第33話 取引き現場

 プラムは全速力で走り、

 国内の端の商店エリアから、真逆の位置にある商店エリアがある方向へ向かった。


 つまり、さっきの場所に戻ってきたというわけだ。

 そこには貴族中心の商店エリアがあるのだが、だが今、用があるわけではない――、それにヴァルキュリアのアドバイスを参考にすれば、二度と、ここには近づかない方がいいだろう。

 なので速度を緩めることなく道を逸れ――ギルド・【フルハウス】へ向かった。


 ノックもなしに扉を開けると、中にいたのはミルガルト――ただ一人だった。


「ミルガルトさん――みんなは、二人はどこにいるんですか!?」

「……あー、なんだ、プラムには連絡、いってなかったのか?」

「いや――呼ばれたから、戻ってきたんですけど……」


 連絡の通りに戻ってきたのだが、しかしどうやら二人は、この建物の中にはいないらしい。

 ミルガルトが言うには、プラムがここに来る数分前に、既に向かってしまった、とのことだった。置いて行かれた――、というわけか。

 確かに遅ければ先に行くとは言っていたけど、それはこっちを急かすためのセリフでしかないと思っていたのだが――、まさか、本気で置いて行かれるとは思っていなかった。


 少し傷ついた。


 クードが戻ってきたら、たくさん文句を言おうと決めた。


 とにかく、


「二人はどこに行きました!?」


「『他人行儀』を捕まえに行ったんだろ――だったら、王城周辺エリアじゃないのか?」


 それを聞き、プラムは返事もまともにせず踵を返して、入口兼出口の扉に向かう。

 手荷物はゼロだったが、合流するのなら大丈夫かと思い――、今は荷物を取りに戻るよりも先を急ぎ、合流することを優先させ、そのまま駆け出した。


 王城周辺エリアなど、当然のように分かるわけもなく――しかも王城……、王城ならば国内、ほぼ中心に位置しているので分かるが、だが周辺というのはかなり大ざっぱで、広範囲ではないか。城の周りをぐるりと一周できる――周辺とはそういうことだ。


 確かに探す範囲は広いが、しかし見つけるものを絞れば、困難というわけでもない。


「怪しい人、怪しい人……それにクーくんとマリちゃんだし――、現行犯逮捕を目指しているのなら、たぶん、騒がしいだろうし――」


 そう考えている矢先――早速、見つけた。

 クードではない、おまけのように、ナルマリエでもない。


 プラムが見たのは、車の荷台から下ろされる、大量の箱――。

 そしてそれを運ぶ、全身を黒で包み込んでいる、集団だった。


 姿は怪しいものの、だがやっていることと言えば、特別、変なことではないのだが――だけどそれは、周囲にばれないようにしているのと、わざわざ、車が入れづらい、狭い路地でやっているという点に目を瞑れば、の話であったが。


「…………」


 二人と合流したかったが、しかし、二人の姿は見えない――、どこかで見ているのかもしれないが、しかしここで二人と合流すると、向こうに気づかれてしまう可能性がある。

 それに、ほぼ確定ではあるが、万が一、まったく関係のない、ただの宗教の集団ということもあり得る。そうなれば時間を無駄にしてしまい、向こう側にも迷惑をかけてしまう。


 情報は必要だった。


 このまま突っ込んだところで、どうせ自分には武器などないし――あの数の集団を一人で抑えることはできないだろう。だから様子見――として、問題を先送りにした。

 大事なところで他人任せだが、ここは二人に任せるしかない。


 プラムは物陰から片目だけを出して、相手を見る。


 観察。


 プラムの目は、常人以上によく見える。


 ―― ――


「……良かったの? プラムを置いてきて。たぶんあの子、こういう『置いて行かれた』とか、『仲間はずれにされた』こととかには、一番傷つきやすい性格をしていると思うんだけど――」


「いいんだよ。

 プラムは確かに強いけど……ま、おれ一人でなんとかなりそうなものだったしな」


「それ、遠回しにあたしもいらないと言われてる感じがするんですけど――」


 そんなことはねえ、とは思うがな――と、他人事のようにクードが返す。


 二人は今、狭い路地……、

 暗く、人通りが少ない路地が見渡せる、建物の、三階部分――。


 現在は誰も住んでおらず、この建物自体、

 宿舎として機能していない中の一室に、身を潜ませていた。


 ナルマリエが言うには、

 どうやらここで、貴族と『他人行儀』との取引きがおこなわれるらしい。


 どういう情報網を使ったのかは知らないが――母親とは違う、自分自身の情報網があるらしく、しかも充分、信頼ができる網らしい。

 偽情報を掴まされた、という事態にはならないだろう、とナルマリエは自信満々だった。


「どうやったらそんな細かいところまで分かるんだよ……」

「それは秘密よ……――しっ、来たわ」


 情報網の、その仕組みを知りたかったクードだが、

 しかしタイミングが悪く、ナルマリエが目標を発見した。


 気になることは多いが、

 今は頭からその思考を捨て、クードも彼女と同じく視線を外に向ける。


 狭い路地には、絶対に入れづらいだろうと思える……幅ギリギリに、荷台がある車が入って来ていた。真っ直ぐに進めば問題はないが、少しでも、ほんの数センチでも、ハンドル操作を誤れば、壁に車体を擦ってしまうほどには、近距離ギリギリだった。


 人も通れないのではないか、と思うが、問題はなかったようだ。

 相手は一人ではない。運転手が出てきて、荷台から、複数の男が出てきた。

 上からの目線なので顔は見えづらいが、クードよりも年上だった。


「来たわね――」


 運転手側――、運転手の男に近づいてくるのは、一人の、メガネをかけた貴族だった。

 年齢は運転手と同じに見え、三十代くらいだ。

 格好は、さすが貴族と言えるほどに、輝いていた。あらゆる箇所に金を使い、高級感しか感じさせない。庶民には――村出身のクードには眩し過ぎて、直視するのがきつかった。


 そしてそれは服装だけではなく――、その貴族が持つ思想にも言えることだった。

 貴族が抱く思想は、分かりやすく表情に出ていた。

 それもまた、直視できない、直視したくもない――吐き気を感じるようなものだった。


 声が聞こえる――直接、耳で拾うにはギリギリな距離ではあるが、だが、聞き取りづらいのはこの狭い路地でなかったら、の場合だ。

 もしも表通りならば、当然、聞こえるはずもない。外部の声が、邪魔をするからだ。


 だが、この人通りが少ない路地ならば、外部の声は聞こえず、自然の音しか聞こえない。

 自然の音は、運転手、貴族――二人の声をかき消すほどの音量ではなかった。


 だから聞こえた――やり取りが。


 取引きの、内容が。


「……くそが。あれは、荷台に積まれているのは、武器ってことかよ――。しかもその武器を使って、奴隷に戦わせるだと? 

 貴族ってのは、都市の人間ってのは、金を得たものは、こうも歪んでやがんのかよ!」


「……気持ちは分かるわ――だから、静かに」


 言われて、クードは拳を握り締めるだけに抑えた。

 声に出す分を全て、腕の力に回す。

 握っている剣の柄が、ぎりり、と、壊れそうな、嫌な音が鳴る。


「驚いているのはこっちもよ――まさか奴隷なんて、何年も前に強制的にやめさせたはずなのに……、まだ、続いているなんて。

 あたしの情報網も、知りたいことは知ることができるけど、知りたくもないことを自動で教えてくれるわけではないから、その隙を突かれたのね――。

 奴隷のことを調べていれば、もっと早くに気づけていたのに――」


 ナルマリエは歯噛みする。

 悔しそうに――クードと、気持ちは同じだったのだろう。


 だが抑えている。ここで声を出し、気づかれれば、そこで終わりだからだ。

 奇襲による先手でばれるのならばまだ勝機はあるが、

 しかし後手に回され、ばれれば、相手の逃げに、追える手段が減っていく。


 最初から攻撃専門で考えていたのだ――今更、防御面に関して意識を割く余裕はない。


 だから、


「――あと数秒、待ちなさい。指示があるまで動いちゃだめよ……ほら、見なさい。

 もう一台、車が来たわね――あれがたぶん、あの貴族の車なんだと思う――」


 クードは素直に、ナルマリエに従った。


 狭い路地に後ろ向きで入ってきたもう一台の車は、

 荷台の扉が開く向きが、既に入っていた車の開いている荷台と、向き合っていた。


 上手い方法だ――この状態なら、荷台から荷台へ、荷物を運ぶのが楽になる。

 人数も二人から三人がいれば、体力が温存でき、手間も時間もかからない。

 やり慣れている手際だった。


「もう少しよ。

 あの荷台から荷台への受け渡しが一回でもおこなわれたら、突撃してもいいわよ」


「……お前はどうすんだ?」


「決まってるわよ――」


 すると、貴族と運転手は、金のやり取りをしたのか、封筒を渡し、受け取り――、

 そして荷台側にいる複数の男が、運転手側の荷台から、貴族側の荷台へ、

 荷物を、商売道具を、数人で協力して移動させていく。


 一回目がおこなわれた。


 現行犯だった。


「あたしはここで見ているわよ――それじゃあ、思う存分、暴れてきなさい!」


 ナルマリエの手が、クードの背中を叩く。

 その勢いのまま、クードは建物の窓を開け放ち、真上から、荷台に着地――、

 相手に自分を認識させる余裕を与えずに、複数人の男達に、剣を振り下ろす。


 遠慮はなかった。

 手加減はなかった。


 だが――殺しはしない。


 ――罪など負わない。お前らとは、違うんだ。

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