第28話 村の娘、都会の少女

「はい、これでおしまい!」


 横長の椅子に座って、消毒液をかけられ、包帯を巻かれて……、肘の怪我の手当をしてもらったプラムは――その声と同時に、少女に怪我をしている腕を、ぱん、と叩かれた。


 元々、大した怪我ではなかったので、叩かれたところで痛みなんて蚊に刺されたようなものだったけど――しかし反射的に、自覚なく、「いたっ」と言ってしまう。


「痛くない! 自業自得なんだから、それくらいがまんしなさい!」


「う、うん。そりゃ、わたしが前をきちんと確認せずに飛び出しちゃって、その結果ああして倒れて、怪我をしちゃったんだから、自業自得かもしれないけど――。

 だからその怪我はがまんするにしてもさ……別に、叩かなくても良かっただけなんじゃ……」


「なんか文句あるの……?」

「ひ、ぅ……、いえ、文句なんてないです……あなたの方が正しいです……」


 プラムはそれ以上、言い返せず、渋々と頷いた。

 結果的に自分が怪我をしたから良かったものの(いや、決して良いわけではないけど)、プラムの方が速度が出ていた分、相手の方に怪我をさせてしまう可能性は充分以上にあった。


 だが運良く――それか相手の受け方が上手かったからなのか、怪我をしたのはプラムだった。

 もしかしたら、いま怪我をしているのは相手で、

 治療をしているのが、プラムだったかもしれないのだ。


 そう考えると――それに、治療を受けた身でもあるので、あまり強くは出れなかった。


 ちらりと覗くように、俯かせた顔を上げると――、少女の目と、自分の目が合う。

 鋭く、目を細めて、睨みつけられていた。

 さっきから謝ってはいるのだが、まともに取り合ってはくれなかった。


 どうすればいいのか、どうするべきなのか分からず――、

 プラムは、こうして椅子に座って、お行儀よくしていることしかできなかった。


 もしかして――相手は貴族なのではないか。


 あり得る――これは自分が思っているよりも、決定的にまずいのではないか?


 だらだらと、冷や汗が背中から流れ出る。呼吸も荒くなり、緊張感が体を縛る。


 ぷるぷると小刻みに、まるで小動物のように怯えているプラムは――、

 唐突にかけられた言葉に、思わずびくりと、体を大げさに震わせて反応した。


「な――なに? どうしたの……なに!?」


「……そこまで私は怖いのかしら……、少しショックなんだけど」


「うんうんうん、違うよ、そんなことは全然、思ってなくて――」

「それは別にいいわよ――というか話、聞いてた? 私の質問、届いてる?」


「…………」


「聞いてなかった、ってわけね。

 はあ……じゃあ繰り返すけど、あんた、名前は?」


 きょとんとしてしまうプラムは、言葉に詰まる。

 少し時間を空けてから、名前を聞かれたのだということに気づくことができ、理解することができた。てっきり、がくぶると体を震わせてしまうような、恐怖に支配されそうなことを言われたのかと思っていたが、まったくの見当違いだったようだ。


「プラム……、プラム・ドールモート」


「プラム……ドールモート……聞かない名ね。あなた、この国の民――じゃない?」


 あっさりと簡単に真実を見破られて、プラムはぎくりとする。

 心臓がふわりと浮いたような感覚――胃が、締めつけられたような感覚がした。


 あまり、というか絶対に、不法入国をしたことは言わない方がいいのは明らかではあるが――だが、外部から来たと正直に話してしまうのは、大丈夫なのではないか、と思う。

 その方が貴族になりきるよりも大変ではない。それに嘘ではあるが、リアリティを出すことができる。ただ問題は、上手く伝えなければいけない、という点。

 色々と突っ込まれたら、プラムの頭ではどうしたって誤魔化すことはできない。


 手で汗を握る――瞬間だった。

 プラムは表情を変えない、無表情を維持するポーカーフェイスはできない。

 だから逆を突いた――、


 表情をあえて、変化する笑顔に統一することで、

 差異を相手に分析されないようにした。そして、


「うん――外から来たから、ここの国の民じゃないよ」


 それを聞いて、少女は、ふーん、と興味なさそうだった。


「――まあいいわ。私も似たようなものだし……ここの民じゃないしね。

 じゃあなに、旅行とか、そういう感じなの?」


「あ、う、えっと――」


「言いたくないなら言わなくてもいいけど――下調べをしてないなら貴族には近づかない方がいいわよ。あいつら、外部の人間を嫌うから。

 ……うーん、じゃあ、ここからだと――そうね、あっちの方向――」


 少女は、プラムが来た方向を指差しながら、


「あっちの方向に進んで行くと、この国の民だけど、貴族ではない者が経営している店ばかりの商店エリアがあるから、そこに行った方がいいわよ。

 なんだか急いでたみたいだけど、ここよりも奥には特になにもないし――たぶん、この商店エリアが目的だったんだろうけど、ここの商店は全員が全員、貴族だから。やめておいた方がいいわ。バカにされて、貴族の汚い遊びに付き合わされて、巻き込まれるだけだろうしね」


「……なんだか、詳しいね」


「まあ……仕事の都合上ってところね――」


 だから――と、少女がプラムの手を引っ張った。

 プラムはいきなりの力に抵抗できず、する気なく、立ち上がらされる。

 そして背中を、ばんっ、と押されて、


「さっさと行く! 

 あんたみたいな弱々しい女の子が、一人でこんなところにいるんじゃないの! 気をつけなさいよ――、すぐに誘拐されそうな、されやすそうな体つきをしてるんだから――」


「し、失礼だよ! こんな体格でもわたし、強いんだからね!」

「はいはい――信じさせたいならそれなりの根拠を示してほしいわね」


「か、かけっこなら負けない――けど……!」


 だんだんと萎んでいくプラムの声――少女は、もう聞いているのか怪しい態度だった。


「――もうっ、聞いてよ!」


 はいはい、と手を振って、テキトーに受け流しながら、歩いて去って行く少女にかちんときたプラムは――がしっ、と少女の手を掴んだ。

 そして駆け出す。


 プラムは前を向きながら、少女は後ろを向きながら――、少女の方は、転ばないのが不思議なほどに安定して、バランスを取りながら、プラムに合わせていた。


 なるほど――、この運動能力があるのなら、プラムになにを言われたところで、勝てると言える自信がつくだろう。だからこそ、テキトーに受け流せる――。

 だけどやはり、その態度にはプラムも、温厚なままではいられなかった。


 こちらにだって自信がある。

 一ヶ月の修行――つらい日々を乗り越えたのだから。


「ちょっと――離しなさいってば!」


「離さない!」


 ぎゅっと、握っている手に込めている力を、強くするプラム。


 少女は――なんでよ! と、叫び、振り向いた。

 それでも転ばないところは、さすがと言える。

 そしてプラムも振り向いた――そして舌を出して、


「べー」


 と、子供のような態度を取って、速度を上げる。

 ばたばたっっ、と少女の足が一瞬、もつれたようだが、なんとか体勢を元に戻し、倒れることを回避していた。だが、お世辞にも、余裕とは言いにくい、危ない場面だった。


 それはプラムも気づいていたが、

 しかし、速度を緩める気はなく、一直線に駆けて行く。

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