2章 革命を担う役者たち
第18話 悪巧みの二人組 その1
運転席には一人の男と、一人の少女がいた。
男の方は三十代くらいの年齢に見える――、やる気のなさそうな顔をしていて、表情はだらしない。仕事など面倒なことだ、とでも思っていそうな人格をしているように見える。
少女の方は逆に、常に緊張しているのか、表情は硬かった。
しかしそれは警戒の色が強く、それしかなく――、
隙を見せないように、と努力しているようにも見える。
そんな正反対の二人は、なにをするでもなく――ここで止まって、ただ待っているのが仕事だと言えるのだが――ぼーっと、外の景色を眺めていた。
「……仕事なんだから、あんまりそう、パートナーのことを嫌わないでくれよ……」
男はそう言った――、言いながら、片手で掴んでいるたばこを、口から離す。
そして開いている窓の外に向かって、息を吐く――白い息がほとんど外に流れて、出ていくが、しかしほとんどでしかなく、全体の二割ほどの煙は、少女の方へ向かってしまっていた。
ごほっ、ごほっ、と咳き込む少女に気づき、男は、「あ、悪い」と謝った。
それがテキトーに言ったことであるのは、少女の方も簡単に気づく。
「パートナー、ね。よく言えたものじゃないの――、私とあなたの関係は相棒なんて優しく信頼できるような、信用できるような間柄じゃないでしょう?
これは【取引き】よ――脅されて、私はあなたに仕えている……つまりは奴隷ね」
「おいおい、もしもそうなのだとしてもよお、それは言わないのが花ってもんだぜ?
それを言っちゃあ、お前、仕事をするにあたって、色々とやりづらいじゃねえかよ」
「今更、なにを。やりづらい? あんたらに、そんな心があるとは思えないわね。
あるわけないでしょう? 人の、故郷の仲間達に剣を突きつけて――『俺達の仲間にならないか』なんて言う奴が――、やりづらいなんてあるわけないじゃない」
「まあそうだが――けど、やりやすいってわけでもねえからなあ……」
「…………」
少女はその言葉になにも返さなかったが、すぐに――嘘つけ、と思う。
やりづらいというのが嘘なのと同じく、
やりやすくはない、というのも嘘に決まっていると分かった。
少女が逆らえば、簡単に従えさせることができる。
男が、『少女の故郷の仲間達の命を使う』と言えば、少女はそれでなにも言えなくなり、従うしかなくなるのだ。
これほどやりやすい関係というのもないだろう。
何度かこの手を使われたが、どの時も男は活き活きとしていて、仕事をする時も困り顔など、したことがなかった。それほどに、少女の働きがいいということでもあるのだが――、そんな働きを少女に出させるのも、男からしたら簡単なのだ。
少女のスイッチを、男は握っている。
一度、故郷で仲間達を救うために、全力を、実力を見せてしまっているために、下手に手を抜けば、ばれる可能性が九割以上を占めている。
その現場にいたのがこの男なのだから、それは確実だった。
故郷の仲間に剣を突きつけたのも――この男。
今すぐにでも喉元を掻っ切ってやろうかという衝動があるが、しかしそれを実際にした場合、仲間達は殺されてしまうだろう。
この男が全てを支配しているわけではない――この男の横にも上にも、人がいる。
仲間達が一体どこにいるのかは分からないが、反逆すれば、すぐにでも連絡がいってしまう――もしも男が連絡をしなかった、できなかった場合でも、結局は異変を感じ取られ、調べられ、真実が見抜かれてしまうのだから。
ここで衝動を抑えることは、仲間達のためでもあった。
そして、自分のためでもある。
とにかく今は、この組織に従うしか、道はなかった。
従い、隙を窺い、そして隙を突き、仲間達の居場所を掴み、救出してから――、
仲間達の安全を確認してから、組織を叩くために、行動を起こすべきだろう。
それまでは、がまんだ――、
それが少女・ヴァルキュリアの、今、やるべきことである。
「――で、いつまでこうしているべきなのよ。全然、動きがないんだけど」
「ま、そりゃあな。あそこの門、見えるだろ?」
ヴァルキュリアは、こくんと頷いた。
視線の先には、マリアーク王国――、
都市の全てを囲むほどの大きな壁が見える。
上から見れば分かりやすいが、この国は外周が円のように壁に囲まれていて、鳥さえ、簡単には中には入れないような高さまで伸びている。
どうしてこうも高い壁が設置されているのかは、色々な理由があるが、大きなところでは身分の差別、と言ったところか。
中に入れるのは貴族や、剣士など――、
特殊な、国から認められるような職業に就いている者。
その中には、商人などの例外的な職業も含まれてはいるが、
基本的には貴族以外の地位の者は、絶対に入ることはできないような国である。
職を持たないただの村人など――絶対に入れない。
もしも無断で入り、存在がばれた場合――、
すぐに捕まり、その場で処刑される。実際に、そういう事例がいくつも確認されている。
そんなマリアーク王国の外周の壁――、この王国の玄関と言われる門の二つの内、一つが今、ヴァルキュリアの視線の先にある。
門番が二人、鉄の槍を手に持ち、
切っ先を真上に向けて、周りに目を向け、警戒しながら、警備をしていた。
「――そろそろなんだよな、確か」
男は、たばこを、視界の先にいる門番に向ける。
「……今日の仕事、詳しく聞いてないんだけど、今度はどんな悪事を働くつもりなのよ」
「なんと! 悪事と言いますかね!? そんな気はこれっぽっちしかないわけですが!」
「……少しでもあるんじゃないの――自覚がある時点で完全な悪党よ」
「それはお前もだぜ――無理やりやらされてます、人質がいるんです、だから私は悪くありません、なんて言い訳は誰も聞いちゃくれねえぜ、ヴァルキュリア」
「そんなことは分かってるわよ――、私だってあんたらと同類で……同罪なんだから。
あんたらの命令でなく、人を殺したことあるんだから――分かってるわよ。
事故でもなんでも、殺したことには変わらないんだからね」
「ありゃりゃー、細かく悟ってるねー。その年齢でそういう思考回路をしちゃうのはどうなのかね――ま、俺らに巻き込まれた時点で、まともな人生が送れないことは確定しちまってるから、そこまで悟っているべきなのかもしれないがね」
「で――今回の悪事はなんなのよ」
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