第13話 プラムの罠

 プラムはきっと、高所恐怖だとは言っても――、

 あの屋根から降りてくることはできるだろう。

 時間はかかるかもしれないけど、ここで諦めるような精神力を、揺らぐような決意を、しているわけがない。これまでの成長速度を考えれば、それくらいは分かった。


 時間はある――ならばゆっくりと考えることはできる。

 動き続けるという作戦に切り替えるのはいいが、ただ動き続けるだけでは、動き続けるという本領を発揮できるとは思えない。

 隠れないのならば、プラムから視線をはずすことは危険だ。

 クードは木が立ち並ぶこの場所の木を、自分を隠す壁にしながら――、

 そしてそこをまるで(東の国の)忍者のように歩きながら、プラムが苦手と戦っている戦場である、屋根へと、目を向けた。


 時間にして、数分程度、目を離していただけだった。

 距離としては多少、目に集中することが必須となるが、ここからプラムの様子が見えないというわけではない。しかし通常の状態で見れば、やはりぼやけてしまう――。

 だから、見えなかった……というわけではなかった。


 いくら目に集中させて、プラムの姿を探したところで、屋根にいるはずのプラムの姿は、遂に見つけることができなかった。

 角度的な問題ではなく――自分の視力の問題でもなく、単純にプラムという少女は、この数分程度の時間で、自分の苦手を克服していた、ということだ。


 クードは咄嗟に、周りに意識を向ける――、

 眼球を不気味に、忙しく動かし、周りを観察する。


 プラムは、どこにいる――? 


 この場所は、木が立ち並ぶ、村の中にある、森の入口のような場所。

 このまま進めば、村の外にある森に繋がっているために、鬼ごっこの範囲を村の中だけと決めた時には、なんとも曖昧な境界線を生んでしまう場所になっている。


 クードがここにいることを選んだのは、木が立ち並んでいるからこそ、死角が増え、隠れやすい――見つかっても木を壁にできるからこそ、逃げやすい、というメリットを選んでのことだ。


 だがデメリットも存在する――、木を壁にできるということは、相手も壁にできるということだ。クードだけが使える、有利な環境というわけではない。

 自分が使える武器は、相手も使える――。

 プラムはどこかで、クードと同じように、こうして相手を狩る機会を窺っているのではないか……、そんな推測が、クードの動きを鈍くする。


 鼓動を速めながら、しかし動きはゆっくりと、クードは先へ進んでいく。

 木から木の間は速く、木に留まっている時間は長く――、周りを観察する時間も、長く。

 三百六十度、隙のない敵の攻撃範囲に、こうも集中するというのは、神経を必要以上にすり減らしていく。


 まずい、と思った。

 これはプラムの作戦通りかもしれないが、もしかしたら、ただの自滅の可能性もある。


 思いきりも大事だ――、ここで守りに入ってしまっているのならば、いっそのこと、攻めてしまえばいいのではないか。

 ここから全速力で、森を抜けて、村に出てしまえばいいのではないか――、動かない状況を打破するにはそれしかない。

 クードは悩んだ末に、動き出すことに決めた。

 もしもこの行動が裏目に出たとしても、逃げ切れる自信はあった。


 それは、なければいけないものだった。


 心の中でカウントして――十秒後。

 クードは駆け出した。


 草が足に絡まっているような、そんな動きにくさを感じたが、もちろん、絡まっているわけではなかった。多少の引っ掛かり程度のものでしかない――、自身の力で無理やりに引き千切ることができる範囲での、引っ掛かりだった。


 森の中から飛び出したクードは、村の中を走る。

 すると、目の前からのん気にも歩いてくる少年を見つけた――、

 その少年は胸の前で両手を合わせて、「ごめん――捕まった」と言った。


 副リーダーの少年は、そう言った。


「――ってことは」


 つまりは、鬼ごっこ――残りはクード、ただ一人。

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