第39話 目立たない剣士

「む?」


 セルフルトは顔面に迫る拳を、受け止め、横に逸らした。

 逸らされた少年は、地面を転がり、

 部屋の中にあった木製の椅子やテーブルを壊しながら、動きを止める。


 敵意を剥き出しに――拳を握って。


「――てめえッ!」


「なにを怒っているのか分からないけど、こういう荒事は勘弁してほしいね。ぼくと戦いたいのなら、試合を待てばいいだけだろう? どうせ決勝で会えるだろうしね――、

 まあ、それは君が、決勝まで上がれる実力を持っていればの話だが」


「――んの、野郎がッ!」


「待ってクーくん! この人の言う通りだよ、ここで争っても仕方ないよ!」


 プラムに前を塞がれたクードは、これ以上、進むこともできず、しかし怒りを発散させることもできずに、守るべき対象に、怒鳴りつけることしかできなかった。


「どけ! こいつは、お前の――お前のっっ!」

「わたし、の……?」


 とは言え手の甲であったが、キスをされたのが許せないと思ったことを、正直に言うことはできない。言えば、逆算で、クードがどんな気持ちを抱いているのか、プラムにばれてしまうことになる。今の状況でも、だいぶ危ない。

 ばれてもおかしくはない状況ではあるのだが、これ以上、決定的にはしたくない。


 だから中身のない怒鳴り声を上げることしかできなかった。


「落ち着いてよ、ね? クーくんが怒ったのは、さっきのことでしょ? あれって、貴族たちのあいさつみたいなものなんでしょ? だったら敵意なんてないと思うし――」


 と、プラムが冗談を笑い飛ばすように言う。


 もしかして、あれを敵意ある攻撃と思ったから、クードがここまで暴れているのだと思っているのだろうか。それは、そう思ってくれているのならば、まあ、好都合ではあるのだが――、

 しかし、あの行動の意味をここまで勘違いしているとは。


 プラムらしいけど。

 これならば――、ばれる心配はなさそうだった。


 プラム以外には――、

 例を出せばナルマリエにはばればれで、にやにやと、笑われていたが。


「ちっ」


 そう舌打ちしたクードの肩が、ぽん、と叩かれた。

 後ろを振り返れば、そこにいたのは、全身を黒で固めている、長身の男だった。

 その姿は予備本命たち――あの黒服を思い出してしまうが、

 だが相手の顔を見て、間違えるはずがないと確信できた。


「さっきの君の行動は、すごく男らしかったぞ」


「……、ジャッジ・ウィルソー……!」


 憧れていた剣士が今、目の前にいた。

 クードが剣闘大会に出たい理由は、全てこの『ジャッジ・ウィルソー』に関係していることだった。会いたかった――会って、色々と話をして……と思っていたのだが、まさかここで会えるとは思っていなかった。

 なので、いきなり過ぎて、言葉が詰まり、発声が困難になってくる。


 さっき全体を一通り見た時に、ジャッジもいたはずなのだが――、しかしその時、クードは気づけなかった。一番の理由としては、彼には、有名な剣士だから持つオーラというものがなく、今だって、目の前に立っているのに、そういうものが感じられない。


 薄いのだ。どこにでもいそうな一般人と同じオーラ――雰囲気を感じる。


 本当にジャッジ・ウィルソーなのかと、失礼なことを思ってしまうが――本物だ。


 たぶん……という、曖昧な意見ではあったが。


「青春してるじゃないか……君はただ、好きな――」

「!? ちょーい!!」


 いきなりクードの本心を晒そうとしていたジャッジの口を、慌てて塞ぐ。

 ちらりとプラムを見れば、彼女は首を傾げていた。そして、


「仲良しなんだね」


「う、うんうん仲良し! だからお前はマリとあっちで座ってろ!」

「え、でも……」


「いいから! ここは男同士の場なんだよ!」

「うーん……、そういうことなら――分かった」


 そう言って、ナルマリエを連れて少し離れた場所の椅子に向かうプラムの背中を見続け、ふう、と息を吐く。


「それじゃあぼくも――」

「お前は行くんじゃねえよ! そこで剣でも磨いてろ!」


「当たりが強い気がするんだけどなあ――いいじゃないか、たかがキスじゃないか」


「たかがキスが、おれにとっては大ダメージなの! 

 くそ! これだから自分に酔っている奴は……!」


「まあ、嫉妬も度を越えないようにしておいた方がいいぞ――。

 それと、ジャッジ・ウィルソーが気絶しそうなんだが、それはいいのかい?」


「うおぉおおおっっ!? 大丈夫っすか!? ジャッジさん起きてくれぇえええええっ!」


 肩を掴み、揺さぶって、どうにか意識を覚醒させる。

 さっき口を塞いだことによって、偶然にも鼻も塞いでしまっていたらしく、酸欠状態を起こしていたらしい。ジャッジも、回避のしようはあったと思うが……、こういうところを見てしまうと、やはり本当にジャッジ・ウィルソーなのかと思ってしまう。


 なんだろう――なんだか、間抜けだ。


 イメージと違った。


 世間が騒ぎ立てているだけで、そこまで凄い人ではないのかもしれない。


「ああ、済まない――どうやら気絶してしまっていたようだ……」

「す、すいません」


「いや、気にしていないから大丈夫だ。

 まあ、さっきは、済まないな。君が、恐らく隠していることを、不用意に言ってしまいそうになったのだから――あの反応は当然、この結果も当然だ」


 ジャッジは椅子に座り、そしてクードに向けて、座れと促してくる。

 指示通りに座り、ジャッジと向かい合う形になる。

 すると、置いていかれていたセルフルトが、


「ぼくのことは放置なのかい?」


「ん? そういうわけではないが――、もしかして、この輪に入ってくる気なのか? 君があの子にキスをしたせいで、色々と問題が起こっているというのに。

 ここは気を遣って引くのが大人としての対応ではないのか?」


「ぼくに気を遣え、と? なぜ、高貴なぼくがそんなことをしなくてはならないんだ。

 ぼくのせいで問題になった? 違うだろ。ぼくのおかげで、問題が起きてくれた、だろ」


「そう捉えれば、マイナスな事柄もプラスに見えるか――いや、見えないな。

 やはり君はここにいるべきではないな――少し席をはずしてくれないか、ややこしくなる」


「おいおい、勘弁してくれよ、冗談がきついぞ? 

 同じ剣士仲間じゃないか。

 それに、これから戦う、とは言っても遊びの範疇。殺し合いってわけでもないん――」


「これ以上は言いたくない――私はお前に、失せろと言っている」


 場が凍った感覚。

 さっきまでの、情けない雰囲気を出すジャッジではない。

 恐ろしく、冷たい、殺意が込められた言葉――感情。


 真正面に座っているからこそ、表情がよく見える。

 ぴくりとも動いていないのに、

 雰囲気が、オーラが、ジャッジの怒りを表しているようだった。


 ――これが、ジャッジ、ウィルソー……。


 これで、決まった。

 間違いなく、本物の――ジャッジ・ウィルソーだ。

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