第16話 振り回すのは剣か男か

「剣士ってのは、こういうことだ。これの何倍――何百倍の危険が伴う。

 剣士が背負っているのは大きな剣だけじゃないんだよ――危険なんだ、命が簡単に消えてなくなってしまうような、それくらいの危険も一緒に背負っているんだよ」


 だから――と、その後の言葉を、クードは言えなかった。

 プラムがクードよりも先に口を開き、声を出し、クードの言葉を潰した。


「だから――クーくんはわたしが剣士になるのを嫌がったって……こと?」

「……そうだって、何回も言っているはずなんだけどなあ……」


 自分が怪我をしてしまうとか、自分に危険が迫ってしまうとか、自分が死んでしまうかもしれないとか――プラムには、そういう自覚はないのだろうか。

 クードはプラムのことを、いま以上に心配になってしまう。体が弱いのだから、なにもしなくていい――なにもしないでほしい、と昔は言っていたが、今は事情が変わってくる。

 クードよりも多くある体力ならば、もう体が弱いとは言えない――しかしそれでも、プラムは女の子だ。それは変わらない。


 体力があろうがしかし、命の危険は変わらない――回避できるものがあれば、できないものもある……それは当たり前で、自然なことだ。

 なんにせよ、どういう理由があろうとも、プラムをその危険に遭遇させるのは、反対だった。

 だから結局、クードが言うことは、今も昔も同じ。

 この村の中でおとなしく幸せに過ごしてほしい、というものだった。


 しかし――、


「絶対にやだっ!」


「なんでだよ!? どうしてそんなにもお前は剣士になろうとするんだ! 

 この一週間、修行をしていたみたいだけど、一回も、剣士としての技術を磨こうとしていなかったじゃねえか! 

 ただ、体力つけて、みんなと鬼ごっこでもなんでも、したかっただけだろうが! 剣士の練習をしないってことは、それほどなりたいわけでもないんだろ――、そうなんだろ!? 

 だったらいいじゃねえか! なんで――なんでなんだよッッ!」


「なりたいからだよ! なって、みんなを守りたいからだよっっ!」


 プラムは膝立ちの体勢のまま、いま以上にクードに迫る。


 クードは座っている、上手く身動きが取れない体勢のまま、プラムの接近を許してしまう。

 案の定、クードは逃げることができずに、プラムの顔を見上げる。


 真剣な目――プラムのその理由は、この場ででっち上げた、その場しのぎのテキトーな理由ではないのだろう。それを、目から読み取ることができた。


 みんなを守りたい――、みんなから今まで守られていたから、だからこそ、出てきてしまう願望だろう……目標だろう。

 それは分かる――でも、それでもクードは、認めることができなかった。

 鬼ごっこに負けたけど、ここは男として、約束を守らなければいけない状況なのだとしても、しかし、プラムを剣士にさせたくはなかった。


 このままだと――プラムは剣士になってしまう。

 なれるほどのセンスはあるのだ――あれならば、剣士になるための試験にも、一度も苦戦することなく、合格できるかもしれない。

 現時点では無理だろうが、でも、今から剣術の方の技術も習得し始めたら――、プラムはきっと、確実に、剣士になってしまう。


 もう、クードには止められないところまで、進んでしまう。

 だから、プラムの気持ちを折るのなら、ここしかない。

 ここで逃がせば、捉えることも、止めることもできないだろう。チャンスは今しかない。


 力づくでもなんでも、ここで止めることがプラムのためであり、

 そして悔いを残さない、自分のためでもあった。


 だから――クードは立ち上がろうとして、

 しかし――クードの体は動きを止めた。


 プラムの口が開いた。


「クーくんとわたし、一緒に剣士になればいいんだよ――そしてクーくんがわたしのことを守ってくれればいい。……ね、どう? それが一番、良いんじゃないかな? クーくんが守ってくれれば、わたしだって無茶なことはしないし、命の危険もないと思うよ――」


 それは、盲点と言える内容だった。


 クードは自分が剣士になって、プラムを守っていきたいと思っていた。それは自分が剣士でプラムが村人で――なんて、位置が違う立場であることを前提で考えていた。

 そこでクードの頭が、かちかちに固まってしまい、応用が利かなくなった。

 クードのその目的で言えば、別にプラムが村人であろうが剣士であろうが、どうせプラムのことを守ることができる。


 過程が違うだけで結果は同じ――、分かりやすくそこにあった分かれ道を、クードは自分自身の視界を狭めて、見えなくしてしまっていたらしい。

 一直線の道だけしか見ていなかったから、だからクードは、それだけに集中して進むことができたのかもしれないが、でも、視野を広くすることで色々と見えてくるものがある。

 この気づきは、クードの中で大きな存在となった。


「……おれに、守られる気、満々なのかよ……それなのに剣士になりたいとか言うのか?」


「すぐには無理かもしれない……、剣士になって当分の間は、クーくんに頼ることになるかもしれない――でもいつか、わたしだって、一人立ちする時がくるんだから……。

 剣士として、一人でやっていかなくちゃいけない時がくるんだから。

 その時に、わたしはみんなを守りたいって夢を叶えることを、目指すことができるんだよ。

 だから、剣士になることは必須なんだ……、

 クーくんに守られているからって、剣士にならなくてもいいってことじゃないんだよ――」


 やっぱり、どんな危険があろうとも、剣士になることを諦めることはできない。


 プラムはそう言った、その後に――、

 お願い、と両の手を胸の前で合わせて。


 それだけで、剣士になることを許可する者などいないと思うが――、それにプラムだって、ダメ元でやってみた行動だったのだが――、

 しかし近過ぎるこの距離で、みんなのためという、その剣士になりたい理由を聞いて、必死な気持ちを込められたお願いをされれば、男ならば。

 加えて、その中のクードならば、断ることはできないだろう。


 ぐぐっ……、とクードは身を引いたが、それを追うように、プラムが近づいてくる。

 真後ろに壁がない状況で、どこまでも逃げることができる環境だが、それができるための体勢ではなかった。

 クードは体を起こした状態から再び背中から倒れて、仰向けの体勢に。

 そしてその上に跨ったのは、プラムだった。


「――って、おい!? 待て、なんでこんな体勢に――」


「クーくんが、わたしが剣士になることをおーけーしてくれるまで、逃がさない」


 クードが顔を真っ赤にする――、

 ほんとに、無自覚でプラムには振り回されてばっかりだった。


 今だって、真剣な話をしているというのに、クードの視線はプラムの太もも、その細い腕に奪われてしまう。胸元だけは、見えないのが残念だったけど――、

 そんな邪念を抱いてしまうのも、警戒心が薄く、無防備なプラムのせいだった。


 この状況――、そしてこの体勢は嬉しいものだが、でも、これが長く続けば、恐らくは自分の方が耐えられなくなってしまうだろう。

 そう思ったクードは、もうやけくそだ、とプラムの条件を飲む。


 つまり、


「分かった――分かった認める! 認めるからそこをどいてくれ!!」


「――ほんとに? ――ほんとにほんとなの!? やった……――ありがとクーくん!」


「ば――だからくっつくなって! つーか抱き着くな、ぎゅっとするな――バカっ!」


 鼓動が速くなるクードの声が裏返り、情けない感じになっていた。

 しかしそのクードの変化に、プラムは気づいていなかった。


 プラムは、自分のその行動がクードを動揺させていることに、気づいていなかった。

 どこまで行っても、無自覚のまま――、無意識のままに、周りを振り回す。


 ―― ――


 だが、そういうキャラクターが、いつだって世界を動かした。


 振り回す対象は周りの人間だけではない――、世界さえも振り回す。

 世界に振り回されていることに自覚なく、振り回していることにも自覚なく。

 しかし気づいてなくとも振り回されて、振り回している。


 これは世界との戦いとも言えるが――大きな戦いとも言えるのだが。


 しかし互いに気づいていない――戦いとも言えない戦いだ。


 プラムはこうして剣士になることを、クードに認めさせるところまで到達することができた。

 しかしそれはまだ二歩目くらいの距離でしかない。


 まだまだ、剣士プラムまでの道は遠い。

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