第21話 壁の中へ その2

「――もう、やめてぇ……これ以上は、やめ、て――」


 プラムは涙を流しながら、そう訴えた。


「おい、プラム……――プラム!」


 頭を抱えて屈み――嘔吐感をがまんしているように顔が青ざめているプラムの元に駆け寄り、背中を擦るクード。

 それでもまったく、体調は良くならなかったが、だけど隣にいてくれるだけでも安心はできる。そこにいるだけ、という、クードなら決まって文句を言いそうな役目だが、だけど、プラムにとってはその小さな役目も、大きな役目になっている。


 もしもクードがいなければ、プラムは今頃、壊れていただろうから。


 だが――クードがいたからと言って、それが百パーセント防げるわけではなかったが。


 プラムの中で暴れている波が、跳ね上がる。

 声がさっきよりも大きく聞こえ――そこでプラムは気づいた。


 この声は、剣の声だ。

 今のところ自分しか持っていない剣の声が聞こえる力が――発動している。

 オンオフができず、オフになったことなどないのだから、そもそも、本当にオンオフができるのかさえ、怪しいのこの力――。

 この力が発動しているということは、近くに剣があるということだ。

 この荷台に、剣があるということ。


 周りには果実しかないが――、しかし、ここにあるのは確実だ。

 箱の、不自然な置き方――、それはまさか、剣を隠すためだったのか……。

 プラムの予想は当たっていた。

 しかし、確認をする前に、プラムの方が先に限界を迎えた。


 プラムは荷台にいることを忘れ、

 運転手に見つかってしまうことなど、思考の中からすぽっと抜けたように、


「いや、いや――」


 大声を出す――その瞬間に、

 咄嗟の判断で、クードが、プラムの口を自分の手の平で塞ぐ。


「む、むぐうううううう!?」


「……がまんしろ。なにがお前を襲っているのか、見ているだけじゃ分からないけど――、優しいもんじゃねえってことは分かる。

 泣きたいのなら泣けばいい。悲しみたいのなら悲しめばいい――でも声だけは出すな。

 ここで運転手に見つかれば、今までのことが、全て崩れるかもしれないんだ。

 だから今は、おれの胸で泣け。吐き出せ、全部。吐き出せるものだけを、今は――」


 プラムの視界が暗くなる。クードがプラムを、抱き寄せたのだ。

 クードの胸は温かかった。

 その状況でも、しかし頭の中に響いている声はやまずに、さらに加速していく。


 同時に――車が動き出す。

 でこぼこ道を進むので、当たり前だが車体も揺れる。乗り心地は最悪だったが、嘔吐感がある今では、安全運転だろうが関係なかったかもしれない。

 なんにせよ今は、この嘔吐感をがまんしながら、

 そして頭の中に響く声に堪えながら、王国内に入るのを待つしかない。


 プラムはクードの背中に手を回し――抱き返す。


 今はこれが、一番、落ち着く体勢だった。


 あと少し――王国内に入るあと少しまで、この状態なら、がまんできる気がした。


 ―― ――


 細かい音が聞こえていた――、それは恐らく、会話の声なのだろう。

 しかし外の音、荷台の中の音が混じり合い、知りたい音の詳細を聞くことは、最後まで叶わなかった。だからなんとなくでしか理解していないが、どうやら自動車が王国内に入れたらしい。

 整っている道に入ったので、さっきよりは揺れが少なかった。


 そろそろ降りなければいけない――、もしも自動車が止まってしまえば、確かに降りるのは楽になる――だが、同じように運転手も降りる可能性が高い。

 自分達と運転手がばったりと出くわしてしまうかもしれないのだ。

 その危険性を考えると、自動車がゆっくりと走っている今が、ちょうど、降りるべきタイミングなのだろう。


 クードはとんとん、とプラムの肩を叩き、中腰になる。

 プラムもクードの動きにつられて、中腰になる。未だに抱き着きから解放されていないところを見ると、プラムの傷はまだ癒えてはいないらしい。

 ここで無理やりに、動きにくいから離れろとも言えないクードは、黙ってそのまま、プラムのしたいようにさせておいた。


 もちろん動きにくいけど、まあ荷台から降りることができないわけではない。


「この速度なら……いけるな」


 荷台に覆いかぶさっている布を押し上げて、外を確認する。

 ここは商店街らしく、様々な店が入っていた。

 だがどれもこれも、クードとプラムが想像しているようなお店ではなく――、

 村にも何軒か、店という店は入っているが、それとはまったく別だ。

 想像を越えるほどに、違う。


 綺麗で――、

 自分達とは違う世界の住人がいるような、別種感。


 これが貴族なのか――と、クードは生まれて初めて見る貴族の姿に、憧れではなく、なぜかは分からないけど、恐怖を覚えた。

 それが単純に貴族に抱いたものなのか、それとも新天地に来た、という緊張、知り合いではない、数多くの者達を見ての不安が、最終的な恐怖に連結させたのかは、分からなかったが。


 ともかく、


「……人通りも少なくなってきたし――プラム、そろそろ降りるぞ。衝撃に気をつけろよ」


 こくん、とプラムが頷いた感覚が、クードにも伝わっていたので、もう一度プラムの肩をとんとん、と叩き、飛び降りるぞ、という合図を出した。

 一瞬、浮遊して、すぐに落下し、着地する。

 地面から荷台までの高さは、膝上くらいまでの高さしかないので、もしも着地に失敗したとしても、プラムがいるのだとしても、大きな怪我にはならないだろうが――、

 だがそんな心配など杞憂だったようで、無事に着地することができた。


 着地してからすぐに、道路の真ん中から横に移動して、細い路地へ入る。

 薄暗く太陽の光をあまり受けない場所であったが、そのおかげで人には見つかりにくかった。


 今、クードとプラムは不法入国をした身だ。

 極力、この王国民には出会いたくない。

 だが、それでも限界はしっかりと存在しているが――。


「……ギルドには行かなくちゃならないからな……」

「場所、分かるの?」


 するといつの間にか、プラムが顎を上げ、クードを見上げていた。

 思わずどきんと鼓動が早くなるが――、しかも誰もいないこの二人だけの空間で、色々と想像が働くが――今は手が抜けない状況だ。

 頭を振り、投げられた質問に答える。


「いいや――分からないけど……、ギルドってのは大体、人通りの多い場所にあるから、人の波を辿って行けば、辿り着くと思う。

 それに王国の面積にも限りがあるんだ――歩いていれば着くだろ」


「それって……なんだか危ない思考回路してる」


「いいんだよ。細かいことを考えても仕方ねえ、とりあえずは動くしかないだろ」

「ん」


 頷いて、プラムはクードの体から手を離した。

 クードの体から、重い感覚が消えていく。軽くなったのは楽でいいのだが――だけどいきなり体にかかっていた重さが消えるというのは、不安でもあった。


 だがそんな不安も、すぐに吹き飛んだ。


「さっきは、ありがと――おかげでもう大丈夫になったよ」


 プラムが振り向いて、微笑んでそう言った。そしてクードの手を握って、


「それじゃあ行こうっ! 目指すは、えっと……どこだっけ?」


 スタートダッシュに躓いたような、勢いが削がれる出発ではあったが、それはそれで、プラムらしい――自分達らしいなと思い、


「行先はギルドだよ――たぶん、そこで剣闘大会のエントリーをしてるはずだから」


 クードとプラムの足は、二人揃って同じ方向へ進み始める。

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