第37話 心の剣

 さっきは、痛い指摘になにも言えなかったものだが、

 しかしたったそれだけのことでいま、剣士になれる――。


 今までの努力が報われるチャンスを、捨てられるわけがなかった。

 身の丈に合っていないかもしれない。でも、準備万端で目標に辿り着くよりも、漁夫の利でも構わない……、目標を達成し、残してきた、欠けた穴を埋めることを、新たな目標にすればいいのではないかと思った。


 彼女の強い瞳に――ナルマリエは、はあ、と溜息をつき、


 クードは、やっぱりな、と微笑んで。


 そしてプラムは、


「……マリちゃんに心配かけないように、一人前になるよ」

「そんなの、何年後の話になるのかしらね」


 ナルマリエはそう冗談っぽく言いながら――とは言え、

 冗談にまったく聞こえないのが、プラムの心を容赦なく突き刺しているのだが。


 とにかくこうして、プラムとクードは二人で、剣士になることができた。

 まず、目的を一つ達成できたが――目的はまだ、もう一つあった。


 プラムからすれば達成してもしなくてもいいようなものだが、

 クードからすれば、達成したいものだ。


 しかし心境は変わり――プラムにも、理由ができた。


 剣闘大会に出る――その理由。



「優勝したい」


 ――と、剣闘大会がおこなわれる王城の中――、闘技場へ向かう道のりの途中で、プラムがそう、宣言した。

 宣言よりは願望に近い。

 相手を蹴落とすような、競争者の言葉とは思えないほどに、優しい言葉ではあったが。


「優勝したいって……無理よ。

 あんたは剣士になったばかりで、相手は何年も剣士をやっている者ばかりなのよ――そんな中に、剣士になりたてのあんたが向かって行って、勝てるわけなんてないんだから。

 ……ルール上、殺害は反則になるし、命に関わるような攻撃は禁止になっているから、大量の血を見て気絶――ってことにはならないとは思うけどさ……」


「優勝したら――マリちゃん、安心するでしょ?」


「う……まあ、そりゃあ、安心はするけど――」


「だったら――っ、だから、優勝したいの!」


「もしかして――あたしのために優勝するとか言ってる? それは、嬉しいけどさ――」

「マリちゃんのために、絶対っ、優勝するの!」


 ナルマリエはプラムの無邪気な言葉に、顔を真っ赤にする。

 ここまで、ストレートに言われると、自分の中でどうにも誤魔化すことができない。相手の言葉通りに、意味通りに、受け取らなくてはならず――だからこそ、照れてしまう。


 顔を俯かせるナルマリエに――、珍しく、クードはちょっかいをかけることなく、


「――ってことは、おれも倒すつもりだってことだよな――プラム」


「クーくんはジャッジさんに会えて、戦えればそれでいいんでしょ? 

 優勝する気はないんでしょ? そんな人に負けるわけないもんね!」


「――それもそうだな……じゃあ分かった。――おれも優勝を狙う。優勝を狙っていけば、ジャッジさんには会えるだろうし、戦えるだろうし――、それが一番、近道な気がするしな」


 最も遠い道が――近道。


 結局は、一本道だった。


 すると、二人の間に割って入ったのは、ナルマリエだった。

 彼女は顔に現れていた照れを無事に隠すことができたらしく――だがそれでもまだ、赤みは取り切れていなかったが――、顔を上げて、


「……出場選手は少ないし、案外、早く当たるかもしれないわね――二回戦とかに、ね」


 そんな、あり得そうな予測をつけながら、三人は王城――、門の前へ辿り着いた。

 闘技場はこの門の内側にあり、入るためには門番に許可を取らなくてはならない。

 王国自体が壁に囲まれていながら、内部の王城にも、越えられないほどではないが、壁が設置されている――、過剰な守りではないか、と指摘してしまいたくなる。


 この王城に住んでいるのは、百を越える貴族の中でもトップに君臨する貴族である――。

 同時に、この国の王でもある。

 様々な分野の人間に命を狙われてもおかしくないのだ――、

 ここまで厳重に守るのも、しなくてはいけないことなのかもしれない。


 すると、


「何者だ――身分を言え」


「ギルド『フルハウス』――、

 鍵持ちのナルマリエ・ロレンツェト……いいわよね?」


 門番は頷くが――しかしクードとプラムを見て、眉をひそめる。

 ナルマリエが門の内側に入る理由は、剣闘大会に関することだというのは、鍵持ちの立場から考えれば分かることだ。しかしこの二人の役目は――予想できない。

 目的が剣闘大会に出ること――なんて、予想もできないだろう。


 だから視線が強くなる。門番の敵意が乗った目が、プラムに向けられた。

 それにいち早く気付き、噛みついたのは、クードだ。


「……おれ達は剣闘大会に出るんだ――なんか文句でもあんのかよ?」

「ちょっと、やめなさい――いちいち突っかからなくていいから」


「そ、そうだよクーくん。こんなところで揉めてもなんにもならないよ」


 二人の指摘に納得したらしく、渋々、ちっ、と舌打ちを妥協点にし、クードが門の内側に入っていく。クードの気持ちも分かるので、プラムも強くは言えなかった。


 門番のあの目は、見下す目だった。

 門番の位がどの位置にいるのかは分からないが――、貴族よりは下だとは思うが、当然、プラム達よりは上に決まっている。

 だからあの目を向けられるのは、当たり前だとも思うのだが――、しかし、やはり慣れない。

 貴族の世界というものは、窮屈で、生きづらい。


「別に、文句はないが――、精々、つまらんやられ方をするなよ。

 やられるなら華々しく散ってくれ――それでこそ盛り上がるもんだ」


「――あ?」


「娯楽だよ。貴族達が暇潰しに見ている娯楽が、剣闘大会というわけだ。

 表向きに開催されるからさすがに死に様を晒すことはできないが――、それでもやられ方に工夫はできるだろ。お前のことは見て分かる――貴族ですらない。

 たかが剣士になれただけで位を跳ね上げた奴が、上から見下すな」


 ぶちっ、とクードに限界がきたのか、がまんできずに門番へ向かって駆け出し、詰め寄ろうとする。しかしその走りは、横から出された自分ではない誰かの足に引っ掛かったことによって、急停止する。――ずさーっっ、と地面に削られながら、クードが派手に転んだ。


 うわあ……、と両手を口元に当てながら、痛みを想像して、青くなるプラム。


 文句を言おうとすぐに起き上がろうとしたクードだが、通り過ぎる人物に手の平を向けられ、動きを止める。クードを越えて前に出て、門番に詰め寄ったのは、ナルマリエだった。


 彼女は門番の胸倉を掴んで、


「――うるさいわね、あたしの友達をバカにしないでくれる?」


 と言った。


 喧嘩を売っている――ように見えるが、立場がナルマリエの方が上になるため、これはただの、注意の範疇はんちゅうだ。

 もしも個人的に処分をするのなら、問題になるかもしれないので、これ以上に大胆なことはできないのだが。


「申し訳ありません」


「……いえ、こちらも熱くなったわ……ごめんなさい」


 ナルマリエは驚くほど、熱が引くのが早かった。

 燃え上がるのが早ければ、冷めるのも早いと言ったところか。

 とにかくおおごとにはならないようで良かったと安心したプラムは、起き上がるクードの背中を押して、これ以上の問題が起こらないように、と、きっかけを遠ざける。


「おい、プラム――なんで押して……」

「いいからいいから――」


 クードと共に前に進みながら、しかし耳は、意識は、後ろに向いている。

 ナルマリエと門番の会話を、一言一句、聞き逃さないように、集中させて。


「――私が言うことではないかもしれませんが、あの者とは付き合わない方がいいかと」

「それはあたしが決めること――余計なことは言わないで」


「……ですが、鍵持ちの信用を、落とすことになります。

 影響は少なからず出ることでしょう。この国としても、困ることが多いです」


「あたし一人の信用が落ちたところで、困ることなどないでしょうに――」


「いえいえ、あなたが思っているよりも、あなたの体は、必要不可欠なものなのですよ」


 ふうん――、と、ナルマリエはテキトーに頷いた。


「そう――ようするに、あたしの友達が、信用に値すればいいってことなのよね?」

「それは――まあ」


「なら――見てなさい。見てなくとも、情報くらいは、耳に入れなさい――」


 ナルマリエは、両手を腰に当てて、胸を張り、宣言する。


「あたしの友達は負けない……絶対に、優勝するわ!」


 なんて事を言ってくれたんだ――とは思わなかった。

 元々、優勝する気であるし、これ以上に、優勝しなければいけない理由が増えたところで、現状、あまり変わらない。


 だからそんなことよりも、ナルマリエがそう言ってくれたことに、嬉しさを感じた。

 自然と、ぎゅっと、

 クードの背中を押すプラムの手が、彼の服を握る。


 その力が伝わり、

 クードも、同じだったようだ。


「負けらんねえよ……そんで、燃えてきた」


「――うん」


 体が震える。


 緊張してる?

 恐怖してる?


 いや――、


 これは、武者震いだ。

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