第24話 村の外、町の中

「遅いッッッッ!」


 と、扉を開けた二人に、まず飛んできたのは、そんな文句だった。


 長い長いクードの話が終わってやっと動き出し、二人は目的地である一室に辿り着いた。

 ――のだが、時間は、ミルガルトに指示を出されてから、既に一時間が越えていた。


 まさか、クードの話がそこまで長く続いているとは思っていなかったので、これにはプラムも驚きだ。


 プラムも、時間はあまり気にしないタイプだ――、村に住んでいると吹く風や天候で時間など大体が分かるのだが、室内だとその感覚も薄れていき、分からなくなる。

 だからこそ、今、長い時間が経っていたことに気づくことができなかったのだ。


 目の前に見える、自分達と同じくらいの年齢の少女を見る。



 ――三階の資料室にあたしの娘がいるから、あいつにこれを見せて、あとはテキトーにやってくれー。仕事はあいつに任せてるからな。あたしじゃあ、全然、分からないんだよ。お偉いさんとかはあたしが相手してるからさ、別にさぼってるわけじゃないからなー。ま、よろしく。



 ――というのは、ミルガルトの言葉だ。

 それにしても、投げやりだった。


 テキトーだった。


 鍵持ちなのに――、危険がある依頼だとか言っておいて、あとは勝手にやれというのはあんまりではないだろうか。しかし、ミルガルトにはミルガルトの考えがあって、もしかしたらこの選択が、最善策なのかもしれない。

 自分達はまだ子供――何も知らない初心者でもある。

 ならば――ここは従っておくのが最終的な、吉になるだろう。


 プラムはそれから、少女の容姿を見る。

 母親は黒髪なのだが、しかし彼女の髪は、母親とは似ても似つかないような金髪だった。

 自分で染めたのだろうか――。気になったが答えは放置しておいた。金髪を、片方だけ、サイドで結んで垂らしている。そして服装は茶色い、スーツのような格好。

 母親の代わりとして仕事を任されているから、礼儀として正装を選んでいるのだろう。


 それにしても――、彼女の視線には敵意が混ざっていた。

 予定よりも遅くなってしまったのは悪いとは思うが、

 でもそれだけで、そこまで敵意があるものだろうか。


 プラムは、声を出したらなんであれすぐに怒鳴られそうな窮屈なこの空間で、恐る恐る、


「お、遅くなってごめんなさい!」


 と謝った。


 すると、


「――ん、まあ、いいわ。そちら側が悪い事だった、と自覚しているのなら、あたしに文句はないし。あたしが一番っ、嫌いっ、なのはっ、悪いことをしたのに自分はなにも関係ありませーん、自分は無関係でーす、って顔して、謝りもせずに自分のしたいことを自由にしている奴のことなのよ――! つまり! あんた! 謝れっ!

 このあたしに、ずっと仕事もしないで待っていたあたしに、謝れ!」


 少女の視線は、クードに向いていた。

 クードは自覚がなかったのか、驚いた様子で、


「え――あ、ああ、ごめん」


 片手を立てて、笑いながらそう言った。


「どんだけフレンドリー!? 初対面だし仕事のやり取りをする場面でしょ、ここは! 

 なのにそんな軽く! ああ――ああもうっ! いいわよそこに座りなさいよ! 同い年だからって楽しみにしてたあたしがバカみたいだわ。

 さっさと終わらせてこの書類を片付けなくちゃ――だから早く! 座るっっ!」


 指をびしっと、部屋にある椅子に向ける。声に押されてクードもプラムも慌てて椅子を取って、座る。そして少女が手を伸ばしてくるので、クードは持っている紙を渡した。


 そのやり取りを見ながら、プラムは、


「ほんとに、ごめんね――なんか、楽しみにしてくれてたみたいなのに……」


「は? 楽しみになんてしてないけど?」

「え? でもさっき、自分で言ってたよ?」


「うぐ……、いや、別に、楽しみにはしてないわよ。わくわくしてただけ」


 それは、なにも変わっていないのではないかと思ったが、言わないでおいた。


 なるほど。

 自分の感情を素直に認めたくないタイプなのか、と、プラムの分析力が力を発揮する。


「わたしはプラム――よろしくね」

「おれはクードだ」


「あんたのことは嫌いだから、名乗らなくて結構よ。――でもあなたは歓迎するわ、よろしくね、プラム。あたしはナルマリエ・ロレンツェトよ」


「ナルマリエちゃん――少し言いにくいから、じゃあ、マリちゃんだね!」


 すると――ぶっ!? と、ナルマリエが噴き出した。そして顔を赤くしながら、


「な、なによそれ! いきなりそんな呼び名で呼ばないでくれる!? 

 び、びっくりしたじゃないの!」


「……だ、だめだったかな……?」


「ダメじゃないッ! けど、初めてあだ名をつけてもらって、ちゃん付けで呼ばれたから、恥ずかしいってだけで――」


「そっか……――じゃあ慣れていかないとね、マリちゃん!」


 すると、それがとどめだったのか、顔から、そして頭から火を噴きそうなほどに赤くなって、ナルマリエは後ろに倒れそうになっていた。

 だが――どすんと、椅子に座り、背もたれに寄りかかることで、倒れることを防いでいた。


 ナルマリエから、さっきまでの勢いは完全に無くなっていた。

 プラムの顔さえも、まともに見れていない様子だった。


「――大丈夫? マリちゃん?」

「うん、大丈夫、大丈夫だから――心配しないで。さ、仕事の話をしましょ!」


 今のこの状況はまずいと感じたのか、ナルマリエは流れを変えようと、仕事の話を振るが――その時、彼女の体がびくりと震えてから、動きが止まった。


 なんだろう――と、プラムがナルマリエの視線の先、クードの方へ向いた。


 そこには、ニヤリと笑った、クードの顔があった。

 恐らくは、この威張り散らしている強気な少女――ナルマリエの弱点とも言える、突っついてはいけないような部分を見つけたことに……しかもそれに加えて、遊べるようなところを見つけたことに、喜びを感じているのだろう。


 うわあ、と思いながらも、ナルマリエの弱点を引っ張り出した本人は、見て見ぬ振りをした。


「んな……な――」


「どうかしたのか? さっさと仕事を続けろよ――マリちゃん?」


「――ッ、殺す! こいつ、ぶっ殺す!」


 顔を真っ赤にして握り拳を作り、クードに殴りかかろうとするナルマリエを慌てて止めながら、プラムは思った。


 ――ああ、この二人、相性最悪だ。


 それから、

 ナルマリエが落ち着くまでにかかった時間は、決して短くはなかった。

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