第17話 修行の日々

「――約束は約束だ。

 これでお前が剣士になることを認めないってのは、おれの男としての器の大きさに影響しちまうから、仕方なく認めてやるがよ……、認めているけど、隙があれば、やめさせようとする気はあるからな――それだけは分かっとけよ」


「あいあいさー」


「っ……こいつ……。なにを言われたところで絶対にやめる気はないってのを体で表してるような、ぴんと真上に伸びてる手だな、おい」


「ぐちぐちと言っているところがもう男としての器が小さいよ、クーくん」



 プラムはにっこりと、笑顔で告げる。

 クードはその言葉になにも言い返せなかった。


 クードとの――、クードを含めた村のみんなとの鬼ごっこは、もう昨日の出来事だ。

 あれから何十時間も経っているはずなのに、まるでさっき終わったような、さっきまで鬼ごっこをしていたような興奮が、体の中に残っていた。

 この興奮を維持したまま、修行に移りたいのだが、しかしクードは修行に入る前に、


「剣士になるために、修行をこれから一緒にやっていくわけだが――、その前に、お前に聞いておくことがある。お前が修行を始めたのは、ほんの一週間前だろ? 

 お前が誰にも頼らない、調べただけの知識であんな修行方法ができるとは思えない……、

 プラム、お前の後ろにいるのは、誰なんだ?」


 と聞いた。


 プラムには師匠がいる――クードはそう予想をつけたのだ。

 確かにそういう存在はいるにはいる、けど、しかし師匠ではなく、友人の枠に入る――。

 家族とも、言える存在だった。


 毎日毎日、クードにも村のみんなにも言っているはずだし、間接的だけど、紹介もしているはずなのだから、言えば知っているはずなのだけど――、

 だがいつもの、みんなの反応だ……。信じてもらえない確率が高いだろう。

 だが、ここで変に誤魔化したところで、なにも前には進まない。

 プラムは、素直に言うことにした。


 全てを説明し、


 するとクードは、


「ふーん。なるほどねえ……的確なアドバイスなこった」

「え……、クーくん、信じるの?」


「はあ? なんだよ、信じない方が良かったのか? いつもいつもあれだけ毎日、飽きずに村の中で言い回っているやつが、なんで今更そんなことを――」


「だ、だって、信じてくれないからこそ必死に、飽きずに言い回ってたんだよ!? 

 なのに、あれだけ努力して信じてもらえなかったのに――、

 なんで今になってそんなにあっさりと信じるの!?」


「それは村の奴らだろ? おれは別に、お前の言葉が嘘だと思ったことはねえけど」


 はあ!? と、プラムは腹の底から声を出して、驚いた。

 予想外過ぎて、頭がついていけていない。

 村のみんなはまったく信じてくれなかった、剣は生きている、というその真実を――、

 でもクードは、信じていたということなのか……?


「いや、言い方は少しややこしいが――信じてはいなかったな」

「どっちなの!?」


「信じてねえけど、疑ってねえってことだ。ここで言う【信じていない】ってのは、信じることができないから、信じられないってことなんだよ」


 プラムは表情に困る――理解しようとしてもできず、最終的に首を傾げて落ち着いた。


「証拠がねえじゃねえかよ、お前の言い分には。

 剣が生きてようが、話してようが、それはプラムが言っていることなんだから、本当だとは思うよ。疑ってるわけじゃない。プラムの言葉に、それは嘘だろ、って言うつもりもない。

 でも、おれには剣の声が聞こえない。おれからしたら、剣は黙って、そこにあるだけの、ただの物でしかないんだ。それを生きてるだなんて、思えないんだよ。

 おれの世界では、思えないだけだ。だから、信じることはできないってこと――」


 実際に目で見て、認識できて、自分自身で納得できなければ、信じることなんてできない……ようは、そういうことだ。

 結局、信じてもらえていないということだが、しかし嘘つきだと思われていないだけでも、プラムとしては救いだった。

 だから笑みがこぼれる。信じてもらえてはいないけど、自分の話にきちんと意見を言ってくれているだけで、なんだか、味方ができたようで、涙が溢れそうになるけど、ここは抑えた。


 こんなことで、泣いてなんかいられない。

 こんなことでは、クードに笑われてしまう。


 剣士になんてなれないと――言われてしまう。


「……そうだよね、証拠がなくちゃ、無理だよね――うん。

 それもそうだよ、もしも逆の立場だったら確かに、いきなり【剣は生きてるよ】って言われて、それをふんふんと頷いて信じることができるかと言われたら、できないもん。

 みんなは、こんな気持ちだったんだね――スッキリした。ありがと、クーくん」


「……プラムがいいなら、いいけど。

 まあ言葉だけじゃどうしても伝わらないことはあるからな、そういうことは斬り捨てるか、粘るかするしかないんだろうよ――お前がどうするかは知らねえけど」


「まだ、いいよ――きっと時期がくれば、信じられる日がくるよ」

「受け身な構えだな――」

「カウンター待ちだよ」


 とりあえず――今のところはそうしておいた。

 それにこれ以上、進んでみんなに、剣のことを話す気はなかった。

 その件に関しては、もう解決していると言ってもいいのだから。


 剣のみんなは平穏を望んでいる――今は、みんなからすれば平穏らしいのだから、その平穏を乱すようなことはあまりしたくない。

 だから動くのはやめにする。

 待ちに待って、来たとしても、カウンターを入れることはないと思う――そのままスルーだ。


 そんなわけで、


「クーくんは信じられないかもだけど――今だけは信じて。

 さっきも言った通りに、わたしの師匠……、

 というかアドバイザーは、剣のお姉ちゃんなんだよ」


「……そのお姉ちゃんは、随分とお前のことを分かってるんだな。

 アドバイスがお前に向いているからさ――修行方法もだ。

 おれはお前の修行内容に、口出しはできないんだよな、実を言うとさ――」


 へ? と声が出た。

 プラムはこれからクードと一緒に修行するつもりで来ていたのに、まさか本人からそう言われるとは思っていなかった。

 しかしそうなると――プラムは今までと同じく、これから先も同じ修行をするしかないわけだが……、まだ一週間しか経っておらず、早いかもしれないが、不安を抱いてしまう。


 とりあえず、みんなよりも劣っている体力をつけていたのだが――まだまだ、足らないということなのか。剣術の方は? どうすればいいのか。

 今日もここに来る前に、『彼女』に聞いてみたのだが、だけどアドバイスは同じく、今まで通り。プラムは剣術の練習をしなくていい、というものだった。


 間に合うか――、クードが言うには、剣闘大会が開かれるのが、あと一ヶ月先らしい。

 それを、【あと一ヶ月もある】と取るか、【あと一ヶ月しかない】と取るのか。

 プラムは圧倒的に後者なのだが、どうやらクードは前者のようだった。


 ただしそれは、プラムからの目線で、だ。

 クードは焦る様子なく、余裕で修行しているからこそ得た印象からの情報である。


 とにかく、プラムには知識がなにもない。

 ならば分からなくても、『彼女』やクードの言うことには従っておくべきだろう。自分なりに考えて、答えを出すのは、現段階ではまだ早過ぎる。

 まだ、そのレベルにまで到達できていない。


 言いなりの操り人形――とまでは言わないが、

 それに迫る勢いの、素直さで行動するべきだ。


 だから、


「クーくん――これから一ヶ月、よろしくね!」


「――おう」


 二人は拳を、こつん、と合わせた。


 ―― ――


 晴れの日も雨の日も――、天気に関係なく、修行は続く。

 二人で一緒に過ごす時もあれば、一日ずっと、単独行動の時もあった。


 修行をするのも休むのも、基本的には自由なので、なにも強制力はないのだけど、でも二人は、一度も休むことがなかった。


 体調を崩すことも、

 クードはないのが当たり前だとしても、プラムがないのは意外かもしれない。


 傷だらけになりながら、服を汚しながら――、時にはプラムも剣術の修行を興味本位でやったことがあるが、経験がないので修行にはならなかった。


 子供が剣の動きを見て真似ているだけのようで、不器用なステップしか生んでいなかった。


 それでも得るものはゼロではなかったようだが、

 それを活かせる日は、限りなく遠い日になることだろう。



 そして――、


 一ヶ月が経つ。


 その日、村の横を、一台の自動四輪車が通り過ぎた。

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