第8話 雛鳥は飛び立つ

 死という言葉にびくりと反応する――プラムのその反応に、気づいてなかったの? とでも言いたそうに、『彼女』はじっと、プラムを見つめている。


 剣士という職業の良いところばかりを見ていて、それだけを頭に入れていて、肝心の悪いところを見つけることを怠っていた。

 良いことばかりではない――、というのはどんなことにも当てはまることだ……、

 剣士だって例外ではない。それに剣士の場合は、良いところよりも悪いところの方が、数も質も、多くて、高い気がする。


 命懸けの職業で――死をパートナーにしているようなもの。


 いつ隣から襲われてもおかしくはない――それだけ危険な職業なのだ。


 となると――なるほど。

 昨日、話した時の、母親のあの取り乱しよう――そしてプラムの意見に絶対反対の様子は、納得できる。誰だって子供が死んだりするのは嫌だろう。

 悪いところに釣り合うような、良いところも存在している剣士だが、その良いところが命を懸ける価値があるものだ、と思えなければ、厳しいだろう。


 母親の気持ちが分かってしまう――だからつらい。


 さらにつらい思いをさせてしまうから――だからつらい。


 死の可能性を聞いても、自分はまだ、剣士になることを諦められないのだから。


 ――……プラムの目を見ていると、

   どうやらこれを聞いたところで、諦める気はなさそうね……。


「ご、ごめんなさい……」


 ――謝ることじゃないよ……。

   プラムは剣士になりたいんでしょう? ずっと、家でごろごろしていて、自分からやりたいことを言わなかったプラムが、初めて、やりたいことを見つけることができたんでしょう?

   だったら、やってみるべきなんじゃない? そりゃあね、私だって、プラムには怪我をしてほしくはないし、最悪のケースのことも考えちゃうけど、

   それを言ったら、全部に当てはまることだしね。

   つまり、私は全然、プラムが剣士になることは、賛成なのよ。


 それに、プラムが剣士になった場合は有利そうだしね――と、


『彼女』は最後にそう付け足した。


「いい、のかな……こんなわたしが、剣士になっても――剣士を目指しても」


 ――私だけの言葉じゃ足りない? 

   なら、聞いてみればいい。みんなはどう思うの?


 ――儂は、良いと思うがなあ。若いんだから、なんでもやって、当たって砕けてみればいい。

   それでこそ分かることがある。それでしか、分からないこともあるんだからな。


 ――お、今のは老体のセリフみたいだったぞ、老体。


 ――おい待て! 老体をあだ名みたいに言うんじゃない! 

   それを定着させたらほんとにお前のこと、一番最初に殺しに行くからな!?


 ――やってみろ、ベイビー。


 ――お前もテキトーにカタカナを使えばいいと思ってるんじゃあるまいな!? 

   儂だってカタカナくらい使えるぞ? あと老体なのか赤ん坊なのかどっちだ!?


 ――はいはいっ! あなた達はまったく……、すぐに喧嘩しないの。

   というか質問したのはこっちなのに、まさかこうも早く話の進路を変更されるとは思わなかったわ……。どうしてあなた達は話し出したら喧嘩しかしないのよ。


 ――『だってあいつが!』


 ――二人でハモるな気持ち悪い!


「あの、もういいよ……みんなならきっと、賛成してくれると思うし――」


 ――甘い! 甘いよプラム。ここできちんと教育しておかないと、このおっさんと、このロリコンは絶対にこれ以上の成長をしないから!


『彼女』の声には力が入っていた。

 気合は充分――プラムのことなど忘れて、二人の、二振りの剣の教育指導を始める。

 それに口を挟めるプラムではないので、腰を下ろすために、椅子に座ろうとしたところで――しかし、止められた。


 声は若い――小さな子供のような声で、その高い声がよく通る。


 ――僕は反対だよ、お姉ちゃん。


「あ、え……」


『彼女』が賛成してくれたものだから、他のみんなも同じように賛成してくれるとばかり思っていたが――やはり反対意見も存在していた。

 少なくない数の剣があるのだから――みんながいるのだから、それは当たり前なのだが、しかしプラムの中でその答えは、想像以上に重たく突き刺さる。


 ――だって、剣士でしょう? 女の人の剣士ってあまり聞かないけど――、まあいないってことはないんだろうね。でもね、なんで少ないと思う? お姉ちゃん。


「それは――女の人には、人気がない、とか……?」


 首を傾げながら、プラムが答える。


 ――人気は男の人と変わらないと思うよ。誰だって、憧れるものだしね。

   単純な答えなんだよ。女の人の剣士が少ない理由――それはね、生き残れないからだ。


 生き残れない――、剣士の世界は、女性には厳し過ぎる世界だから。


 ――まともな体を持っている、それ以上に、鍛え上げた体を持っている女の人でも、生き残っているのはごく少数。そんな世界に、弱い体というハンデを持ったお姉ちゃんが飛び込んで行って、無事でいられるとは思えない。

 だから僕は反対するよ――お姉ちゃんには、花屋さんみたいな、癒しの空間が似合っている。

 誰かを癒すことに向いている――、お姉ちゃんにはそれが一番良いと僕は思うよ。


「……そっか。きちんと、考えてくれてるんだね――ありがと」


 ――そ、そんなこと……。


 ――私もそれには同感かもねー。殺されにわざわざ行くべきじゃないし。それに、剣士になるってことは、ここから離れるってことで、私達に会えなくなるってことでしょ? 

   私はそれ、嫌だからね。プラムがいないと話せないんだから。遠くに行っちゃやーよ。


 ――……結局、自分のためなんだね、ピンクのお姉ちゃんは。


 ――自分が一番。子供にはまだ、この領域は早いわよ。

   すぐに分かることになるの。結局、信用できるのは自分だけってね。

   ……でも、プラム。あんたは私自身の次に信用できる人だから、

   だから、死んでほしくないって思うわけ。それだけ!


「みんな……」


 賛成と反対、両方の意見があり、それぞれの意見のさらに奥までも、聞くことができた。

 それを踏まえて、自分はどうするのか――考えるまでもなく、答えは決まっていた。


 固定されていた――最初から揺れることなく、どうすればいいのかなんて、聞くだけ無駄な一つの答えを、プラムはもう既に、自分で見つけているのだから。


「ごめんね――それでもわたしは、剣士になりたい。なってやるって、思ってるよ」


 ――これだけ身近な仲間の意見を聞いて、反対意見も中にはあっただろうに、それでも最初から決まっていた意見を曲げないってことは、

   それはプラムの中で、それほどに、大事なこと、なんだね。


「無謀だと思うけど――」


 ――でも、やめないんでしょう?


「……やめない、と思う」


 ――プラムにしては、上出来ね。それ以上かも。


 いつの間にか、『彼女』は二振りの剣の教育から戻ってきていた。声だけのやり取りのはずで、プラムにもきちんと聞こえていたはずだが、他の剣と話している間、そっちに集中し過ぎて、『彼女』の声なんて聞こえていなかったのだ。


 だから耳を澄ませば、今まで聞こえていなかった声が聞こえてくる。


 ――すいませんすいませんすいませんすいませんすいません。


 ――説教された……儂が、この儂が――あんな、小娘に、うわぁあ!?


「……気になってしょうがないから聞くけど、二人になにをしたの?」


 ――言えないようなことー。


『彼女』は笑顔でそう言った。笑顔に聞こえるだけだが。

 内容が気になる――けど、なんだかその内容は聞いてはいけない気がして、プラムはそこで踏みとどまっておいた。


「じゃ、じゃあ聞かないでおく……」


 ――うんうん。それで――、気持ち的には剣士になることは、決まっているんでしょう? 

   どうせ、反対意見をどれだけ出したところで、プラムはやめる気なんてないんだから、無駄なことはしないわよ。

   とりあえず、そうね――剣士になるために、修行でもしておけばいいんじゃないかしら?


「修行……クーくんがやってるようなやつ?」


 ――それでなくてもいいけど――、つまり体を鍛えなさいってこと。

   ひとまずは、それをしているかしていないかでも、充分に変わってくるし。

   その他の剣士になるために必要なことは、追々、調べていけばいいわけだしね。


「うん、分かった……やってみる」


 ――ふふ、素直で良い子。

   よしよししたいけど、残念ながら手がないから、撫でられないんだよね。


「気分的には、撫でられているような気分の話し方だから、満足だよ」


 ――それなら良かった。


 そして、プラムが立ち上がる。

 よし、と気合を入れて、倉庫の出口に向かう。


 ――もしかしてだけど、もう修行でも始めるつもり?


「うん。でも、過激なことはしないよ。まずは森の中を散歩してみようかなって。

 色々と、歩きながら考えてみたいこともあったし――、

 集中をするため? 瞑想? みたいな感じだよ」


 ――なんか、可愛い修行方法ね。

   それで剣士になれるのか、怪しいところだけど。


「頑張る!」


 両の拳を作るため、胸の位置でぎゅっと握る。


 それから出口の扉のドアノブに、手をかけた。



 さあ――飛び立つ時だ。


【剣士プラム】までの――その道のりの、第一歩目だ。

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