第31話 繋がる関係性

「たとえばの話だけど――、

 もしも助けを求める人がいて、その人達を助けるためにした行動が、

 世間では悪だと言われていることは――それは悪だと言えるのかな?」


「どうしたの? 急にそんなこと――」


「こんなことは、誰にでも話すようなことじゃないわよ。やっぱり、それなりに信頼している人にしか話さない話題だし――、だからプラムに聞いたの。

 私はプラムの意見が聞きたいな――最近は、私はこればっかり考えているの。絶対的な悪だと思っていた組織……、いや、人物像が、曖昧になっていくのよ。

 実は悪ではないのかもしれないって――。善行が大多数の人に、悪だと決めつけられてしまって、だから自分もそれに流されて、悪だと錯覚してしまっているだけなんじゃないかって」


「うーん……、どうなんだろうね。

 善と悪なんて、個人の考えで、はっきりと分かるものじゃないと思うし――でも、やっぱり大多数の人の意見が正しいんじゃないかなって、思うよ。

 一人一人の意見じゃ、正確さなんて出ないし、その人の性格が出ちゃって、個性が出ちゃって、形がぐにゃぐにゃなんだよ。

 でも、個人が集団になって、意見が一致すれば、形は整えられる――。

 正確さだって出るはずだよ。

 集団で同じ性格の人が集まるとは思えないし。もちろん、ないとも言い切れないけどさ」


「じゃあ、やっぱり流されて悪だと思っているのは、錯覚ってわけじゃないってこと?」

「みんなが悪だと思っているのなら、悪だと思うけど――」


「けど?」


「じゃあ、もしも『悪だ』と言っている人に向かって、その人達よりも多い人達が、『悪だ』と言ったら? それは最初に悪だと言っている人が、悪になるってことなんだよ――、となると、最初に悪だと言われていた人達は、悪だと言い切れるのかな……。

 分類が悪と善しかない以上、悪だと言っていた人達が悪になれば、言われていた人達は、その逆の、善になるんじゃないかな……。だって、悪と言っていた人達が悪になるんだから、その人達の言葉は、信じられるものじゃないし、嘘の可能性だって出てくるはずだよ」


「…………」


「善と悪は入れ替わる――ってことを言いたかったんだけど、分かりにくかったかな……。

 自分でもちょっと分かりにくいなー、って、自覚はあったんだけど……、

 他に言いようがなくて、その――」


「あんた、凄い考えを持っているのね――感心したわ」

「へ?」


「善も悪も、決めつけていないということでしょう? 決めることはあっても、それは一時的なものでしかなく、それはいつでも、どちらにでも、自分は味方をすることができるってことだと思うわよ――、当然、悪に味方なんてしないはずだし、するのなら、善の方でしょうけどね。

 だけど善と悪、その関係が逆転した時、あんたも立場を逆転させる――、ふうん、固定されていない悪に――善ね。少しは、気持ちに整理がついたかもしれないわ」


「……わたし、そこまで凄いことを言っていたの?」


「自覚なかったの? プラムは自分で思っているよりも、凄い子だと思うわよ――。

 でも、まあ、私に比べれば全然、ただの普通の子どまりだけどね」


「……なんだか、キュリちゃんは凄い、みたいな言い方だけど……、そう言えばキュリちゃんって、さっき仕事の都合上とか言っていたけど、どんな仕事をしてるの?」


「……それ、ね」


「わくわく」


「それは声に出さなくてもいいことだからね――、はあ、仕方ない、教えてあげるわよ。

 とは言っても、細かいところまでは教えないけどね、大体よ、大体。

 こういうもんだよ、ってことを、大ざっぱに教えるだけだから」


「期待大」


「なにに期待しているのか、どう期待に応えればいいのか分からないけど――まあ」


 そして、ヴァルキュリアが声を発しようとした瞬間――、


 扉の向こうから話しかけられているような、聞こえにくい声が聞こえてきた。

 その声は、よく聞き取れば――、プラム、と叫んでいる気がする。

 プラムもそれに気づき、手をポケットに突っ込んだ。


 そしてがさごそと小さなポケットの中を漁って取り出したのは、小型の無線機だった。

 さっきの聞こえにくい声は、プラムのポケットに入っていたからこその声だった。

 今では、外に出ている今ではきちんと、無線機らしい音と音量で聞こえてくる。


『プラム――連絡があった、すぐに戻ってこい!』


「へ? クーくん? あれ、これってマリちゃんから貰ったもののはずだけど――」


『あいつは今も仕事中で、暇なおれにも仕事が回ってきてんだ! それでこれも仕事の一つ! 

 お前を呼ぶのがおれの役目なんだよ。

 だから、いいから戻ってこい。遅いようなら先に行って終わらせておくからな!!』


「待って、分かったから待ってて!」


 プラムのお願いに返事はなく――、どうやらプラムが遅ければ先に行く、というのは脅しではなく、本気の行動予定らしい。

 クードなら、本気で置いて行く可能性がある……。

 その可能性が高いと、即断即決で判断したプラムは、


「――ご、ごめんねキュリちゃん! 

 わたし、行かなくちゃいけないところができたみたい! 

 だから、ごめんね、わたし、行くね!」


「あ、うん、そう――よね。まあ、こうなることは、当たり前よね……」


「だから、キュリちゃん――また明日!」

「…………ッ!」


 また明日――。

 その言葉に、返す言葉が見つからずに、ヴァルキュリアは黙って手を振り、プラムの背を見つめることしかできなかった。

 もちろん、うん、と答えたかったけど、しかし約束はできない。


 明日、自分は、この町にいるのかどうか、怪しいのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る