第5話 村の幼馴染 その1
クードが一人で、毎日修行するために使っている場所は、村から外に出て少し進んだ所にある。一直線で、曲がり道のない坂道の、ふもとの部分だ。そのまま真っ直ぐに坂を登れば、そこには、プラムの家である鍛冶屋――その倉庫に辿り着ける。
しかし、クードは正直にその場所で修行しているのではなく――、一応、クードも秘密に修行しているので、人目は気にしていた。
とは言え、知っている人は多数いるし、プラムも当然、知っているのだが――だが、やはり気分的な問題で、見せびらかしながら修行をすることはできなかった。
というか、したくない。
なのでクードはその場所から――、その道の端から草の茂みを越えて、小さな森の中……、そこで修行をしていた。
一つがばれれば連鎖的に色々なこともばれていくようで、プラムには教えていなかったこの場所も、彼女は当然のように知っていて、そして予想通りに、修行場所に入ってくるのだ。
笑顔で――クードと話をしにやって来るのだ。
なにが目的なのか、分からずに――目的は、ないのかもしれないが。
そういうものだろう。友達と話すのに理由がないのは当たり前だ。話したいから話す。そこにいるから会いに行く。頑張っているから、応援しに行く。
できることはしておきたい――できる限りの手伝いはしておきたい。
そういう気持ちが行動のきっかけになっているのだろう。
坂道の上はプラムの家だ。倉庫だが、中は綺麗と言えるので、家と言えるだろう。そこから外に出て、村へ向かう途中にこの修行場所があるのだから――、しかもプラムはこの場所を知っているのだから、彼女がここに訪ねてくるのは、そう不思議なことではない。
不思議ではなく――当然のことだろうとは思うが。
そして今日も――プラムが訪ねて来た。
さっきまで、村のみんなにいつも通りの【信じてもらえない】ようなことを必死に伝えていた彼女が――そして信じてもらえなくて落ち込んでいるはずの彼女が、今はここにいる。
今日は立ち直りが早いんだな――などと考えながら、クードは木の棒を振り続ける。
―― ――
後ろから、木の棒を振る音が聞こえてくる――しかも、ずっとだ。
いじけてたというか、そっぽを向いてクードから意識をはずしたのは自分ではあるのだが――それにしても自分のことを無視して己の世界に入り、没頭するのはどうかと思う。
これでも自分だって悪いのだ、と反省しているのに。
名前で呼ぶくらい、どうってことないはずなのに。ただ呼び捨てにすればいいだけなのに――なぜかそれができなかった。
思えば自分は、誰かを呼び捨てで呼ぶことがあまりないなと思って……もっと言えば一度もないなと確信を得た。なにかしらのあだ名をつけたり、くん付けや特徴的な名前を付け足したりして、なんだかんだと本名を濁しているところがある。
そこに意図はなく――まあなんとなくなのだが。
それを無意識でやっているのだから――そういう癖なんだという事が分かった。
名前を呼びたくない――特徴的な呼び名で呼んでいる、それは別に悪いことのようには感じないけど、だがどうだろう。
本名で呼ばないのは、それはどこかで、壁を作ってしまっているからではないのか――?
無意識に、距離を取ってしまっているのではないのか――?
もちろんそんなことは、プラムの考えには、一切ない。
その先の答えも、それより一歩手前の思考も、出てこないだろう。
プラムはただ待ち続ける――、クードが自分に構ってくれるのを待ち続ける。
そんな受け身の状態で――数十分。
まったく、声をかけてくる気配がなかった。
さすがにがまんの限界だった。これはクードとのがまん比べということは分かっていたが、理解していたが、していた上で、がまんしていたのだが、やはりそれでもがまんの限界だった。
さっきよりも頬を膨らませて、
しかし今度はそっぽを向くことはなく、後ろを振り返り、クードを見る。
膨らませた頬を小さくさせ、息を吐き――吸い、一気に声を出す。
「――クーくん! いつまでもわたしを放ったら……かし……に……」
だがそこで、言葉は急激に萎んでいき――やがて消えていった。
今ここで、クードに声をかけることは、してはいけないことだと、見て、一瞬で理解した。
真剣な――瞳だ。
汗だくで、疲れ切っていて、自分のタイミングでいつやめてもいいのに――それでも、苦しくても絶対に手を止めようとしないクードを見つめることが、声を出さずに応援することが、今、プラムのやるべきことなのだろうと思う。
鳥肌が立った。
クードが剣士を目指しているということは知っていた。村の男の子はみんな、一度は目指しているのだから、当然、クードだって目指しているだろう、と思っていたのだ。
そして実際に、目指していたわけだ――だがどこか、心のどこかで無理だろうな、という諦めの感情があるのは、前例があるから、プラムも薄々と予想がついていた。
現に、他の男の子で剣士を目指しているという話は聞かない。
みんな、現実の厳しさに直面して、諦めてしまったのだ。
クードもそうなのだろう――そう思っていた、けど。
「――らあッ!」
クードが振った木の棒が――本物の剣に見えて。
その剣の勢いが風を生み、プラムの顔を通り過ぎていった。
そんな錯覚を起こしてしまうほど――クードの気迫が凄まじかった。
そこまで――あんな気迫を出せるほどに、真面目に。
必死に――剣士を目指しているのか。
現実の厳しさに直面しても、そこで諦めることなく、前に進んでいたのか。
クードのことを見ているようで、その実、見ていなかった。
そのことを今、プラムは実感できた。
「…………」
クードのことをじっと見つめていると――、やはり他人の視線というものは、敏感にも気づくのか、クードの集中力が切れて、プラムの方に視線を向けた。
「あ――、……機嫌は直ったのか?」
「機嫌? う、うん――直った、直ったよ!」
「ほんとかよ……」
一歩引きながら、クードが言う。
それから、
「でもまあ、直ったのなら良かったよ――いじけるとお前、すっごい長いんだもんな。
ずっと引きずるんだもんよ。この前なんか、二日経ってもおれの顔を見る度に睨んでたし」
「そ、そんなことはしてな――」
してない、とは言えなかった。
残念ながらその時の記憶はきちんとあり、鮮明にも覚えているので、
嘘をつきたくないプラムはクードの言い分を否定することができなかった。
でも、あの時はそうしてもおかしくないようなことを、クードにされたのだから、プラム側が責められることではない――。
まあ、なんにせよ――、あの時は長かったいじけっぷりは、今回は発揮されなかった。
「数十分でいじけモードは消失ってな。プラムもきちんと成長してるってことだな」
「するに決まってるよ! クーくんは一体、わたしをなんだと思ってるの!?」
ししし、と笑うクードを、プラムは悔しそうに歯噛みして上目遣いで見る。
そして、この悔しさをどこで、なにをして晴らそうかと考えていると――、
ちょうど良いものが目の前にあり、同時に思いつく。
クードのためにもなる――あることを。
「ねえ、クーくん」
「ん?」
テキトーに聞き流しているように見えるクードの態度――、プラムはクードが持っている木の棒、それと同じ長さで、同じ大きさで、同じ太さの、瓜二つと言えるような木の棒を拾い、棒の先をクードに向けて、そして宣言した。
「クーくん! わたしと勝負――剣で勝負!」
目を見開き、驚くクードの顔が見れただけでも、プラムとしてはもうそれで満足だった。
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