第22話 剣に乗る理由

「――ちょ、ちょっと待てよ! なんでおれ達が剣闘大会に出場できないんだよ!」


 クードの声が室内に響き渡る。

 プラムは隣にいたのでその大声をまともに聞いてしまい、思わず耳を塞いだ。

 プラムも気持ちとしては同じで、声だって、クード並みに出ていたかもしれないし、疑問を晴らすためにも叫びたかったのだが――、

 クードに先を越されたために、発散のしようがなかった。


 幸いにもこの室内に他の剣士は誰一人としていなかったので、文句を言われることはなさそうだった――それは素直に安心してもいいところである。


 王国内に入ってから――そして車から降りて、歩いてからあまり時間は経っていなかった。

 クードが、いつかは辿り着ける――と、不安になる言い方をしていたので何時間もかかることを想定してたが、予想ははずれ、三十分もかからずに辿り着くことができた。


 クードの言う通りに人の波に乗って、流されるままに歩いていたら、いつの間にか着いていたというレベル。これにはクードも驚いていた。なんにしても運が良いと思う――が、この運がこれから先、何度も活躍するとは思えなかった。


 自分達も常識的なことを身に着けなければ――と、剣士になるために、修行以外にも色々とやらなければいけないことが多そうだと分かって、溜息を吐く。



 ――ここは、マリアーク王国、その中心部に建つ、マリアーク王城……、

 東門の傍の、王国内、唯一のギルド――名は【役者揃フルいの大家ハウス】。


 責任者兼管理人――【キープレイヤーち】と呼ばれる家主は、ただ一人。



「剣闘大会に出れないって、そりゃ当たり前だろうが。お前、剣士じゃねえじゃん」


 酒場のような内装――、まあ、ほぼ酒場のような場所になりつつあるのだが――、

 木製のカウンターテーブルに頬杖を突きながら、彼女はそう言った。


「なんっ――、剣士しか出れないって、そんなこと、どこにも書いてねえじゃねえかよ!」


「……いや、まあ、うん。そうなんだけどさ――普通に分からないかな。

 だって『剣』『闘』大会なんだから、そりゃ剣士しか出れないさ。

 それに、この町には貴族と剣士くらいしかいないしね――、だから君が言っていることはおかしいんだよ。貴族は最初から、こんな遊びには参加しないし……、したとしても自分が参加するなんてことはない。なら、あとは剣士しか残っていないから、エントリー募集の紙切れに【剣士しか参加できません】と書かなくてもいいってわけ。分かるかな、坊主」


 こつん、と――でこぴんをされて、クードが吹き飛んだ。

 たった少しの力のように見えるのに、凄まじい威力のあるでこぴんだった。


 クードは、いててて、と両手でおでこを押さえて、痛みを和らげるために擦っている。

 プラムの目でも、おでこが赤くなっているのが分かった。


「い――てええッッ!? どんな力をしてやがんだ、このババアッ!」


「ちょ、ちょっとクーくん! 初対面の人にいきなりそんな言い方は失礼だよ!」


「はいはい、いいからさっさと出てけーって。ババアなんて、そんな文句や悪口は言われ慣れてるからなー、あんまり気にしなくていいよ、そこの可愛いお嬢ちゃん」


 興味のないような視線を向けられる――、それはプラムを通り過ぎて、クードに向けられたものだろうが、しかし大きく言えば、プラムも同類だ。

 クード同様に、帰れと言われているわけである。

 ここまで来て諦めることなど、簡単にできるわけがない。

 そしてそれは、クードも同じだった。


「――ふっ、ざけんな! 今まで、ずっと修行してきたんだ! 剣士になるために、この大会に出るために――、なのにお前の一言で、はいそうですかで、帰れると思ってんのかよ!」


「お前の意見はどうでもいいの――これは規則なんだから、ルールなんだから、従いなさい。

 それと――、

 門で見せた身分証明書を見せてって言って、あんたらは見せることができるの?」


 当然、不法入国しているので、

 そんなものなど持っていないし、見せることはできなかった。


「つまり、あんたらは不法入国をしているわけ。

 あたしがこの事を王様に言えば、あんたらはすぐに首を、すっぱーん、されちゃうわけ。

 あたしじゃなくても、他の誰でもいいや――もしも自分達の身分がばれれば、すぐに殺される運命にあると自覚しなさい。

 あたしだって、子供を死なせたくはないわよ。だからさっさとこの国から消えろって言ってんのよ。故郷でのんびりと暮らしていればいいじゃない――剣士になるとか、五年は早いわよ」


「なんで、あんたにそんなことを言われなくちゃならないんだ――おれ達の勝手だろうが!」


「あのね、子供がいる、大人がいる――それだけでもね、今この場では、あんたらの保護者はあたしになるわけ。後々、あんたらが死んだら、あたしの心の中であんたらの顔が出てくるのよ。

 なにもしてなくても、あたしの心を縛るのよ。

 だからそうなる前に、あたしのために帰れっつってんの」


 それに――、と彼女は続けた。


「あたしはここの【鍵持ち】だし。あんたらになにかを言う権利は、あると思うわ。もしもあんたらがこれから剣士になるんだとしたら、あたしはあんたらの上司になるわけ――分かるかな? 

 これは大人の階段を上るための勉強――年を取ってる大人の話は素直に聞くべきなのよ」


 言っていることは正論だ――崩す隙がない、完璧な正論を振り回している。


 感情無視で――理屈だけで、子供だと下に見て、納得させようとしている。


 プラムも少しだけ、かちんときた。

 こちらにも、譲れないものがある。


 それが正論でなくとも――ただの感情論、気持ちでも、譲れないものはある。


「こんのッ――!」


 クードが立ち上がり――しかし駆けるその瞬間に、プラムが片手で制する。


 そして、


「――どうにか、なりませんか?」


 と言う。


「あら? そこの坊主があたしにもう一度、反論してきたり、文句を言ってきたりしたら、手加減無用で殴ってでも、止めようとしたけど、まさかお嬢ちゃんの方が出てくるなんて、意外だったわ。もしかして、あたしの読み間違いで、実はすっごく熱血な子だったりして――」


「あ、いや……熱血じゃないと思いますけど――わがままを言うだけの子供です、きっと」


 プラムは、だから、と続けた。


「子供だから、少し、裏技でも使わせてくれないかなー、なんて頼みたいんです。

 わたし達は子供なんです――そう言ったのは、お姉さんですよね?」


 そうね――、と彼女は頷いた。


「わたし達には身分を証明するものがありません――、肩書きだって、村人です。

 ここを出たところで、すぐに見つかってしまうでしょう。ここまで来れたのが、ラッキーと言えるものですからね。それに今だから……、全てばれている今だから言いますけど、

 わたし達は不法入国をして来ましたから――、それはお姉さんも、ある程度の予想はつけていたそうなので、驚きは少なさそうですけどね」


 プラムはすらすらと、自分でも驚くほどに、言葉が出てくる。


 この一ヶ月、『彼女』に言われた通りに磨いていた、コミュニケ―ション能力。

 徐々に、考えなくとも感覚で言葉が返せるし、こちらから話を振れるようになっていった。

 その成長、努力の成果が、今、思わぬところで発揮されていた。


 するとプラムの言葉から――顔色から、言わんとしていることが分かったのか、


「はあん……鍵持ち権限を使って、普通ならば何段階もの試験を受けなければいけない剣士になるための過程を、すっ飛ばしてほしいってわけなのね」


 頬杖をやめた鍵持ちは、交渉人のように、体勢を整える。


「大体は、そうですけど――でも、全部をすっ飛ばしてほしいってわけじゃないです。

 明日の剣闘大会に間に合えばいいんですから。

 試験なら後で受けますし――試験も、増やしてもらっても構いません」


 プラムの言葉に、クードも黙って立ち上がり、後ろから、鍵持ちを睨みつける。

 気持ちは同じ――というわけか。


「……なぜそこまで、剣士にこだわるの? 剣闘大会にこだわるの? 

 あんな大会、偶然、期間中にこの国を訪れた剣士しか出場しないような、

 遊びのようなものだぞ? なのに、なんで――」


「個人の気持ちや理由なんて、他人には理解されないものでしょう?」


 それは、今までの人生――剣と話せるプラムだからこそ出た言葉だった。


 剣と話せる、なんて力があったところで――それをみんなに言ったところで、信じてなどもらえないだろう。それと同じで、確認が本人からしかできないものを、誰が信じると言うのか。


 剣士になる理由――剣闘大会に出る理由。

 説明したところで、感情を全て注ぎ込んでくれるほどの理解なんてされないだろう。

 世の中、そんなもの――人間なんてそんなものだ。


 だからと言って、しかし無条件で許可などできるはずもなく、


「なにを人生、悟りました的なセリフを吐いてんだよ――、子供はわがままを言うもんだ、大人を丸め込もうとするんじゃない。

 ……一応、言え。理由だ理由。なんで剣士になりたいのか、理解できなくとも、理解はしようとしてやる。子供なんだから、夢だった――そんなんでいいんだよ」 


 鍵持ちがそう言った。


 プラムとクードは互いを見合って――それから、



「――みんなを、守りたいから」

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