第11話 鬼がいる間に その2

 クードは森の中を通り――、

 並んで立っている木から木に飛び移りながら、村へ向かって行く。


 クードが修行している場所から村までは、そう遠くはない。

 だからそう時間はかからずに、村に辿り着くことができる。


 木の枝と葉のアーチをくぐりながら進み――最後の葉を、門のように構えている葉の塊を手で押しのけ、日の光を全身で受け止める。

 そして現れた世界は、見慣れた、いつもの風景だ。

 しかしいつもの風景とは言え、木の上から見たものだ。新鮮な、日頃あまり見ないような風景であるのが、いつもと違うことではあった。


 ――どすん、と鈍い音を立てながら。

 衝撃を足に伝えさせて、クードが村の中に着地する。


 もう、ここからは言い訳ができない。

 今までの、村までの道中、プラムに、もしも捕まってしまったとしても、その時はまだ、村に辿り着いていないから、まだスタートとしていないから、という言い訳が立つのだが――、

 もうこれ以上は、こうして村に辿り着いてしまったのならば、言い訳は絶対にできない。

 まあそれは、捕まってしまった場合のことである。

 ようは捕まらなければいいだけなのだ。


 それよりも以前に、捕まる気などさらさらなかったが。


「…………」


 その時、クードが着地した場所、少し近くの草の茂みが、がさごそと動いた。

 その音は大げさではなかったものの――、しかし隠れているのだとしたら、そのごく僅かな音も、致命的な音になっているだろう。


 こうしてクードが気づけたのが、なによりも決定的な証拠だ。


 プラムだって、さすがに今の音には気づくだろう。


「なーにやってんだよ、リーダー」


「ば、馬鹿野郎! クードてめえ、プラムに見つかったらどうすんだってよ!」


「大丈夫だよ、プラムはあっちの方で、ユーちゃんを探してたからな――あ、それと鬼ごっこ、おれも一緒にやることになったからよろしく」


「――なら、ちょっと来い、お前!」


 茂みから腕が伸びてきて、クードはその手に、服を引っ張られた。

 声は聞いていたが、腕は完全な不意打ちだったので、咄嗟に踏ん張ることしかできない。その踏ん張りも、タイミングがずれてしまったばかりに、力が変な方向に逃げてしまい、大げさにバランスを崩してしまう。

 クードは頭から茂みに突っ込み、足を空に向けた体勢になってしまう。


 すぐに足を引っ込め、頭もいつも通りの位置に戻し――そして体勢も整える。


 頭に乗っかっている小枝や葉っぱが気になり、それを手ではたき落しながら、


「――なにしやがんだ!」


「落ち着けよ、クード。冷静クールにいこうぜ。……プラムに勝つためには、そう、こうして隠れることが一番、効果があるんだと最近になって気づいたんだぜ……」


 リーダーと呼ばれる少年は、くっくっく、と笑っていた。


 雑魚の匂いがぷんぷんしているが、

 今に始まったことではないので、クードは触れることなく流しておいた。


「こうやって隠れていることが、最大の効果を発揮する? 鬼ごっこなのに、か? まあ見つからなきゃ、追われる心配もないし、逃げる必要もないけどさ、それって楽しいのか? 

 追われて、逃げるから、鬼ごっこだろ? それが楽しくていいんじゃねえか。

 つーか、相手はあのプラムだぜ? 

 いくらたくましくなったとは言え、鬼ごっこで男が女に負けるわけがねえよ」


「そういう先入観が、負けるフラグになっちまうんだけどな……」


「なんだよ、お前、もしかして、プラムに捕まったのか……?」

「ああ、ついに昨日、やられたよ」


 その言葉に、さすがにクードも、驚いた。

 目の前の少年は、クードのように体を鍛えているわけではないが、しかし遊びに関して言えば、全てのことに挑戦しているようなものだ――、体力には自信があると、本人も言っていたし、クードと同い年である……、それなりの体力はついているはずだ。


 だが、そんな少年でも、昨日、プラムにやられた。


 昨日、プラムから逃げ切っていたのは、この少年と、副リーダーと呼ばれる少年だと思っていたが、どうやらその予想は間違っていたらしい。

 この鬼ごっこをしているメンバーの最高年齢は、クード達の年代なので、リーダーを抜いたとすれば、昨日、逃げ切ったメンバーには、年下がいるということになる。

 それはその年下が凄いのか、このリーダーが弱いのか――、判断に困るところだ。


「まあ、お前はいつも通りに油断したんだろうけど――」


「いいや――いや、油断はしてたんだけどよお、もしも油断をしていなかったとしても、俺はたぶん、プラムに捕まってたなあ。

 捕まってから分かる――今のあいつは、ほんとに俺よりも体力あるぜ?」


「珍しいな……お前が、強がりを言わないなんてな」


「認めたんだよ――プラムを。

 それと、馬鹿にしてたことを、反省してる。一週間前くらいから、ほぼ毎日のようにこうして鬼ごっこをしているが、最初の頃は全然だったぜ? 誰も捕まえられない、すぐにばてて、倒れてしまう、こっちはひやひやもんだったんだぜ? 

 でも、俺らがもういいと言っても、休んでろと言っても、あいつは聞きやしなかった。

 どれだけ吐きそうになっても、鬼ごっこの鬼をやめることがなかったんだよ。

 自分から鬼をやりたいと言って、決して、逃げる方には回らないんだ」


「あいつ……無理しやがって」


「でも、一日ずつ、一日ずつ――、あいつは捕まえられるようになっていった。

 見てたら感動するぜ? 毎日、少しずつだけど、きちんと成長していくあいつを見てることができるんだからな。だから俺らも、協力したくなっちまったんだよ。

 あいつが一体、なにを目指しているのかは知らねえけど、目標を持って進んでる奴を、馬鹿になんてできなかった」


「…………」


「あいつはもう――あのプラムじゃねえんだろうなあ……」


 置いて行かれたよ――と、リーダーは遠い目をしながら言う。


「もうあいつには勝てねえよ、それが昨日、分かった。けどな、走りで負けたからって、この鬼ごっこで勝てないわけじゃねえんだよ。こうやって隠れていれば、それで逃げ切ることができるんだから――簡単なことだぜ。体力で負けたところで、頭では負けねえぜ?」


「そうか――」


 クードはそう答え、茂みから一歩、踏み出し、外に出る。

 そのクードの背中にめがけて、リーダーが手を伸ばし、叫ぶが――その時、隠れていることを思い出したのか、すぐに手を引っ込めて、口を両手で塞ぐ。

 ぶつぶつと文句をこぼす声が微かにだが聞こえてきたので、クードは一応、伝えておいた。


「あー……そろそろそこにプラムが来るはずだから、気をつけろよー」

「――は?」


 ちょ、待て――という声が聞こえる前に、クードはもう走り出していた。細かい言葉は聞こえてはこなかったが、リーダーの悲鳴だけは聞こえてきたので、プラムがもうそこに到達したということには、クードも気づくことができた。


 もう辿り着いた……予想よりも、全然、早い。

 このままでは、時間はかかっても、追いつかれることは確実だろう。


 だがそれは、このままの速度だったら――の話で、速度を上げれば当然、追いつかれる危険性は減ることになる。クードは走る速度をぐんと上げて、村の中、石造りの家の壁に足をかけ、勢いそのままに駆け上がり、屋根に着地する。


 屋根の上から村の半分ほどを見渡すことができ――、百八十度、首を回せば、また村の半分ほどを見渡すことができる。

 ここにいれば、プラムが来ても大丈夫だろう。きちんと目視できるし、逃げる準備が容易にできる。それに、逃げるルートも広がっている。

 簡単に捕まることはないだろう、ここはそういう有利なポジションだった。


 そして――、そんな場所には、クード以外にも、もう一人いた。


「やっぱ、こんなところにいたのか……というか、眠ってるじゃんか」

「ん……なんだ、クードか。やっぱりクードも、プラムと一緒にやりたくなったの?」


「そういうわけじゃねえっての。いや、まあ、きっかけはプラムだけど……」


「そうなんだね……なら、座りなよ。

 あと二人――、残りの逃亡者が二人だけになったら、動き出そうよ。

 それまでは、充分に休んでおこう」


 そう言って、副リーダーと呼ばれる少年は、一度上げたまぶたを、再び下ろした。

 すぐに寝息が聞こえてきて、その呼吸音に、クードも眠気を誘われる。


 それにしても、こんな状況でよく眠れるな――と思う。成長したプラムならば、いつここを見つけて、よじ登ってくるか分かったものではない。

 今すぐにでも、クードが振り向いたところに、もしかしたらいるかもしれないのだ。

 そう考えると、いくら眠くても、眠ることはできなかった。


 だが、


「……あ、そう言えばプラムって――高所恐怖症だった……」


 忘れていた幼馴染の弱点の一つを思い出したのと同時に、ここにいれば安心という確信が、眠気を加速させ――、そしてクードの意識を奪った。


 ―― ――


 鬼ごっこ――、残り人数は、四人。


 現時点での逃亡者は全員――、村の中にいる。

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