間に棄権した。そうすれば、意図的に二十倍の金額を得ることができる……、

 そう考えれば、棄権したのも頷けるでしょう?」


「まあ――確かに……」


「プラムにしてもドーブルにしても、互いに運が良かったってことね」


 ナルマリエはそう言うが、しかし、プラムとしては自分の力を試したかったし、一回戦の内に感覚を掴んでおきたかった。なぜなら、次の相手は、あのセルフルト・ハランヘヤである。

 プラムからすれば初戦――、その相手がセルフルトというのは、不安だ。


 まだ今日になって、剣も握っていない――この状態で、良い勝負ができるのか。


「あ、クードが勝ったみたいね……ってことは、次、プラムじゃない?」


「え? ――もう?」


「うん。剣、持ってないんでしょ? 

 貸し出し用の剣があるから、取りに行ってきなさいよ。

 剣を選んで、そのまま闘技場に出れば、

 時間的にも、タイミング的にも、たぶんちょうど良いと思うから――」


 それから――、がんばりなさい……と、ナルマリエに見送られながら、プラムは剣が用意されている倉庫へ向かった。


 倉庫の中は埃が多かった。剣士なのに剣を持っていないのはプラムとクードくらいなもので、他の選手は、この倉庫を使う機会がないのだろう。誰も使わないから、掃除もされない――、

 こうして部屋が残っていること自体が、珍しいものだ。


 壁、床、天井――、埋め尽くすように剣が配置されている。

 これを見ると村の、自分の倉庫を思い出してしまう。

 みんな、どうしているかな……と考えていると、闘技場の放送が、プラムの耳にも届いた。


「あ、もうすぐ開始時間――早く決めないと……」


 だが数が多過ぎて、どれにすればいいのか、短時間で決められなかった。

 ならば、と、小さな声で、声をかけてみるが、剣はなんとも言わず、沈黙したままだった。

 これ以上、声をかけたところで、返事があるとは思えなかったので、ここは目についた剣にしようと、プラムは目を瞑る。


 そして開いた――目についたのは、真っ白な、剣。


 壁でも地面でも天井でもなく、テーブルの上に、雑に置かれている剣を、手に取った。

 すると、手に持った瞬間に、不思議なほど、手にしっくりときた。

 それに、軽い――自分でも軽々と振れる……しかも、なぜだか安心する。


 隣に知り合いがいるような、そんな感覚だった。


「……よろしく」


 ぼそりと、そう言って、プラムは倉庫から外に――闘技場へ向かう。


 無気力状態は……、自分でも気づかない内に、なくなっていた。

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