第19話 悪巧みの二人組 その2
話が逸れてきたので、ヴァルキュリアが再び、話を本題へ戻した。
「今までに比べれば、悪事という悪事ってわけでもないんだけどな――ま、そりゃ大きいも小さいも関係なく、お前は、悪事は悪事だ、とでも言うんだろうけどな。
そーだなー、――そういや説明してなかったか……こりゃ俺の失敗だったな」
「失敗なんていつも通り」
「そうやって話の腰を折るなよ――そうさな、今回の仕事は助け舟ってやつだ」
助け舟――? と、ヴァルキュリアは目を細めて男の言葉を疑った。
「嘘じゃねえって。ほら、マリアーク王国がどういう国かは知ってるだろ?」
「貴族しか、存在しない王国。そうとしか、知識の中にはないけどね――」
「まあそうだろうな――実際、外側にはそれくらいしか情報は伝わってこないわけだしな。
だがな、お前だってなんとなくは分かってるんだろ? マリアーク王国には毎年、移住してくる貴族がいる。魅力はあるらしいぜ――貴族でもねえ俺には、どういう魅力があるかは分からねえが、魅了されるような宣伝でもしてんじゃねえのか?
とにかくそうやって、外面が良いような、評判が良いような場所には決まって、内側はどろどろしてやがんだよ――真っ黒に染まった、悪意の渦の、差別の渦の、渦の渦。
捕まったら最後、ぼろぼろになるまで、搾り取られる……そんな闇がな」
「――なんだか、実際に、体験したことがあるような言い方ね」
ねえよ、と男は笑いながら言う。
「だがな、知ってるからな――マリアーク王国がどういうものかは、知ってるからよ。
貴族と平民――そういう差別があるのがいけない、なら、貴族しかいない国ならば、差別なく生活できるのではないか、と安直な考えをした奴がいたもんだが――まあ変わらなかったよな、結果は。同じことなんだよ。
貴族の中で、弱と強がはっきりしただけだった。
生まれるのは貴族と平民との差別――、同じようなものだった」
強い貴族と弱い貴族とが振り分けられ、選別され、差別がはじまる。
弱者を叩くために強者が集まり、玩具としての価値でしか、同じ貴族を見れなくなっていた。
そして弱い貴族は、もちろん、不満が溜まる。
だが不満を言ったところで、弱い貴族は弱い貴族だと決まってしまっているために、言葉で話し合うことはほぼ――というか、完全に不可能になっていた。
だから、弱い貴族に残されているのは、やはり平民が辿ってきた道と同じく――革命だった。
武器を取れ。
刃を向けろ。
強者を今すぐ、地に落とせ。
「――弱い貴族達の情報ってのは、強い貴族達は簡単に得ることができる。
武器の所持数など、敵意がどこに向いているか、などな。
一つ一つの家が中途半端に力を持っちまってるから、操られやすいんだ。
しかも、内側からの崩壊にめっぽう弱いしな。
そしてそうした内側の破壊を最も好み、最も得意とするのも、これまた貴族なんだよ」
「だから――私たち武器商人が、派遣されてきた」
「そういうこった――まあ俺達は、武器商人っていう一つの枠に収まるような組織じゃねえんだが……言うなら、移動型ギルドってところか?」
なるほど……、と――組織の新しい表現方法に上手いな、と納得したのではなく、今回の仕事の内容が分かってきたからこそ呟いた、一言だった。
ヴァルキュリアは後ろの――壁で中は見えないけど――荷台を見つめる。
この中にあるのは果物だが、しかしそれは本音を隠すための建前に過ぎず、隠れている本音は、武器である。
剣、刀――数々の武器、凶器、人殺しの道具が、
荷台の壁や天井に、隠されながら息を潜めている。
つまり、
「私たちはこの武器を、その弱い貴族に渡しに行く、ということね」
「少し違う。渡しに行くんじゃねえ――売りに行くんだ」
結果は変わらないとは思うが――、
だがそこは譲れない言い方なのか、男は強調して、二度も言った。
「俺らはボランティアでやってるわけじゃねえんだ――、商売のためにやってる。
お前はなにかと甘いところがあるからな――忠告しとくが、相手がたとえ貴族だろうが、手を抜くな。あいつらは人を殺すことには慣れていないって顔をしてやがるが、その実、多くの人間を殺している。あいつらは卑怯にも、自身では殺してねえってだけなんだよ。
人を使い、人を殺す――自分は泥を被らず、安全圏にいる。
そんな奴らが、今度こそ自分の手を汚して、強者を殺そうと覚悟して、俺達に迫ってくるんだ――あまりなめていると、殺されるぞ、お前」
ごくりと、喉が鳴る。
それが自分から出た音だと、ヴァルキュリアは自覚していなかった。
「さて、それじゃあそろそろ――時間ってところだな」
へ? とヴァルキュリアは、視線を、男から前へ、門へ向ける。
すると門のところにいた門番が、時間なのか、新しくきた二人の門番と役目を交代した。
「あれって――」
「そうだ――仲間だよ」
いつの間にか王国の中に入り、いつの間にか門番の仲間として定着していたのか……と、自分が今いる組織の中――、
そのスパイの技術力の高さに、普通に感心したヴァルキュリアだったが……、
「いやいや、こんな仕事のためにわざわざスパイを送り込むわけねえだろ。元々からいた奴らを、仲間に引き込んだだけだ。
別に脅してねえからな。
あいつらの望むものを用意して、話し合った結果、俺達の仲間になっただけだから」
「――私の時も、そうしてくれればよかったのに……」
「はんっ――望むものを渡したところで、お前が仲間になるとは思えねえよ」
それもそうね――と、すぐに納得するヴァルキュリア。
それから、
「門番の検査で調べられても、中は果物だから、カモフラージュくらいできるんじゃ……、
わざわざスパイを送る必要はないとか言っていたけど、
中にいた人をわざわざ仲間にさせる必要もないんじゃ……」
「ま、念のためってやつだな。
それに中にいた奴を仲間にしたのは単に偶然だったことも大きいし、タイミング的にもばっちりだったから、使わせてもらっただけだ。
果物でカモフラージュしているとは言え――だ。
ばれない確率、百パーセントとは言えないだろうが。
だから念には念を入れて……ってなわけだよ」
「意外にも準備はきちんとしていくのね」
「準備こそ全てだ」
ふん、と笑いながら、ヴァルキュリアは後ろに垂れ下がっている髪をまとめて、結ぶ。
首元から髪が浮き、ポニーテールが出来上がる。
服装も、肌があまり出ないように、と薄手のマントを羽織る。
できるだけ、隠密に特化させるべき――、
顔を見られて良いことなど、この仕事をしていてあるわけがない。
「なんだか、気合が入っているように見えるが、俺の見間違いか勘違いかの、なにかか?」
「見当違いね――いつもこの服装でしょうが。
これは私の仕事モードなの。女子の服装にいちいち文句をつけないでくれる?」
「そりゃ悪かった――んじゃ出発するけど、忘れ物は?」
その言葉にヴァルキュリアは、むっとして、
「私の敵であるあんたが聞くな!」
そうして、立ち塞がる壁があるわけでもなく、運動を邪魔するトラブルがあるわけでもなく、車は走り、道を進み――、辿り着いた門を、問題なく通り過ぎて、王国内へ入る。
その荷台に、二人の少年少女を、乗せながら。
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