第23話 レベル赤(レッド)
二人は、声を揃えてそう言った。
「……なんだよ、良い理由じゃないかよ――」
そして鍵持ちは笑った。
久しぶりに良い奴に出会えた、とでも言わんばかりに。
「いいねえ……あたし、あんたらのこと、好きになっちゃったかも。
坊主もさっきのセリフ、『みんなを守りたいから』――は、輝いて見えたぞ」
鍵持ちの褒めの言葉に、うるせえ――と照れながら、クードが顔を逸らした。
「――いいぜ、剣士になるための過程をすっ飛ばして、試験を受けさせてやる――と言いたいところだが、どれだけすっ飛ばしたところで、明日までに剣士になるってのは、試験をやったとすれば、絶対に不可能なんだよな」
「え――じゃ、じゃあ、明日の剣闘大会には……」
「無理じゃないけど――なれる方法はまだあるが、あまりこれは、おすすめできないな……」
「構わねえ! 今はなんでもやってるやるよ!」
会話に参加していなかったクードが、予備動作なく、プラムと鍵持ちの間に割り込んでくる。
そして顔を突き出し、瞳を燃やしていた。
やる気は充分だ。
それが空回りしなければいいけど……的な不安が、心の中を渦巻く。
鍵持ちは、少しうんざりしながら、
「試験を受けないとなると――特大の、危険度の高い依頼をこなして、ポイントを得て、剣士になるって方法がある。これなら受注して達成すれば、すぐに剣士になることができるし、今日の内に依頼達成ができれば、あたしがエントリーを済ませておいて、明日の剣闘大会にも出場させることもできる――。
だが、さっきも言った通りに危険度が高い。剣士になりたいお前らなら、これくらいは知っているだろ? 依頼の危険度は最高から一つ下の【
他の依頼でポイントを稼ぐことは、できないんだよ――残念なことにな」
だから――と、鍵持ちは、二択を示す。
「諦めるか、命を懸けるか――分かり切っている答えを、聞くぞ」
プラムは、体の震えを感じた――自覚した。
これは恐いから――死を恐怖しているから、だから震えているのかと思ったけど、そうではなかった。命懸けだなんて言われても、実感なんて湧かなかった。
だから軽く考えているのかもしれない。
実際にやってみたら、すぐに恐くなって逃げるかもしれない。
でも、クードが自分よりも前に出たので、迷うことなくプラムも決断できた。
そうだ、今は一人ではなく、二人なのだから――、恐れても、頼れる存在がいる。
壊れそうになっても、寄りかかれる場所がある。
助け合いならば――無理なことでも、無理ではなく、させることができる。
プラムは一歩、踏み出して、クードに並ぶ。
そして鍵持ちを見て、
「クード・ナグルマルク――その依頼、やってやる」
「プラム・ドールモート――わたしも、やります」
二人の決意を見て、鍵持ちは、にやりと笑った。
「ご丁寧にどうも。
あたしはミルガルト・ロレンツェト――これからよろしく」
―― ――
プラムとクードは廊下を歩いていた。
この建物の三階の一室に行け、という指示を、ミルガルトから出されたためである。
先ほどまでミルガルトと話していた大広間とは変わって、ここの道は狭く、二人で横に並んで少し余裕があるくらいのスペースしかなかった。
まあ、部屋ではなく道なのだから、おかしなことではないのだが、
しかし急な変化に、敏感にそう感じてしまう。
まだ一階部分。
三階に通じる階段まで、真っ直ぐに進む途中、プラムが言った。
「――今更なんだけど、わたし達の目的って、考えてみれば剣士になるってことでしょ……?
なら、別に今、無理して剣闘大会に出なくてもいいんじゃないのかな……?」
「なんだよ、危険度の話をされて、びびってんのか?」
「……うう。まあ、少しは思ってるけどさ――、でも試験じゃなくてポイントを稼ぐことでも剣士になれるって言うなら、ミルガルトさんに言って、危険度の少ない依頼を、後々、少しずつこなしていけばいいんじゃないかなーって」
「危険度の低い依頼をこなしたところで、危険度が【赤】よりも下の依頼のポイントなんて、豆粒ほどに少ねえよ。何十回と面倒なことをしなくちゃいけないかもしれないんだ――。
だったら滅多に依頼として作られない、高難易度で、高ポイントの依頼を、一発でこなして剣士になった方が早いと思わねえか?
それに、まあ――、
剣闘大会に関して言えば、おれには今、明日の大会に出たい理由はあるけど、お前にはないわけなんだよな……。だからそこは、別に無理して出なくてもいいぞ、大会」
「そ、そんなこと言わないでよ! わたしだって、クーくんが出るなら出るもん!」
「でも、理由はないわけだろ? 剣士を目的としているお前は今で、精一杯だ。
依頼をこなせばその時点で剣士になれるわけだから――、そこから新しい目的を探して、目標を定めて、次のステップに足を進ませるべきなんだけどな……お前はまだだろ?
そういうものを見つけていない。
剣士になれたことで安心しちまうだろうし――、ただおれが出るから出るっていう、中身のない闘志じゃあ、剣闘大会に出たところで、浮くだけだぞ?」
クードの、普段なら見せないような的確な指摘に、プラムは、むぐ、と喉が詰まる。
なにも言い返せなかった――、
クーくんのくせに、と、失礼にもそう思う。
「ま――新しいなにかを見つけるために、きっかけを掴むために出るってのもありだけどな。
しかし、そういうことのために戦っていると、隙が多くなりがちで、怪我をしやすいってわけだから、出させたくはねえな……」
「だ、大丈夫! ――だよ……たぶん」
「声が段々と消えそうなくらい小さくなっていくのが気になるなあ……まあ、考えとけよ、答えは早めに出さなくてもいいしな――。お前の目的は剣士になることなんだから、まずはそれだけに目を向けろ。大会なんて、それから考えればいいんだから」
うん、と頷いて――前を見れば、階段がある場所まで、もう着いていたらしい。
二人、歩幅を意図せず合わせて、階段を上る。
「……クーくんは、なんで明日の剣闘大会に出たいの?」
「あれ? お前に言ってなかったっけ? 修行中とかにさ」
ううん――と、プラムは首を左右に振った。
クードは、そうか、と納得する。
「お前に、剣闘大会への出場者募集って書かれた紙を見せたのは知ってるよな? 実際に見せたのをおれが記憶してるから、確実だと思うけど。
たぶん、マリアーク王国から、風にでも、鳥にでも掴まれて流されて、壁から外に出てきたものだと思うんだけど――、それを森の中で拾って、知ったんだ。
んで、時間的にも充分、修行できる期間だったから、剣士になる前に一旦、自分の力を試そうと思ったわけ。まさか、剣士にならないと出場できないとは知らなかったけどな――」
「クーくんって、勢いだけでなにも考えてないんだな、って性格がよく出てると思うよ」
「でも、この勢いがなくちゃあ、人生の障害を乗り越えることはできないと思うぜ」
まあ――それには一理あるかも、と納得しかけたプラムだが、しかし勢いだけでは乗り越えられないものもあると、咄嗟に理解した。
勢いがあるのは結構だが、勢いだけでは足らないことばかりだ。
クードのこの性格も、そろそろ変えていかなくてはならない。
プラムの心にも、他人の未来を考えるほどに、余裕が生まれてきていた。
「――それが、理由? 力を試したいって、それだけが、理由なの?」
「うん? いや、それだけじゃないけど――」
二階に辿り着く。
目的地まではあと一階分、上がればいいだけだった。
「――噂話で聞いたんだよ。マリアーク王国から、ヒノワ村を通って行く商人の話の中で、なんだけどさ――剣闘大会に、ジャッジ・ウィルソーが出るって情報があったんだ。
それを聞いて、その時、絶対にこの大会に出たいと思ったんだ」
クードは、拳を、ぎゅっと握る。
「会ってみてえ……できれば、一戦、戦ってみてえ。そして、おれの師匠になってほしい……」
「えっと、クーくん、そのジャッジさんって、凄い人なの?」
「凄いに決まってんだろ!
階級【
クードが顔を勢いよく近づけてくる――、驚いたプラムが思わず体を引いてしまい、階段から足を踏み外しそうになったが、なんとか堪えて、
「そ、そうなんだ……」
あまり話の詳細には触れないように、と興味を示さない振りをしたのだが――、
しかしプラムの様子など関係ないのか、クードは言われても、聞かれてもいないのに、その剣士のことをぺらぺらと話し出す。
いつの間にか立ち止まっていた。
三階のフロアには辿り着けたのに、中々、動き出すことができなかった。
目的地の部屋は、ここから十数メートル先だと言うのに。
修行中も、こういうことが多々あった。
クードが話し出すと、それが興味のあるものならば、プラムの声など届かないくらいに、クードの話は長く続く。
こうなると、強制的に終わらせることは難しい。気の済むまで話をさせておくことしか、対処法がなかったので、プラムはクードの話を黙って聞くことにした。
――クーくんの好きなことの知識だけが増えていくなあ……。
苦笑いをしながら、相槌を打ちながら――、プラムは笑顔で話すクードに合わせる。
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