第4話 少年と剣士 その2
「はあッ! はあッ!」
クードは木の棒を構えて、風の音を合図にして振るう。
前、横、後ろ、斜め上――、目を瞑り、あらゆる状況を頭の中で考え、その光景をまぶたの裏側に焼き付ける。
敵をイメージ、そして守るべきプラムをイメージ。
頼ってくる彼女の姿を想像して少し雑念が入るが、それを首を左右に振って払う。不謹慎かもしれないが、プラムが傷ついてしまったところを想像すると、不思議と力が入り、集中できる。
刻み込まれているのだ――この光景だけには、絶対にさせないと。
だから体も、それだけはさせまいと、気合が入る。
何度も何度も木の棒を振るう。
汗が、頬を伝って顎に落ちるのを感じ取った。
うざったくて、それを腕で拭った。
その時に気づいたことだが――前髪もうざいことに気づく。日に浴び過ぎたのか、茶色に変わってしまっている、元は黒の色をしていた髪の毛――、前髪は目の位置を越えていた。
汗がそこからも流れて、垂れているのか――。
そう思ったクードはそろそろ切った方がいいなと考えてみる。
プラムにでも頼もうか――、そう思った時、寝癖とは無縁のきれいな丸い輪郭をした髪型が、突然、吹いた風で少しだけ乱れる。
砂が入ったのか、思わず目を瞑る状況になってしまい、必然的に目を瞑るクードは、後ろに立つ人物の気配に気づき、咄嗟に木の棒を振るってしまう。
これは剣士としては当たり前の行動――。
だが、剣を向ける相手が守るべき対象となっている場合は、剣士としてはしてはいけないことになってしまうのだが――。
「きゃあっ!?」
小さな悲鳴が聞こえてきて、クードは一瞬で、その声がプラムだということに気づいた。
声の後には、倒れ、しりもちをつく音――。
さすがにしりもちをつく前にプラムを支えることはできなかったが、
だからと言ってそこで動きを止めるクードではない。
クードは倒れたプラムの元に駆け寄って、手を差し伸べる。
「わ、悪い。大丈夫か?」
「い、いきなり危ないよ、クーくん」
クーくん――自分の名前をそう勝手に略され、くん付けで呼ばれるこの呼び名は昔からだが、落ち着かない。妙にそわそわしてしまい、長いこと落ち着きのない感覚になってしまう。
それを表に出すことはせず、表から見れば起伏がない平常心のように見えるが、実際は――実際のクードの心は、動揺しまくっている。
プラムの目を見ることができない――その原因には他の理由もあるのだが。
プラムの格好はいつも通りだった――いつも通りに露出が多い服を着ていた。
動きやすいからだと本人は言っていたが、そういう無意識な露出が、クードの心を揺らしていることには、やはりプラム本人は気づいていない。
もしも気づいていれば、少なくとも、もっと服装には気を遣うはずである。
プラムの服に袖は存在していない――肩のところで切れていて、肩が丸裸で見えてしまっている。そして――それは膝も同じく、丸裸で見えてしまっている。
スカートの方が隠せているのではないかと思うほど、プラムが穿いているパンツの丈は、短かった。白い肌が見えてしまっていて――日の光が肌に反射して、眩しいくらいだった。
それをじっと、見つめてしまう。
その視線にはさすがにプラムも気づいたらしく、
「クーくん、じろじろとどこ見てるの」
「そりゃあ――いや、なんでもねえよ」
誤魔化したところで意味はないように思えたが、それはプライドなのか――クードは興味のないフリをした。プラムは「ふーん」と目つきを鋭くさせるが、それ以上クードに、その件に関して追及することはなかった。
差し伸べられたクードの手を、プラムが掴む。
クードが引っ張り、プラムも踏ん張り――プラムが立ち上がる。
ストレートの黒髪が、揺れて、舞って、長さを誤魔化していた。しかし誤魔化しも長時間続くことなく、重力に従い、落下した後、長さはきちんと目測することができた。
腰に届きそうなところ――、プラムもクードと同じく、髪が伸びていた。
そう頻繁に切るほどに気を遣っているわけではないので、当たり前かもしれないが。
「ありがと……。クーくん」
「……なあ、そのクーくんっての、やめてくれない? いや、まあ嫌ってわけじゃないけど、なんだか恥ずかしいんだよ、この歳にもなって、【くん付け】で呼ばれるってのは」
「じゃあ、なんて呼べばいいの? クード……くん?」
「いや、だからなんでくん付けなんだよ。おれ、お前のこと普通にプラムって呼んでるんだから、お前もおれのことを名前で呼べばいいんだよ」
「そ、そうだよね、それがいちばん簡単だよね――……じゃあ、その、クード……」
プラムに名前を呼び捨てにされるのは、これが初めてだった。
プラムの声で、プラムの言葉で、呼び捨てにされている――。
それはなんだか、すごく、くすぐったかった。
そしてプラムの方は、
呼び捨てにしてから見て分かるほどに顔を真っ赤にして、
「……くん」
「だからなんでくん付けなんだよ!」
結局、くん付けから離れることはできなかった。
「い、いいじゃん! いつもクーくんって呼んでるんだから、クーくんでいいじゃん!
別に困るわけじゃないでしょ! これで慣れちゃったんだから、これでいくからね、クーくんの命令なんて絶対に聞かないからねっ!」
「命令って、お前……」
ここまで拒否されたらこれ以上は無理に、強くは言えなかった。
それに、クーくん呼びをやめてと言ったのは、本人であるクードだったが、呼び捨てにされたらされたで、やはり違和感があった。
いつもと違う呼び方にしているのだから、それは当たり前で、慣れるまで多少の時間を必要とするのは理解しているが――、それでもなんだか、落ち着かない気分だった。
こんな気分を味わうのならばやはり、いつも通りの方が良い。
そう思ったクードは、口には出さないが、くん付けの方が良いと思っている。
それを言えば、プラムはまた不機嫌になってしまいそうなので言わないが。
ぷくー、と頬を膨らませるプラムは、そっぽを向いていた。
クードとは別の方向を見て、空を見て――いじけている、のだろうか?
言わないでおいたことを言うまでもなく、不機嫌になっていた。
クードの昔からの経験を活かせば、このいじけているプラムを正常に戻すには、少し時間を置く必要がある。今はちょうど、自分なりの修行中であるから、都合が良いと思い、クードはプラムを放っておき、修行を再開させる。
木の棒を振り続ける。
風を切る音だけが、二人だけの空間に響き渡る。
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