3章 潜む剣(つるぎ)の少女
第36話 新しい女剣士
ゆっくりとまぶたを上げれば、天井が見えた。
電気は消えている――電気などいらないくらいに、辺りは明るいと言えた。
体を起こし、まず目についたのは窓だった――、
窓は開かれていて、入ってくる優しい風が前髪を揺らす。
日が差し込み、地面を照らしていた。
視線を下げれば当然、見えたのが――、
自分の足元に顔をつけて、ぐっすりと眠っているクードだった。
「…………」
きょろきょろと辺りを見回す――。どうやら、ここは建物の中の一室らしい。部屋には最低限の家具――そして自分は、ベッドに横になって眠っていたのだろう。
そう現状を確認したプラムは、クードを起こさないように、布団から足を出す――が、
「うあ……」
と、クードの目が開かれてしまう。
彼は目を擦り、眠気をできるだけ取り除いて、
「……プラム――起きたのか」
「う、うん……わたし、眠っちゃってたんだね……」
「眠ってたというよりは、気絶してたって感じだけどな」
「気絶――」
「覚えてないのか? ――昨日のこと、覚えてないのか?」
プラムは記憶を漁り、クードが言った通りに、昨日の出来事を探してみる――が、だが記憶のどこにも、昨日の出来事がなかった。
いや、正確にはあるにはあるのだが、恐らくそれは、自分が気絶したのとは関係のないことなのだろう――と思う。
ヴァルキュリアと出会ったことが、気絶することに関係しているとは思えなかった。
「――って、え、ちょ、ちょっと待って……」
流れでなんとなく頷いていたけど、おかしなことを見逃してしまっていた。さり気なく言われて、違和感に気づくことも遅れてしまったが――やはりおかしい。信じられない――、
「わたし――昨日から、気絶してたってこと……?」
昨日の昼間くらいの記憶はあるが――そこから先がない。
つまり、記憶がない部分は、自分は正常に起動しておらず、気絶していたということになる。
記憶がないのは確かだが、しかし『他人行儀』を捕縛する任務を受けていることは、忘れてはいなかった。だから、気になるのはまず、任務が達成されているのか、されていないのか、ということだった。
問うプラムに、クードは、
「……任務は達成されてるよ――、囮の方はおれとマリで捕まえることができたんだが……本命の方……、そっちはよく分からねえ。おれが駆けつけた時にはもう、全滅してたから――。
それに、プラムも、血溜まりの真ん中で、倒れて気絶してたし――」
「そっか……わたし、そこで、気絶したんだ……」
さっきの確認通りに、そこの記憶はない。
どうやら後のことは当たり前にしても、前の記憶もいくらか飛んでしまっているらしい。
クードの話によれば、
『他人行儀』のメンバーである黒服達は、一人を除いて他――、全員の首が落とされているらしく、その除かれた男も、体の部位のあちこちが、破壊されていたらしい。
そして、辺りは血で支配されていた。
女の子が見て、平常心でいられるような空間ではない。
プラムもそれは例外ではなく、その光景が、その光景になるまでの過程の光景が、精神に強く衝撃を与え、彼女の意識を奪ったのだろう。
気絶したことなど、恥じることではない――それが正常なのだから。
「どうやら本命の方では、もっと位の高い貴族とのやり取りがあったらしいぜ。
まったく、やられた、って、マリも言ってたしな。位の低い貴族とのやり取り――、取引きを餌にして、おれ達の意識をそっちに向かわせ、その隙に本命の、位の高い貴族との取引きを安全におこなわせる。王城周辺ってのも、灯台下暗しってやつで、練られた計算ってわけか……。
まんまとおれらは踊らされたってわけだな――でもまあ」
クードは、毛布をプラムに投げる。
足を出してベッドから降りようとしていたプラムに、
言外に、ベッドに戻れと言っているのだ。
抵抗はせずに、今はクードに従うプラムは――毛布を受け取り、肩からかける。
「でもまあ――、ミルガルトの奴が気が付いてたみたいだから、結果はオーライ、ってな。
しかし、それが偶然だってのが、驚きだけど――。まさかおれ達が向かった先にプラムを向かわせようとして、間違えるとは思わなかったぜ……。
情報網を独自に持つあの親子だからこそ起こるミスってやつだな」
そんな勘違いでわたしは気絶することになったのか――と、プラムはミルガルトに対して少しの文句を言いたくなったが、それはさすがに自分勝手か、と思った。
気絶したのは自分が精神を鍛えていなかったからだ――修行をしていなかったからだ……。
だから、ミルガルトはなにも悪くはない。
「それで――プラム、もう体は大丈夫なのか?」
「ん――大丈夫、かな。体を動かしても、どこも痛まないし。
強いて言うなら、少し体が重いってことくらいかな? ――だるいって感じで」
「いつもよりも長い時間を寝てたからじゃねえの? ――とにかく、ナルマリエのところに行くぞ。お前が起きたらまず最初に顔を出せって、言われてるからな」
よし――と、椅子から立ち上がるクードは、プラムに手を差し伸べる。
プラムはその手を取り、クードの力を借りながら、ベッドから降り、立ち上がる。
ありがとう、とお礼を言ってから、
体に異常がないか、もう一度だけ確認をしてから――そしてプラムは聞いた。
「……クーくんも、体は大丈夫?」
「あん? ――おれだぞ? 異常なんてどこにもねえよ」
プラムの不安は、その返答だけでは拭い切れなかった。
―― ――
ギルド・【フルハウス】――。
剣士たちが依頼を受けにきたり、顔を出しにきたりするカウンター席ではなく、プラムとクード、そしてナルマリエは、初回に三人が出会った場所と同じく、資料室にいた。
むすっ、としながら――、
ナルマリエは手に持っていたカードを、二人に投げ渡す。
不機嫌そうだった。
だが、機嫌を損ねている理由など、プラムには分かるはずがなかった。
「……はい。一応、任務は達成できたわけだしね。剣士になった証拠として、
『
ただ……正直に言えばね、この任務、あんたたち二人が無傷で達成できた時に、この免許証を渡すべきだとあたしは思うのよ――」
「なにが言いたいんだ?」
と、クード。
「あんたら、この先、やっていけるの? 中途半端な資格は、後々に自分を苦しめることになるわよ? ――特に、プラム。あんたは血を見ただけで、人の死を見ただけで気絶するなんて、剣士にとっては、致命的よ? クードは大丈夫そうだけど、あんたは、まだ早いと思う――」
プラムはなにも言えなかった。
人の死を見て正常でいられるのは、それはもう異常の域に入るが――、しかしそれが、剣士なのだ。剣士がどういうものなのかは分かっていた。覚悟もしていた。
どんな絶対絶命の場面でも、生き残る可能性を諦めないと、決めていた。
だけど、見るに堪えない光景を見ることに堪える覚悟は、なかった。
隙――、その隙は、もしも戦いの最中だった場合は、それこそ、命取りになる。
ナルマリエの意見は、もっともだった。
だから――なにも言えなかった。
「……でも、力があることは、分かってるわ。今回も、あんたら二人だったからこそ達成できたってこともあるし――まあ、ジャッジに頼んでおけばもっと素早く安全に解決できたかもしれないけど、そうとも限らないかもしれないしね。
こうして達成できたってことは、もしもそれが運だったとしても、それだけの力が備わっているということ――、剣士になるための資格は充分……、ポイントだって貯まっているんだし」
で――、と、ナルマリエがプラムに聞いた。
「自分自身でどう思っているのか、聞いておきたかったのよ。
プラムはどうしたい? あたしはまだ、あんたには剣士になってほしくない。もう少し、強くなってもらいたい。でも、あんたがなりたいと言えば、なれる――。
今はそういう段階の話なのよ。それで、どうするの? あんた、剣士になる?」
返答は早かった。
「なる」
プラムは言い切った。
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