第2話 少女と剣 その2

 ――あ、うん。それはまあ、分かってるけど。

   なんだろう、プラムにそういうことを指摘されると、結構、心にくるものがあるね。

   優しい声で重く、ずっしりと乗っかってくる攻撃だね。


 ぶつぶつと、【彼女】は呟く。


 その隙に、流れる涙を手の甲で拭ったプラムは、気持ちを切り替えた。

 プラムの行動理由は一体なんだったのだろうか――いつから、こうして村のみんなに、剣のみんなは生きていて、話すことができるんだよ、と信じさせるようになったのか。

 そういう原点的なところから振り返ることから始め直した方がいいのかもしれない。


 説得力というものが、今のプラムにはないのだから――。

 まず、どうして信じてもらえないのか、

 そういう根本的なところを見直した方がいいのだろう。


 それに――【彼女】の気持ちも大事だ。


 話は戻り――プラムの行動理由を答えるのならば、それは【彼女】達のためであったのだ。

 話し相手、存在を知っている人物がプラムだけでは寂しいと思って、だからこそプラムのように、ここでこうして集まってきてくれるような人を探すために、毎日、みんなに信じさせようとしていたのだ。

 結局、信じてくれる人はおらず、今になってもここにいるのはプラムだけではあるけど。


 しかし【彼女】は――剣のみんなは、それでいいと言っている。


 それは別に妥協ではない。みんなが信じてくれないのならば仕方ないな、というようなものではない。【彼女】は少し前に言っていたのだ――、今みたいにプラムが苦しんでいた時に、慰めるようにして、ぼそりと言っていたのだ。それを今、思い出した。


【彼女】は――プラムと一緒にいるのが楽しい、と、そう言ったのだ。


 村のみんなが生きている剣の存在を知ってしまったら、もちろん、この場に集まるだろう――そして【彼女】とプラム、理解者同士の貴重な時間を奪ってしまうだろう。

 それはあまり望むことではないかな、と――プラムはそう聞いたのを思い出していた。


 プラム一人だけでは寂しいのではないか、それはプラムが勝手に思っていることだったのだ。

【彼女】達はそうは思っていなかった。プラムは勝手に問題を決めてしまい、それを必死に解決しようとしていた。【彼女】達はそんなこと、望んではいなかったのに。


「……みんなは、わたしのこと、好き?」


 ――どうしたの? 急に。


「わたしがいれば、他はいらない、の?」


 ――そんなことは……、いや――ねえ、プラム、嫌な気分にならないでね? 

   これは別に、村のみんなが嫌いって言っているわけじゃないからね。

   確かに、村のみんながいればそりゃ楽しいだろうけどね――、

   でもそれはね、私達が楽しいんじゃないんだよ。

   みんなと一緒にこの場にいることができて、私達のことを自慢できているような、楽しそうなプラムを見るのが、私達にとっては、最高に楽しいことなんだよ――分かる? プラム。


 その言葉を聞いて、かあ、っと――プラムは顔を真っ赤にした。


【彼女】は――【彼女】達は自分達のことよりも、プラムのことを思って。


 プラムのことを優先して――物事を見ていた。

 それだけ自分は愛されている――そのことに気づき、プラムは急に恥ずかしくなった。


 こうして――剣だけど――顔を合わせていることに、恥ずかしさを覚える。

 どんな顔をすればいいのか、どんな対応をすればいいのか――。

 そりゃいつも通りでいいのだろうけど、それができれば苦労はしなかった。


 結局、さっきと同じように膝に顔を埋めてしまう。

 恥ずかしさは最高潮だ。


 手をばたつかせて羽ばたいて、飛んでいってしまうような勢いがあった。


 そんなプラムを見て、ニヤァ、と。【彼女】の唇がもしもあれば、

 間違いなく逆の【への字】になっていることだろうということは間違いなかった。


 ――照れてるの? 照れているのかな? 

   きゃー、可愛い可愛い! 

   これだからプラムのことを見捨てることはできないんだよねえ!


 カタカタ、と剣が小刻みに動く――こうして自分から動き出すのも珍しい。

 それくらい、今の【彼女】は興奮しているということか。


 すると、


 ――おい小娘、暴走するんじゃない。

   これ以上はお前、この嬢ちゃんに襲いかかるんじゃねえのか? 自制しやがれよ。


「え、あの、おじさん?」


 プラムが後ろに立てかけてあった剣に向かって確認の声を飛ばすと、その真横からまた別の声が聞こえてくる。


 ――ああなるとあの姉御は止まらないぜ。

   しかしまあ、俺も今のプラムちゃんにはときめいちまったからな――、

   自制はできているが、そうだなあ、むらむらしてくるっちゃあ、してくるな。


「あの――なにを言っているの? あんちゃん」


 ――そのあんちゃんって呼び方もいいねえプラムちゃん! 

   呼ばせたのは俺だけど、今でも思うよ。あの時の俺の考えは間違っていなかったって!


 ――うるさい小僧! 

   というかお前がこの嬢ちゃんにしてることは、ギリギリでセクハラだからな!


 ――おっさんは黙ってな。

   性欲が廃れたあんたにはなにも分からないんだよ、

   こうして近くにプラムちゃんがいる。

   幼女がいるというこの空間は、最高の空間なんだ! 

   俺だって近くに――そう、姉御がいる位置にいて一緒にお喋りをしたいっていうのに! 

   しかし全然、全然させてくれない! これはどういうことなんだよおっさん!


 ――そういうところがあるからだろうなあ。それくらい気づけよ犯罪者!


「ちょ、ちょっと二人共、喧嘩しないでよお! あと、わたしは幼女じゃないからね!?」


 付け足すように、否定した。

 だけど否定よりも喧嘩を止めることの方が優先だったのか、否定の言葉は強くはなかった。


 プラムは十五歳――、少なくとも幼女ではない年齢だ。


 そして、プラムが二人の喧嘩を止めようとしたところで――、立ち上がったプラムの動きを止めるのは、さらに増えていく、複数の声だった。


 ――いいよプラムお姉ちゃん。放っておけばいいよ。

   その二人はいつもあんな感じで、お姉ちゃんがいなくても毎回喧嘩してるんだから。

   それをいちいち止めていたら、お姉ちゃんがもたないよ。


 ――そういうことよん。この子の言う通り。

   あんたは無理しなくていいんだからさ、そこに座っていればいいのよ、まったく。

   あと、気を付けることね。

   というかこれはもう、ルールにしたいんだけど、

   ここにいる男共には話しかけない方がいいわよ。話しかけるな、駄目、絶対!


 ――それはどういう意味だ! 

   まさか儂まで入っているわけではあるまいな!


 ――はあ? おっさん、男の自覚がないわけ? 

   大事な部分が腐って落ちて――、

   ああ、それでもう男ではないと自分から白状したってわけ? 結構、潔いわねえ。

   素直、素直。そういう素直さを保っていられるうちが、きちんとした対応されるってことを覚えていた方がいいわよ、おっさん子。


 ――誰がおっさん子だ! 子をつければ女と認識されると思ったら大間違いだぞ! 

   お前はいつも安易なんだ! 

   お前はあれだな――ビッチって奴だな。いま決めたそういま決めた!!


 ――はあ? はあはあはあ!? 

   うっざ。うざいうざい消えればいいのにこんのじじいが!


 ――じじいじゃない! 

   お前も言っていただろうが! 儂はまだおっさんの域を出てないわバカたれが!


「あの、みんな、やっぱり喧嘩はダメだって……」


 ――プラムお姉ちゃん、もういいよ。また午後に来なよ。

   僕にこの場を収められるか分からないけど、やってみるからさ。

   それに言っては悪いけど、こんな大騒ぎになるのは良くも悪くもお姉ちゃんのせいなんだよね。まあ、おかげって言うべきなのが多いかな。

   お姉ちゃんがいるおかげで、こうしてみんな、元気に話すことができる――というよりは、お姉ちゃんがいるからこそ、話せるってのは大きいかもね。


「ふーん、そうなんだ……」


 ――そういうこと。だからここは一旦、離れて。

   お姉ちゃんも、一人で考える時間が欲しいでしょ? 

   そういうことは遠慮しないで言ってくれれば、全然いいからね。

   こっちだって助けてもらってるんだから、お姉ちゃんのことも助けなくちゃ。


「うん……ありがとね」


 にこりと笑ったプラムは、剣の置き場所であるこの部屋の出口へ向かって行く。


 その最中――様々な剣と剣の会話が聞こえてくる。

 どんな話をしているのか耳を傾けてみるけど、内容までは理解できなかった。まあ、小さな会話を塗り潰すように、一つ二つのグループが過激で声が大きいせいだとは思うのだが。


 扉の前まで来たところで、一旦振り向き――みんなを見る。

 やっぱり生きている――みんなは、生きている。


 これは間違いなんかではない。

 自分の幻想なんかではない――、

 寂しいから、で、作り出した妄想なんかではない。


 存在している――【彼女】【彼】らは、自分の友達だ。


 ――プラム。


 すると、ドアノブに手をかけたところで、後ろから声が聞こえてきた。

 さっきまで正気を失っていた、【彼女】だった。


 ――私達のために心を押し殺すのはやめなさい。無理はしなくていい。

   今の自分は無理をしているのだと、そういう自覚を持ちなさい。

   それでね、プラム。ありがとね。私達はプラムがいれば充分だから。

   村のみんなと仲直りしてきなさい。

   あんたならきっと、すぐにみんなの輪に入れるんだから。


「うん……意識してみる」


 ――約束ね。


 その言葉を聞いてから、プラムはドアノブを捻り、外に出た。


 村から少し離れた位置に、この家はある。

 村からここまでは一本の道しかなく、分かれ道はなく、複雑ではない一直線だ。

 しかも位置が村よりも高いために、ここから村全体が良く見える。


 風が気持ち良く、日の光もよく当たる。


 固まった全身をほぐすために、天に向かって伸びをした。


 うー、と気分が良くなったプラムは、無意識に笑顔になる。

 気分が良い。重荷がはずれたような感覚だった。


 今の自分ならば、いつもよりも数倍の跳躍力で跳べるのではないか――、そう思ったら試さずにはいられなかった。助走をつけて、大ジャンプ。

 膝を曲げて、腕は真上に投げ出して、真下が水だったら着地のことなど考えなくていいのになー、などと考えながら、プラムは空中世界を一瞬だけだが、旅をした。


 それがスタートの合図となり、

 プラムはその勢いのまま、村まで続く一直線の坂道を、下り始めた。

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