第38話 参戦者たち

 王城の内部に入ると、長い廊下が見えた――、

 が、そこではなく、そのすぐ隣の庭を歩き、進む。


 ただの庭にもきちんと道が作られていた――地面に埋められ、道と化している石の上を進んで行くと、見えてきたのは扉だった。

 扉を開き、先導するナルマリエを追って向かった先――、辿り着く場所は、その部屋は、空気が重かった。息苦しい、閉鎖的な空間――、プラムは、うぅ、と後じさる。


 そんな様子のプラムのフォローなどせず、ナルマリエが言う。


「ここが選手控室よ――あんたらの選手登録はもうしてあるし、細かいことは聞かれないとは思うけど……、まあもしも聞かれた場合は、なんとなくでいいから相手しておいて」


「なんとなくって――」


「いいわよなんとなくで。出身はどこですかとか聞かれたら、テキトーに遠い国の名前でも言っておけばいいんだから――、あっちも、一応で聞いているだけだし、細かく調べようとはしないわよ。村人という身分に恐れているのなら、安心していいわよ――。だって、もう剣士なんだから、それは保証されているんだから。今更、村人がどうとか、言われないわよ」


 ならいいけど――と、プラムは不安を残しながらも納得する。

 そして後ろに下げた一歩を戻し、そのまま前へ、進ませる。


 すると、隣にいるクードが、部屋全体を一通り見て、


「一、二、三……つーか、八人しかいねえんだけど――もしかしてこれで全部なのか?」


「ええ、そうよ――元々、大きな大会にしようと思って開催された剣闘大会ではないしね……大きな大会は元々、この国にもあるにはあるけど、時期はずれだし――。

 今回はただの、遊びの大会よ。

 招待したのは数人だけ――、あとは仕事のついでってところじゃない? 

 ライセンスに貯められるポイントがあるから――出ても無駄ってことはならないしね」




「――おいおい、鍵持ちの少女・ナルマリエ・ロレンツェトさん――、ぼく達……いや、このぼくがライセンスのためだけに出場しているとでも、思っているのかい?」


 ――と、いきなり会話に入ってきたのは、見知らぬ男だった。

 だがナルマリエの名が出てきたということは、知り合いなのだろうと、プラムは視線をナルマリエに向けるが、彼女は嫌そうな顔をしたまま、固まっていた。


 目を逸らして、意識しないように、と努めているらしいが、しかし遅い――、

 既に遅過ぎるタイミングだった。


 見知らぬ男は真っ白なシルクハットを被っており、腰には細い、剣のように斬るよりも、刺す方が得意と言える、【レイピア】と呼ばれる武器が差さっていた。

 オリジナルなのか、鞘には名が刻まれている。

 それを読むよりも早く、ナルマリエが彼を呼ぶ。


「……お久しぶりですね……セルフルトさん」


「ええ、あなたの騎士ナイト――セルフルト・ハランヘヤです」


 セルフルトはマントを大げさに広げ、きらり、ウインクをした。

 ぞぞぞ、と悪寒を感じたナルマリエは、咄嗟にプラムの後ろに隠れた――、

 そしてさり気なく、プラムを前に押し出している。


「マ、マリちゃん……ちょっとずつ押さないで――押し出さないでっ」


「む、無理なのよ……あたし、あいつのこと苦手。全部の主導権を握られるから」


「そんなの、わたしだって無理だよ……、

 あんな、キラキラと輝いてる人の前に立つことなんてできないよ!」


「これも社会勉強だと思っていってきなさい――、何事も経験、勉強。

 やって損なことは一つもないんだから」


「心に染みる言葉だけど、

 この場合で言えば、絶対にマリちゃんが相手をするのがただ嫌なだけでしょ!?」


 図星を突かれて、ナルマリエはなにも言えなくなる。

 言葉はなくなり、しかし言葉で吐き出す分を手に向かわせ、そして、


「うっさい――いいから、いってこーいっ!」


 どん、と思いきり前に押し出した。

 きゃあ!? と可愛い悲鳴を上げながら、前にとんとん、と、歩いているよりは、跳ねていると言ったような進み方で、セルフルトの前に辿り着いたプラム。

 プラムは、どうしていいか分からず、とりあえずは、


「お、おはよう、ございます……?」


「うむ、おはようおはよう。ぼくのファンかい? 悪いけど、サインは無理なんだ。いやいや、いつもならあげられるんだけど、生憎と今はペンがなくてね。

 あれば書くんだけど、今度は紙がない。

 あれば当然、書くけどね――しかし用意に時間がかかるというのならば、遠慮するね。

 ぼくは女性を待たせることはしないんだ。したくない主義でね――、とは言え、このまませっかくぼくの前に立ってくれた女性を無下にするのも、悪いと思うから――握手でもどうだい? 

 それくらいなら、ぼくも気分良くできると思うがね」


 息をするように出てくる言葉に、プラムは戸惑ったが、求められる握手に、拒否する理由はなかった。なので手を差し出し、ぎゅっと握る。


 すると手の感触で、分かった――セルフルトの手は、ぼろぼろだった。

 傷だらけで、握っただけで、それが分かってしまうくらいに、皮膚は、凹凸が激しかった。

 過酷な状況を何度も味わい、何度も生還してきた剣士の手――、


 見た目よりも、肉体は、精神は、途轍もなくレベルが高いのではないか――。


 ぼーっと、そんなことを考えているプラムとセルフルトの握手は長く、五秒は続いていた。

 離す気配のないプラムにセルフルトは、自分が求められているのかと勘違いしたのか、


「ふふ……期待には、応えなくてはね――」


 と、流れるような動きで、屈み、プラムの手の甲に、唇を押し付けた。


 キスをした。


 ナルマリエも、プラムも――なにが起きたのか分からず、口を開けたまま。


 徐々に赤くなるプラムの頬は――、


 一人の少年の感情を、一気に噴火させる。

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