第3話 少年と剣士 その1
「そういや、プラムはまた引きこもってんのか? いつも通りっちゃあ、いつも通りだけどさ、あいつも全然、慣れないよなー。それに学習をしない。
俺らが信じるわけないっつうのによ! あいつ自身、あんな言葉で俺らが信じると思っていることが、俺らは信じられないよなあ!」
村の中、石造りの家の前――、他の村から運ばれてきた荷物、大きなタルの上にあぐらをかきながら、一人の少年が笑っていた。
少年はプラムと同じくらいの年齢に見える。
そしてそんな少年の周りには、これまた同じような少年達が複数人、並んで立っていた。
「でも、あんな元気なプラムを見れるのも、
ああやって奇妙なことを言ってるからなんだろうなあ……」
あぐらをかいている少年よりもおとなしめの、少しだけ大人びている少年がそう答える。
「なんだよ、いつまでプラムのことを病人扱いしてやがんだよ。
あいつだって俺達と同じ人間で、しかも同じ年なんだぜ? いつまでも甘やかすわけにもいかないだろうしよ――それになんかむかつく!
俺達だって苦労してんのに! あいつだけ特別扱いされているみたいでなんか嫌だ!」
「仕方ないでしょ……プラムは本当に体が弱くて、
何度も何度も死ぬか生きるかの領域を行き来したんだからさ」
「はん――それが治っても、こうやって心配されちまうのはあれか……もしかしてあいつ、心配されることを狙ってあんなあり得ないことを言っているんじゃあるまいな?」
「……【剣が生きている】って、ところ?」
「それしかないだろ」
まあ……それは――と、おとなしめの少年は言葉に詰まる。
否定はできない。それは否定するための証拠がなかったからである。
しかし――プラムの人格を考えれば、そんなことするはずはない……とは思う。
プラムならば逆に、病気であっても心配されないように振る舞うはずだが――、それはこのタルの上の少年も昔から村で一緒に住んでいるのだから、知っているはずだが……。
分かっているはずだが。
意図が見えない――プラムは剣が生きていることを自分達に教えて、どうしたいのか。
それが分からない限りは、やはりこのタルの上の少年の言う、気を引きたいだけなのかもしれない。もしもそうなのだとしたら、作戦は成功していて、目的は達成しているように思える――だが成功はしているが、気を引く内容の意味としては、恐らくはマイナス方面が強いだろう。
今のプラムは嘘つきとして村のいいニュースになっている。
もう何か月も同じことを言ってくるのだから――。
そろそろ聞いている方にも、悪意というものが生まれてくる頃合いだろう。
プラムだからこそ――まだ村のみんなは優しく対応しているが。
もしもこのタルの上の少年が同じことをしたならば――扱いは酷いものになるだろう。
まあ信じてもらえず、スルーされてしまっている時点で、プラムとしては充分に精神的にきついものであることは確実であるだろうが。
元から弱いプラムが今、きっとダメージを誰にも訴えることなく、溜め込んでしまっていることだろうということは、なんとなくで分かってはいた。
となると、さて――どうするのだろうか。
この少年は、どうするのだろうか。
「…………」
くるくると、木の棒を手の上で回す少年は、今までの二人の会話を、黙って聞いていた。
「やっぱ気を引きたいだけなんだよなあ! だって考えてみろって。今まで、ずっと看病されたり心配されたりしてたんだぜ? それが、体が良くなったらぱたりと止まった。
――いいぜ、これは当たり前のことだ。俺だって病気になったら同じように優しく看病されて、治れば今まで通りに元通り――きつい対応が待っていることだよ」
普段はきつい対応なのかよ――そう思ったが口には出さなかった。
タルの上の少年は腕組みをしながら続ける。
「でもよ――俺は短い期間だったからすぐに戻ることができたが、その優しくされた期間が五年やそれ以上の期間だったら、どうなる?
みんなに優しくされている、それが当たり前の日常になってしまっているあいつにとっては、優しさがない日常なんてのは、もうその時点で非日常になっちまってるんじゃねえのか!?
これは無理やりにでも、あの日常を取り戻したい――なんつう、動かぬ動機になりえるんじゃねえのか!?」
「気持ち良さそうに推理しているところ悪いけど――、プラムの人格を考えてみれば、そうじゃないってことは分かるはずなんだけどなあ……。
ねえ、君は全然、プラムのことを見てないでしょ?」
「いや、いやいや、見てるっての。見てるけど、深くまでは読み取れねえよ」
「分かりやすい人格してると思うけどねえ。だって体が弱かった時も、家から絶対に出ちゃ駄目って言われてる時でも、プラムは外に出て来たからね。
自分のことは自分でするって具合にね。そういうところを見てると、自分の気持ちを、体調を押し殺してみんなに心配をかけまいとする、頑張り屋さんだと思うけどね、僕は」
「お前もそうやってプラムの味方すんのかよ!
いいよ、もう。じゃあクードは、どう思ってんだよ、なあ」
ん? と、名を呼ばれた少年は、意識をずっと向けていた木の棒――、
くるくると回る木の棒を止めて、意識をタルの上の少年へ向ける。
「――なんか言った?」
「いつも通りに自分の世界に入っちまってんのかよ! こっちの話くらい聞いておけよなあ!
つーか今までスルーしてきたけど、お前ら自由にし過ぎだろ!
五人以上もいて、なんで俺ら二人だけしか喋ってねえんだよ!」
「まあそれはしょうがないよね。結局これって愚痴なわけでしょ? 聞いてあげることしかできないじゃないか。それなら僕が全部、被ってやるから、さっさと全部を吐き出せよ」
「なんか、俺がすっごくプラムのこと嫌いみたいな言い方、やめてくれない?
あいつのことは好きでも嫌いでもなんでもねえよ――ただむかつくだけなんだよ」
「それって、嫌いなんじゃないの?」
「嫌いではないね。むかつくだけなんだよね」
「もういいよ――クード、行っていいよ。
君にはこの話、聞いていてあまり気分の良い話ではないでしょ?」
呼ばれたクードは、「は? なんで?」と必死の強がりを言ってみた。
「あ、まあ別に気分が悪くならないのなら、ここで聞いていればいいし――。
それはクードの自由だけどさ。でも、分かるよ。クードはこの話、きっと嫌いだと思う」
「…………あまり、良い気分じゃない」
「――いいよ、途中退席を認めよう。まあ、この集まりも惰性で続いている感じがあるし、
それに見てみ、周りの子達は誰もリーダーの話なんて聞く気ないからね」
「統率力のないリーダーだなあ」
「そういうところがまた、リーダーとしていい味を出していると思うけどね」
クードはその言葉に呆れながら、「さんきゅー」とお礼を言って、この場から遠ざかる。
見えなくなるまで、最後までしつこく手を振っていたおとなしめの少年へ、クードも同じように手を振り返す。そして見えなくなったところで、疲れ切った手を下ろし、休ませる。
そして手に持つ木の棒をくるくると回す――、
これを常にできるようにすることが、今のところ、クードの目標だった。
ころん、と落としてしまうことはまだまだ、しょっちゅうあるが――、
だからと言って諦めるわけにはいかなかった。
プラムを守るために――、その目的を達成させるための手段として、【剣士】を目指すクードにとっては、ハンドテクニックを磨くことを諦めるということは、それはそのまま、剣士を諦めることに直結する。
そしてそれは、プラムを守れなくなることを意味する。
誰かのために努力をすることが、こうも楽しいことだとは思わなかった。
プラムがいなければ、プラムのことを守ろうと思わなければ、
自分は今、なにもしていないだろう。
人生を――つまらなく過ごしていただろう。
しかし、それにしても――どうして守ろうと思ったのか。
それは理由が必要か? 必要ないだろう。
――自問に自答が返ってきて、クードは驚いた。
本能というやつなのかもしれない――守りたいから、守る。
幼馴染として過去からずっと見続けていた――体が弱い彼女の姿をずっと見続けて、そして一緒に成長してきた。
村の仲間の中でも、一番、話したのはプラムだし、一番、考えていたのはプラムだし、話が合うのもプラムだった。
もしもプラムを失うことになって、その失ってしまった時の原因が病気だとしたら、仕方ない――いや、仕方ないで済ませられるかは、その時になってみないと分からないけど。
病気ならば自分にできることは、手を握り、頑張れと応援することだけだ。だけどそれ以外――たとえば事故や、誰かに襲われてしまって、それが原因でプラムを失ってしまった時、絶対に後悔することになると、自分自身で分かるのだ。
なぜ――守れなかった。それは自分が弱かったからだ。
自分がピンチのプラムに気づけなかった、駆けつけて守れなかった、守れるほどの力をつけていなかった――どうして自分は力をつけていなかったのだろう、そう自分を責めるのだろう。
こうして現時点で自分を責めることが分かってしまっているのならば、話は簡単だ。
責めることにならないように、力をつければいい――体を鍛えればいいのだ。
プラムを守れるくらいに、最強を目指して。
強さを追求すれば――やはり出てくるのは剣士だろう。
それが一番、分かりやすい。
世界にいる強者と呼ばれる者のほとんどが、剣士であるからだ。
剣士という職業が英雄扱いされているのならば、それにならない選択肢は、クードの中にはなかった。それに憧れでもある――誰もがきっと、子供の頃には憧れただろう。
クードは昔――だが昔とは言っても、五年前くらいだったと思う。
その時だ――剣士を見て、自分も剣士になりたいと思ったのは。
普通ならば諦める――自分には無理だと、それは子供でも大人でも関係なく、自分の限界というものが自分で見えてしまうために、分かってしまうものなのだ。
そういう壁にぶち当たることで、剣士になれる者となれない者へ、振り分けられる。
無意識の内に――自分の中で厳しく審査されてしまっているのだ。
そして大半が自分審査で落ちてしまう――もしもここで受かったとしても、先は長い。
結局、スタート地点に立っただけなのだから、道はまだまだ続くのだ。
クードは、壁にぶち当たったけど、乗り越えることができた。
自分一人の力ではなく――プラムがいてくれたからこそ。
だからこそクードは今、剣士を目指そうと、まだ心を燃えさせることができているのだ。
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