剣士プラムちゃんの世迷いゴト:トライアル・フェアリーズ
渡貫とゐち
1章 村に伏す少女
第1話 少女と剣 その1
――またいじけているの? ……まだ、いじけているの?
「…………」
木製の椅子の上に、膝を抱え込みながら座っている少女が一人。
彼女は誰の声にも反応することなく、どこを見ているのか――、なにも見ていないのではないかというような目をしていた。前後への無意識の体重移動――。
ゆりかごのように椅子が前後に動き、ぎしぎしという音だけが部屋の中に響き渡る。
部屋の中には少女が一人――。
彼女以外には一人もいなかった。
――いじけているのならば慰めたいとは思うけどさ、でも、自業自得じゃないの?
分かっているんでしょ? そう言いたそうな雰囲気が、嫌になる程に伝わってくる。
――プラムだって、あんなことを言えば馬鹿にされることくらい理解しているはずでしょうに。なのに、どうしてあなたはこうも毎日毎日、みんなに信じてもらえることができないようなことを、しつこく、言い続けるの? 言い続けたところで、信じてくれたところで、結局、だからなんなんだということにしかならないのに。
そんなことは分かっている。
自分のことを他の人の目線で見てみたら――やはり自分はおかしいのだろう。
誰だってそう言うに決まっているし、そう思うに決まっている。
でも――、
「……でも、みんなは生きているのに――だって、こうして話もできているのに。
なのに存在しないように扱われているのが、悔しくて、悔しくて――」
――なんだ、そんなこと……。
はあ、ほんとに優しいのね、プラムは。まあ、それは子供の頃からそうなのかな。
ずっと見続けていたはずで、きちんと分かっているつもりだったけど、
結局、『つもり』の範疇でしかなかったってわけか……、
ちょっとプラムのこと、分かっていなかったのかもしれないね。
「みんなはきちんと生きているの! なのに、どうして、村のみんなは分かってくれないんだろう――どうしてわたしの話を聞いてくれないの! どうしてッ!!」
彼女は――プラムは。
顔を膝に埋めて、くしゃくしゃに歪んだ顔を誰にも見せないように、隠した。
泣いている声を押し殺しているが――しかし嗚咽は堪えらえなかったのか、きちんと聞こえてしまっている。隠せていると思っているのはプラムだけで――彼女本人だけで、プラムと対面している人間ではない【彼女】の【耳】には、きちんと聞こえてしまっているのだ。
プラムのその押し殺した泣き声を聞いて、【彼女】は心が痛む。
プラムがこうして傷つき、泣いてしまって、心に闇を抱えてしまっているのは、【彼女】のためを想って、プラムが行動したためなのだ。確かにこれには、プラムの自業自得と言うしかないのかもしれない――しかし、そう言えるのか、思えるのか……思えるわけがなかった。
だから【彼女】は、これ以上、プラムに無理をしてほしくないために、告げる。
これをプラムに言うのも何度目だろうか――数え切れない程に言ってきたはずだ。なのにこうも何回も言っているということは、プラムは【彼女】が告げた言葉を聞いても、それを活かそうとはしなかったのだ。
聞き分けのない子供のように――実際にそうであるけど――プラムは、聞いても頷くだけで、行動をやめることはなかったのだ。
しかし――今回もそうなってしまっては困る。
そろそろ――本気でプラムの精神が壊れてしまう。
プラムは弱いのだ。
体が弱いのと同時に、心の方も弱いのだから。
それは、子供の時からずっと一緒にいる、【彼女】だから分かることである。
――ねえプラム。そろそろ、やめにしよう?
これ以上続けても、苦しいのはプラムだけなのよ?
私達は別に、特別扱いをされたいわけじゃないのよ……これは本音。
確かにこうして話せる人がプラムだけなのは寂しいけどね――。
だから結局、プラムがこうして村のみんなに言って、信じさせたところで、
私達の声が聞こえるのはプラムだけなの。
話すことができるのだって、もちろんプラムだけで。
どうせ、いつもと日常が変わることはないのよ。
「でも――みんなが話すことができる、きちんと生きているってことが、信じられているのと信じられていないのとじゃ、やっぱり天と地ほどの差があるよ! みんなだって、生きてるってことを信じてもらえていた方がいいでしょ! そうでしょ、みんなっ!」
――そりゃあ、どっちかって言われたらそうだけどさ……。
それは私だけじゃなく、みんなそうだと思うわよ? でもね、プラム。
顔は見えない――しかしプラムは、【彼女】の顔つきが変わったことを、感じ取る。
――信じてもらえるわけがないのよ。だって、私達は、【剣】なのよ?
目の前には、剣が一振り。
周りを見れば、部屋の壁には隙間なく剣が飾ってあったり、ぶら下がったりしている――原料から作られた剣もあれば、村の外から買い取ってきた剣もあったり、他の村から取り寄せた剣もある。他にも旅の途中で寄ってくれた剣士から借りている、一時的に所有している剣もあったりと――ここはそういう武器を預かったりしている。
今では本来の機能を果たしているかどうかは怪しいが、ここは一応、鍛冶屋であった。
「剣だよ、でも――みんなは、ちゃんと生きてるのに!」
――それはね、プラム。
あなたみたいな力があるからこそ言えることなのよ。
剣の声を聞くことができる、話すことができる――、
そういう力を持っているからこその目線で言っているだけじゃ、
信じてもらえるわけ、ないじゃないの。
だったら、試してみる?
もしも私が、植物と話すことができるとして――、
それをプラムに言って、プラムはそれを信じることができる?
できないよ、もしもできると言えるのならば、
それはこうして言い合いをしているあなたの目線だからこそ言えたことなんだから。
そういう意味だと、このたとえ話は上手くはなかったかな――と。
【彼女】は――、剣の【彼女】は、たはは、と笑った。
「……でも」
――プラム、いい加減にしなさい。
それ以上、粘るつもりなら、私も怒るわよ?
ひっ、と――プラムは涙を目尻に溜めながら、体を固める。
【彼女】に注意されることはあっても怒られることが滅多にないために、耐性がなかった。
プラムは必要以上に反応してしまう――【彼女】が声を強くしたおかげで、頑固なプラムの思考を、いくらか柔らかくすることができたのかもしれない。
頑固なプラムの思考を柔らかくし――だが体は固まってしまったというのはなんだか複雑な感じだったが。それはともかく、効果が充分以上に出てしまい、プラムは怯えてしまっている。
こうなると連鎖的に【彼女】の方にも悪い効果が出てきてしまうことになり、
――あ、ご、ごめんねプラム。
ほら、ほらほら泣かないで。大丈夫、私は全然、怒ってないんだからねー。
さっきまでの威厳は、まったくと言っていい程に消失していた。
「ほ、ほんとう……?」
――ほんとほんと!
大丈夫、胸に飛び込んできなさいってば!
「でも、剣、だし……」
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