第29話 村の外のともだち

 そして辿り着いた場所は、

 少女が言った場所の――商店エリアだった。


 道の隅では、少女が、ぜえはあと息を切らしながら、両手を地面について、荒い呼吸を繰り返している。それを見て、プラムは駆け寄り、背中を擦る。

 これが良い結果に繋がっているのか分からなかったけど、なにもせずに、ただぼーっと突っ立ているよりはマシだろう。


 すると、少女が顔を上げる。


「ば、バカじゃないの……あそこから、ここまで、どれだけ距離があると思って……っ」


「ご、ごめんね……どれだけ走ってるのか、分からなくなっちゃって……」


 それを聞いて、少女は目を見開く。

 それもそうだ――少女の言う通りに、先ほどプラム達がいた貴族が多い商店エリアから、ここ、外部の人間が多い商店エリアまで、結構な距離がある。


 二つの商店エリアの位置関係は、北と南のような、真逆の位置になっている。国の端だ。

 つまり、プラムと少女は、

 この王国を、端から端まで、休みなく全速力で駆け抜けたというわけだ。


 距離のことは、少女は知っているが――、プラムは知らなかった。

 体力の計算をせずに、ゼロから十まで、全速力で走った。

 そして辿り着いてから、プラムは、息をまったく切らしていない。

 一瞬でそれを理解して――少女は目を見開いたのだ。


 かけっこでは負けない――嘘ではないのかもしれない、という思考が少女の中に生まれた。

 いや、ここまで体力に差があるのなら、短距離走ならばまだしも、長距離走では絶対に勝てないだろう。今の移動には、それだけの情報が詰まっていた。


「……はあ、はあ――、手、貸して」


「――え?」


「手を貸しなさいと言っているの。

 私は今、疲れて動けないんだから、強いあなたが、私を助けてくれないと」


 そう言って、手を伸ばしてくる少女の手を――プラムが握った。

 と、同時に、その時の言葉――強いという言葉に、嬉しさを感じた。


 さっきまでは、弱い弱いと言われて、見た目で判断されていたことに少しの怒りを覚えていたが、今は、きちんと認められていた。


 強いという言葉が――、


 しっかりと、自分の身についている。


「へへへ……」


「なによ、気持ち悪い……。私があんたのことを強いって言ったのが、それほどに嬉しかったわけ? それだけの足を持っているなら、言われ慣れているだろうに――」


「そ、そんなことないよ! 言われたのは初めてだもん!」


 言いながら、力を加えて少女を立ち上がらせる。

 少女はお尻の汚れを両手ではたき落しながら、


「なら――あんたの周りは凄さに気づけない鈍感ばかりだったってわけね」

「そんなことないよ――だってみんな、わたしよりも凄いもん」


「あんたよりも強いって……――」


 少女は、それより先の言葉は、自重したらしい。


『化け物だ』なんて――、言われて嬉しいものではない。


 褒め言葉だとしても――効果は半減……半減以上だ。


「あの、」

「なによ」


「名前……、」

「…………」


「教えてほしいなー、なんて、思って」


 少女の目が段々と細くなっていき、全体的に見て、嫌そうな顔だった。

 さっき名前を聞かれた時に、流れで聞いてしまえば良かったと今更に思うが、時は既に遅く、後の祭りで、どうしようもない。

 でも、聞かないわけにはいかず、聞かないまま、これから先を通していきたくないので、今をきっかけにして、聞いているわけである。


 それにしてもまさか、嫌な顔をされるとは思っていなかった。

 思わず謝りそうになるが、ここはがまんする。


「……ヴァルキュリア」

「ヴァルキュリア……ちゃん、なの? 不思議な名前だね」


「そうかな――私の姉の名前は、アイアルマリアだけど――」


「そうなんだ……わたしの住んでいる場所とは、名前の付け方が違うから、珍しいなー、って、新鮮だなー、って思って」


 すると、少女は珍しいものを見た、とでも言いたそうな表情でプラムを見つめていた。


「え、と――どうか、したの? そんなにじっと見つめて……」


「いや……なんだろう――懐かしい感覚かな……なにもしていなくとも、自然に懐いているこの感じが心を揺さぶってくるから。うん、ちょっと心地良いかも――たとえるなら、座っている内に、ペットがいつの間に股の間に入ってたみたいな、そんな温かさを感じたから」


「怒りにくいことを、文句の言いにくいことを言ってくれるね……」


 褒め言葉として受け取っていいのかも、曖昧だった。

 だが、心温かくなるほどには、打ち解けてくれていることは、やはり良い意味と捉えていいのだろう。しかし、ペットと比喩されると、どうも、自分は人間扱いをされていないのではないかと深く考えてしまうが、それは深く考え過ぎだった。

 もっとストレートに捉えていいのかもしれない。


 ともかく――こうして商店エリアに着いたのだから、そろそろ本題に移るべきだった。


「じゃあさ、キュリちゃん――」

「ちょっと待ちなさい! 今、誰だか判別できない呼び名があったんだけど――」


「え? キュリちゃんは――キュリちゃんだよ?」


「理解させる気ないのね――じゃあ聞くけど、それ、私なのよね? なんで?」


「だって、ヴァルキュリアだから――キュリちゃん。どう? いいでしょ?」


 自分的には自信満々なのだけど、だが、ヴァルキュリアには不評だったらしい。

 言葉がなくとも、態度で、表情で、あまり気に入っていないことが分かる――だが、もうこれで、自分の中では決めてしまっている。

 今更、他の名前に、あだ名に変えるのはなんだか嫌だったので、このまま通すことにした。


「キュリちゃんさ――」

「それで通すのね――いや、まあいいけど。呼ばれ続ければ、慣れるだろうしね」


「そうそう。で、キュリちゃん、この辺のこと詳しいの? さっきもこの場所のことを知ってたし、キュリちゃんがいたからこそ、こうしてここに来れたわけだからさ」


「あんたほどになにも知らないわけじゃないけど――私も、一応は外部の人間だからね、知らないことの方が多いわ……。

 まあ、とは言え、紹介はしたんだし、この商店エリアのことくらいは分かるけど――」


「そっか――だったらちょうどいいね!」


「? ――なにがよ?」


「ここで出会ったのもなにかの縁だし――」


 プラムはヴァルキュリアの手をぎゅっと握って。


 ヴァルキュリアはいきなりのことで身構えておらず、顔を真っ赤にして。


 プラムは、ヴァルキュリアに身を寄せて言った。



「――探検しよう!」

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