第6話 村の幼馴染 その2
「いや――、なんか当然のように勝負する形になっているけど、嫌なんだけど」
「文句を言わないの! もう準備しちゃったんだから、やるしかないじゃん!」
別に、準備してしまったからと言って必ずしもやらなければいけないことではないのだが――プラムはもう引けないのか、引く気がまったくなかった。
それに少しの興味もあったのだ――剣、剣士に。
村の子供達は必ずと言っていいほどに剣士に憧れを持ち、
それはプラムも例外ではなかったのだ。
ただプラムは――体が弱くて。
憧れるべき年代の時には――そんなこと、考える余裕すらもなく。
これは反動なのかもしれない――、あの時、抱けなかった感情を、見逃してしまった感情を、今、クードを見て、再び燃え上がらせているのかもしれない。
なにも今、本気で剣士になりたいと思っているわけではなく、プラムはただ、クードが目指す剣士という職業がどういうものなのか、入口でもいいから――触れてみたかっただけなのだ。
体験してみたかっただけで――だからクードと戦うことを望み、
その望みはクードからしたら、勘弁してくれと願うものではあるのだが。
「お前さあ……おれに勝てるわけないじゃん。おれは毎日毎日、ここで鍛えてるんだ。お前は家でごろごろ、ベッドの上でごろごろしてるだけだろ?
そんな貧弱な体で向かってきたところで、おれは全然、恐くないし――それに戦うって言ったってさあ、お前のことなんか簡単に傷つけることができるんだ……そんなことしたくねえ」
「わ、わたしだって鍛えてるし! 毎日毎日、みんなに話しかけるために走ってるよ?」
「それは鍛えているとは言わねえ。お前がやってることは母親がやってる家事とかの運動とあまり変わらねえぞ? 運動って言わねえ、それは。それは生活の一部なんだよ」
「……そんなにわたしと戦いたくないの? もしかして――負けるのが恐い?」
「……そんな挑発にもなってないような挑発をされても……はあ、しゃあねえなあ」
クードは諦めて、木の棒を構えた。
どうやら覚悟を決めたらしい――ただし、それはプラムを傷つけ倒すための覚悟ではなく、プラムを傷つけないように戦いを終わらせることに向けて、である。
「わたしだって、弱いままじゃないんだからね!」
プラムも構え――木の棒を両手で支える。
今にも折れてしまいそうな木の棒と――プラムの細い腕。
見て分かるのが、どうしようもなく勝てるわけがないという感想だ。
誰がどう見たところで揺るがない、獅子とウサギの――その差。
獅子は、ウサギにも全力を尽くすと言うが――、
そういう意味では、クードは獅子には成れないだろう。
しかし――プラムの方は、
「――いいから、打ってこいよ。
テキトーに三発ほど打ち合えばそれで満足だろ?」
クードの隙は――この戦いの中では恐らく、ここしかなかっただろう。
最初の一発目――、クードの油断は、ここだけだった。
余裕は消える。
クードの認識に、間違いがあったと、彼は気づく。
プラムが振るう木の棒に――、躊躇いはなく、遠慮はなく。
彼女は楽しそうに、ただ向かってくる。
「――やあ!」
勢いだけと言えるその攻撃は、クードに当たることはなかった。空を切り、クードの手前に振り下ろされる。それは元々から、攻撃がはずれていたわけではなく、クードが、はずさせたのだ。つまり――、クードは、避けなければ、プラムの攻撃が当たっていたというわけだ。
クードにその行動を、取らせた。圧倒的な差があるにもかかわらず――だ。
毎日にように鍛えているクードと、体が弱く、まともに生活することも【危ない】とまで言われた過去を持つプラムとの戦いの中で、クードが起こしたその行動は、実際ならば、絶対に起こらないような、あり得ないことである。
獅子とウサギ――その比喩。
獅子に成れないクードだが、プラムの方は、ウサギに成れている。
ウサギの役目はただ一つ――、獅子に、全力を尽くさせること。
引っ張り上げること。自身でギアを上げることができないのならば、上げさせる。
今の一発と、クードがさせられた行動――それがクードのギアを上げる。
意識を変える――。
「……余裕をかましてる場合じゃねえってのは、分かったけど――」
クードが呟いた。その声はプラムにまできちんと聞こえている。
クードの変化に合わせてプラムも意識を変える。今の一撃に、結構な力を使った。今にも倒れてしまいそうなほどに足がガクガクとしているが、ここで倒れるわけにはいかなかった。
自分から仕掛けたのだ――自分の都合でやめたくはないし、それに。
それに、今のは楽しかった。久しぶりに、運動をした気がした。
憧れた――みんなと楽しく追いかけっこをしたりして、遊ぶことを。
そういう遊びとは少し違うかもしれないけれど――この戦いだって。
この戦いだって――プラムがしたかったことと、まったく違うわけではないのだ。
「へっへーん。どう? わたしも頑張れば、もしかしたら剣士になれるんじゃない?」
胸を張るプラムの目の前――遠くの位置にいたクードの姿が、いつの間にか消えていて。
そして突然、クードが現れた位置は、その位置は遠くとは言えず、その位置は【近い】と言える位置で――。
プラムの瞳に映るのは、クードの、表情だった。
「お前にゃ無理だよ。それに……剣士になることを、おれは絶対に認めない――」
クードの手が、プラムの木の棒をはたき落す。
その時の衝撃で、手がびりびりと震えて、力が入らなくなる。
クードからすればそこまで力を入れたわけではないのだろう――だからこの痛みは、痺れは、単純にプラムの方の問題だった。
慣れていないから、経験がないから――耐性がついていないだけ。
そしてその一撃が、とどめだった――プラムの限界に達していた足が、がくんと落ち、体を支えることができなくなった。
真後ろから、もしもそのまま倒れていれば、手で転倒の衝撃を受けることができないため、後頭部から落下してしまっていただろう。
プラムにかかる負担は、途轍もなく大きいはずだった――、だが最悪のケースは回避することができた。倒れるプラムの背中を、支えたのだ。クードが手を回して支えていた。
手に持つ木の棒を投げ捨て、両手で、抱きかかえていた。
踏ん張り、支えた時の反動でプラムのことを持ち上げてしまったのだが――持ち上げたために、クードとプラムの顔と顔が、接近してしまう。
鼻と鼻が――触れ合うくらいには。
「――ひゃ、ひゃあ!?」
先に声を上げたのはプラムだった。クードの方はプラムのことを助けるために、意識を全てそこに集中させることに必死で、余計なことに考えを割くことができなかったのだろう。
だからまだ余裕があるプラムの方が先に、意識してしまったのだ。
クードの呼吸が、間近で感じ取れる。
近い――。
なんとなくだけど、目を瞑ったプラムはそのままされるがままに――、地面へ優しく、背中から着地した。
「ん、んんんんん――」
「……なにしてんの、お前」
目を開けると、目の前にはクードの顔があり、なんだか冷たい視線で見つめられていた。
まあ、確かに今の自分の行動には自分でもよく分からなかったが――、本能的な動きなので、自覚もなかったし。
あるのは行動した後の結果の認識だけで、動機とか過程とか、覚えてはいなかった。
「な、なんでもないよ」
プラムが手に全体重をかけ、立ち上がろうとした時、
「やめろ。手、痛いんだろ?」
クードの手がプラムの手に重ねられていた。そしてそのまま、クードは屈んだまま、背中をプラムに見せる。この感じは懐かしかった――、そう言えば昔もこうして、クードにはよく、おんぶをしてもらっていたな、と思い出す。
「クーくん、なんか優しいね」
「そうか? まあ――そうだろうな。お前が望んだ事とは言え、怪我をさせちまったんだしな」
「怪我なんて、そんな……こんなの、怪我の内に入らないよ」
「普通の奴ならな。普通の体の強度をしている奴には、こんなことはしねえよ」
「……わたしは、特別?」
「悪い意味でな――」
もー、と文句を言いながら、プラムはクードの首に両手を回す。
そして背中に胸をくっつけ、クードに背負われる形になる。
「お前はさ、嫌かもしれないけど、やっぱり――お前には些細な怪我でも、してほしくないんだよ。たとえどんなに小さな、掠り傷でも――だ。
昔のお前は、少しの怪我でも死ぬか生きるかの境界線を、行ったり来たりしているようなもんだったからな。こっちだって、恐いよ。そりゃ恐い――、今度こそ、プラムが、どんどん遠くに行っちまうんじゃないかって、さ。だからそれくらいは、がまんしてほしいんだよ――プラム」
「…………うん」
プラムは頷いた――言っていることは、分かる。理解できる。
みんなの心配は、分かる――だから、自分を特別扱いすることに、文句は言えない。
だけど、いつまでもこれでは――いつまでたっても、一人立ちできない。
いつかは村を出て――職について、一人でなんでもできなくてはならないのだ。
だから――やっぱり。
この気持ちを捨てることは、勿体ないと思った。
悔しい――負けて悔しい。もっと強くなりたいと思った――もっと強くなって、クードみたいに、誰かを守りたくなった。
自分がずっと、守られてきたから、今度は自分が誰かを守る番だと――そう思った。
そして剣士という職業に、憧れは、捨て切れなかった。みんなが憧れを抱き、それに乗っかっているわけではない。流されて憧れているわけではなく、この憧れは自分の深いところから生み出されたものなのだろうと、自身で分かっていた。
剣士に――なりたいと思った。
前を進むクードに追いつきたいと――追い抜きたいと。
だから耳元で、プラムは言った。
「クーくん。わたしは、絶対に剣士になるよ」
「――無理だ」
すぐに返事があった。
その否定の言葉に――折れるプラムではなかった。
「無理じゃない――クーくん、無理じゃないんだよ……」
顎をクードの肩に置いて――頬を、クードの耳に当てて。
今は、クードの温もりを、全身で感じていた。
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