第30話 最後の平和
「わあー、これ、綺麗だねー」
「そうね……それはそうなんだけど――今、私達はなにをしているのかしら?」
「うーん、なにって……雑貨屋さんに、来てる?」
「それは分かるわよ――なんで、私達は今こうして、雑貨屋さんで宝石棚を見ているのか、その説明がまったくないのは、どういうことなのよ!」
静かな店内――、ヴァルキュリアの声が響いた。
特に、大声禁止というルールがあるわけではないのだが、しかしプラムとヴァルキュリア以外にも客はいるので、ここでは大声を出さないというのが、マナーであると言える。
店長らしき人物は椅子に座ってどすんと構えており、大声を出したヴァルキュリアを一瞬だけ見たが、声に出して注意をすることはなかった。
注意しなくとも分かっているよね? ――という、無言の圧力である。
「……失礼」
ヴァルキュリアの言葉に、店長らしき人物は、極小の変化だが、僅かに笑った。
とりあえず、迷惑な客だと思われていないのは安心した――、そのヴァルキュリアが感じている安心を、プラムも同じように共有する。
すると、さっきの続きなのか、再び、しかし今度は小声で、さっきの言葉を繰り返してきた。
「どういうことだと言われても――。
だって、この雑貨屋さんに行きたそうな目をしていたのは、キューちゃんだよ?」
「別に、行きたそうな目はしてないわよ――あと、呼び名がもう既に変わってるんだけど……」
「わたしの中ではキュリちゃんであって、キューちゃんでもあるんだよね。今は手探り中みたいな感じ。どっちで呼ぼうかなー、って、振り子みたいに心が揺れてるの。
キューちゃんは、いやキュリちゃんは、どっちの呼び名がいいの?」
「いや、どっちでもいいけど……でも、どちらかと言われたら、そうね――、
やっぱり最初の方がいいかなあ……」
「うん――じゃあ、キュリちゃんで!」
個人的には、キューちゃんの方がキュリちゃんに比べてしっくりきていた感覚があったが、しかしまあ、本人がキュリちゃんの方が良いと言うのならば、ここで相手の希望を無視してまで言おうとは思わなかった。
どっちも結局は、自分で考えた名前である――、どちらにしたって、呼びやすいことには変わりがない。あだ名もなしの、彼女の本名を毎回のように言う時の手間と比べたら、キュリちゃんなんて、なんと呼びやすいのだろうか。
「それでキョリちゃん――」
「噛まないでよ」
指摘は早かった――それに気づけるくらいには、しっかりと聞いてくれているらしい。
ともかく――、
プラムは手に持った、赤く輝く宝石がついた首飾りを、ヴァルキュリアに差し出した。
ん――、と首を傾げるヴァルキュリアは、プラムがなにをしたいのか、分かっていない様子だった。なので、仕方ないな――と呟きながら、背の高さが同じくらいなので、背伸びをすることなく、プラムは首飾りを、ヴァルキュリアの首にかけてあげた。
ころん、と首飾りの
ヴァルキュリアは宝石を指先でいじり、見惚れている。
「うん――やっぱり、それ、キュリちゃんに似合うよ!」
「そ、そう?」
「うん! うん! じゃあ、こっちも――こっちも!」
「ちょ、待ちなさいってば! そんなに焦らなくても――」
だが、そこでヴァルキュリアの言葉が止まった。
自分の言葉に隠れている真意に、自分で気づいてしまったのか、俯いて、表情を隠している。
プラムはいじわるな顔を浮かべて――、だが真下から覗くような真似まではさすがにせず、言葉で責める。
「焦らなくても――なにかな?
焦らなくても、全部をゆっくり試着してくれる、ってところかな? ――なんだ、キュリちゃんも、なんだかんだと文句を言いながらも、やっぱり楽しんでるじゃん」
「う、うるさいわね! こうして同年代の子と買い物というか、お出かけをしたことなんてないから、楽しんだこともなくて――楽しんで悪いの!?」
「そんなことないよ――でも、わたしも楽しいから、この気持ちがわたし一人だけのものじゃなくて、良かったなって――」
ねー、とプラムが同意を求める。ヴァルキュリアも、うぐ、と一歩引いたような様子を見せたが、だが、そこから後ろには下がらない。前に進み――そうね、と同意した。
少女二人の会話はやがて大きくなっていき、小声とは言えない声量に踏み込んでいた。
店内は人数にしては騒がしく、他の客も中には嫌な顔をしている者もいたのだが――、だが、店長らしき人物は椅子に座ったまま、注意をすることが、これまたなかった。
今度は目線もそちらに向けず――、
ただ少女達の会話を聞きながら、新聞を読み続けていた。
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