第9話 プラムだけが持つもの

 とりあえず、さっき言った通りに森の中の散歩をしているプラムは、今後のことを考える。

 腕組みをしながら、周りの景色など眼中にないくらいの集中力で、考える。

 考えるが、しかし――その考えの末、三十分、悩んでも、答えはまだ出ない。


 修行――、


 剣士になるための。


 クードがやっている修行をそのまま真似る、という手は、今のところ有力候補ではあるのだが、だけどあまり、クードと同じ修行をするというのも、どうかと思ってしまう。

 人には向き不向きがあり、その人に合った修行方法というものがあり――クードは自分に合っている修行方法だからこそ、その修行をしているのだろう。

 それを、プラムがまったく同じ修行をして、着実に力がつくかどうかと言われたら、分からないとしか言えない。


 レベルが低いのに、自分には合わないレベルの高い修行をして、結果が良い方向に進むとは思えなかった。変な風に、体を壊してしまうかもしれないし――。

 感覚として、癖として、歪んで体に染みついてしまうかもしれない。


 まだ歩き出したばかりのひよっこ剣士志願者であるプラムが、そんなことを考えたところで、結局は、知識もなにもないのだ――色々と考える間にも、専門的な人に聞くべきだとは思う。

 だが、プラムが知っている限り、剣士に詳しそうなのは残念なことに、クードしかいない。


 そのクードは、プラムが剣士になることを反対している。

 聞きに行ったところで、両手で押し返されてしまうだろう。

 それに対抗しようとしても、力は弱いプラムだ――言葉に弱いプラムだ。

 クードに勝てるわけがない。


 なので――結局。


 ――おかえり、散歩中、のんびりすることで色々と考えられた?


 散歩が終わってから村に向かうのではなく、いつもの倉庫に戻っていた。


「……うん。現状、なにをすればいいか分からないことが、分かった……」


 まあ、見事に予想通りね――と『彼女』は笑いながら言う。


 ――つまり、修行をしたいけど、どうすればいいか分からないと……。

   でも自分で考えて、答えに辿り着けなかったの? 剣士なんだから、腕の力が必要だとか、だから腕を鍛えようとか――、プラムでもできそうなものだと思うけど。


「それは考えたけど、わたしみたいな弱い体で、いきなりそんなことしても大丈夫なのかな? 

 ……なんだか、取り返しのつかないことをしてしまうんじゃないかって、すごく心配なんだよね――」


 胸を両手で押さえながら――プラムは不安を抑え込もうとしている。


 ――まあ、そういう心配もあるにはあるけど――。

   プラムの場合は少しの運動でもオーバーワークになるだろうしね。

   ……そうね、なら、剣に関しては、なにもしなくていいよ、プラムは。


「……え」


 ――いやいや、そんな絶望的な顔をしないで。別に、なにもするな、って言っているわけじゃないんだから。簡単なことよ。プラムは毎日、少しずつでいいから、ランニングをすること――それと村のみんなと交流を広めること。

 これを毎日やれば、今のプラムとは比べものにならないくらいに、見間違えるくらいに、変われることができると思うよ?


「……それだけ……?」


 ――なに、不安? 


「そういう、わけじゃないけど……、だって言葉だけで聞くと、どうにも楽そうに聞こえるから……。修行ってもっと大変で、つらくて、汗を垂らしながらするものじゃないの?」


 ――あー。知識があるにはあるけど、狭いってところね。

   うん、汗を垂らしながらの修行もあるけどね、それ、プラムがやって、できると思う?


「……できないと思う」


 プラムは即答した。

 冷静に自分を見つめることは、できている――。

 だからと言って、冷静に自分を見つめたところで、剣士になれるような体質ではないことが分かっても、剣士になることを諦めるプラムではなかったが。


 ――そ。だから、向き、不向きってところよ。

   汗を垂らしながらの修行っていうのは、恐らく、クードを見てのことでしょう? 

   まあ、彼しか見本になるような人はいないから、そういう発想になるのは分かるけど。

   プラムはそれには向いていない――それ以前に、できないでしょう? 

   だったら――それはプラムには向いていないということよ。

   だから、プラムに向いていることをする。向いている修行方法を、実行する。

 

 それが――さっき言った、ランニングと、交流。


 ランニングは分かる――だが村のみんなとの交流は、よく分からなかった。


 それは本当に必要なことなのだろうか。交流しておけば、それはそれで剣士だけには限らず色々な場面で役に立つので、ここで反対する理由があるわけではないのだが。


 ――ランニングはつらくない程度で。交流は毎日、絶対、村のみんなと話すこと。

   それとこれ以上、私達のことを信じさせようとしないこと。それであなたは変人扱いされているんだから、少しでも変人扱いされることを減らすように、優しく、いつも通りのプラムでいなさい。黙っていれば可愛いんだから。

   なにもしなければ保護欲を刺激された老若男女が寄ってくるんだから、簡単でしょう?


「黙っていれば可愛いってところが少し引っ掛かったんだけど」


 ――話せば話すほどに、ボロが出るのよ、プラムは。


「うぅー」


 目を細めて、プラムが睨む。


 ――ま、変人とは言え、半分以上はそういう仕草で子供っぽいから、変人度よりもそっちが勝ると思うから、変人の部分は塗り潰されると思うけどね。


「……変人変人って。まあ、いいけど――、でも、本当に大丈夫なの? まともに体を鍛えるのは、ランニングだけになっているけど、それだけで、大丈夫なの? 

 わたしは剣士に、なれるの?」


 ――なれるかどうかを聞くの? なる、でしょ?


「そう、だけど――」


 自信なさげな声に、はあ、と溜息をついて、


 ――大丈夫。プラムには、誰も持っていない最大の武器があるんだから、別に、剣士としての技術を磨かなくても、どうにでもなるわよ。

   だから今は、ひたすらに体を鍛える。体力をつける。

   村の子供達を全員、鬼ごっこで捕まえられるくらいには、体力をつけてほしいものよね。


「わたしにしかない――武器?」


 首を傾げるプラムは、『彼女』の言葉の答えが分からなかった。

 自分だけにしかない――、それはなんなのだろう?


 近過ぎて分からないこともある、と言ったように――、

 プラムはゼロ距離だからこそ、自分のその武器に気づけていなかった。


 それだけが疑問だった――だが後は、その修行方法に疑問はない。

 やっと動ける――今すぐにでも動きたいと思ったけど、その時、


「プラムー、いるのかー?」


 という声が扉越しに聞こえてくる。


「あ、はーい! ……お父さんだ」


 ――それじゃあ、明日からやりなさい。

   とりあえずは、一週間。

   小さな目標を作って、コツコツとやっていけばいいから――ね。


「うん――分かった、ありがとう。みんなも、ありがとね」


 倉庫にある全ての剣にお礼を言って、

「今から行くよ、お父さん」と、プラムは扉へ向かった。


 扉を開け、そして開けっ放しのまま、プラムの父親が片足だけ、倉庫の中に入ってくる――、

 入ってくると言うよりは、踏み込んだ、だけだったが。


「――またみんなと話していたのかい?」

「うん! ……でも、お父さんも結局、信じていないんでしょう?」


「ははは、そりゃそうさ。俺は剣の声なんて聞こえないからな」


「そっか……じゃあ、しょうがない」


「お……珍しいな。プラムがそこで、引き下がるなんて。

 いつもなら、信じてくれるまで体を離さないって、叫ぶはずなのにね」


「――い、いいからいいから! そんな昔のこと、あまり言わないで!」

「おいおい、あまり押すなって。あと、昔って、つい最近のことだけどなあ、今の話は」


「お父さん!」


 少しの怒りを含んだプラムの声が、倉庫内に響き渡る。その後、ぐいぐい、とプラムは父親の背中を押して、倉庫から外へ出て行った。

 残された剣達に、一瞬だけ視線を向けて、扉を閉める。


 そして、


「――おやすみなさい」


 父親の背中に顔をぴたりとくっつけて、聞こえない程度の声で呟いた。

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