最終話 並び立つ
攻撃をその身に受けているというのに――、
笑うのではなく、苦痛に顔を歪めるのでもなく。
ただ、ただ――無表情だった。
攻撃を加える方としては、つまらない。
楽しくない。楽しんでいたいのに。
全然まったく楽しめない状況に、罪獅子は苛立ってくる。
だから罪獅子は、終わらせようと、とどめに入ろうとした。
傷枷の腕を強く握り直し、それから、真上に持ち上げて、地面に叩きつける。
大雑把な、一本背負いのような形だった。
「がっ!?」
地面に叩きつけられた傷枷は、声を漏らす。
「……やっぱ、勝てないか。さすがは、先輩……」
「やめろと言っただろ。気持ち悪い。
敬う気持ちがないのなら、人を見上げるような呼び名で呼ぶんじゃない。
お前の場合は、逆に迷惑だ」
「うわ、酷いな、そりゃ」
傷枷は言う。
なんだか――余裕を感じさせるような態度を取りながら。
もちろん、罪獅子は傷枷のその態度に気づく。
当たり前のように気づき、そして、問う。
それは、今の傷枷が持っている余裕のことではなく、まったく違う、別のことであった。
今、関係のないことではない。
言ってしまえば、この戦い、全ての戦況において、関係のあることであった。
「……一つ聞く」
罪獅子が、傷枷を見下ろす。
傷枷の表情――、承諾の顔を見て、言葉を続けた。
「この広い山の中、どうして、どうやって、わたしたちの姿を見つけることができた?
相討ちもそうだ。今となっては相討ちではないが――、相討ちのように見せるために、先にわたしの仲間を倒して、隣に寝転がっていただけだろ。
それについて聞くが、どうやって、わたしの仲間に、先手を打つことができた?
どうやって、この広い山の中――、見つけることができた?」
罪獅子を欺くために。
罪獅子に、傷枷の仲間はもう戦闘不能だということを認識させるために。
命火、木瀬、天幕は――死んだふりをした。
それは、傷枷の作戦である。
それが成功したために、先ほどの戦いでは一度、優位に立つことができた。
まあ、結果的に言えば、返り討ちにされてしまったから、今の状況に繋がるわけだが。
その作戦、罪獅子が持つ疑問は、一つ。
どうやって、広い山の中、的確に、罪獅子の仲間の位置を見つけることができたのか。
相討ちに見せるためには、相手を倒さなくてはならない。
倒すということは、勝つということ。負けは、許されない。
では、どうやって、勝つのか。
それは、先手を打てばいい。先手を打てば、勝つ可能性がぐんと上がる。
相手に認識される前に。相手に捉えられる前に。
相手に意識される前に、その前に攻撃してしまえば、たとえ一年の経験値の違いや技術があろうと、殺すまではいかないまでも、気絶させることは容易にできるだろう。
傷枷は、どう答えたらいいものかと思って沈黙していたが――、腕に走る激痛を感じて、すぐに答えを言う。どうやら、今の罪獅子には少しの沈黙も苛立ちの原因になるらしい。
苛立たせないように気をつけよう、と、傷枷は心にそう刻みつける。
「どうやって、どうして……か。
先輩――いや、罪獅子なら分かっていると思っていたけど。
ふうん、どうやら、そうではないみたいだな」
傷枷は、罪獅子を見て言う。いや。見ているのは罪獅子ではない。
罪獅子の、後ろを見ていた。
まるで、罪獅子と話しているのに、罪獅子を無視しているように。
後ろの景色を、ただ、見つめる。
「にしても。動くなって言ったのに。なんだよお前――、反抗期かよ」
傷枷が景色に声をかけた。
景色が返答する。景色が、動く。
手に持つ杖を、振りかぶり、その先端を、罪獅子の後頭部に、突きつけた。
ぞくりとした恐怖を胸に抱きながら――、罪獅子はしかし、振り返ることができなかった。
振り返れば――、それこそ死ぬ。それほどのレベルの恐怖が、真後ろにいた。
上京。
体が弱く、すぐに怪我や病気に襲われてしまうほどの少女。
彼女は体が弱い――だけど、だからと言って、まったく動けないというわけではない。
戦闘だって、やろうと思えばできる。
前転だって、後転だって、側転だって。
当たり前のようにできるのだ。
ただ、動いたことによって生じる負荷により、怪我や病気に襲われやすいだけである。
だから――、
だから、上京に杖など、本来ならば必要ないのだ。
「罪獅子――、さっきの問いに答えるならな。
あんたらの位置を分かっていたのは、全部が全部、上京の力なんだよ」
傷枷は、罪獅子ではなく、罪獅子の後ろにいる上京に視線を向けながら言った。
「上京はこの山の、ほぼ中心地点に隠れていた。
そこから、上京は聞いていたんだ。罪獅子の、他の仲間の。そして、俺と、俺の仲間の――音を。その音を聞いて、上京はこの山の中に、誰がどこにいるのか……そして、どう向かえば誰にも見つからずに移動できるのかを導き出した。
あれだよ。レーダーみたいなものだよ。レーダーみたいな、少女なんだよ――上京は」
「そんな、馬鹿――な」
「もう一つ言えば、杖なんて使う必要はないんだ。
上京は杖が必要なほど、肉体的にマイナスにいるわけじゃない」
杖など、いらないのだ。
ならば、なぜ、日常的に杖を使っているのか。
杖を使って、体が弱いと見せかけているのか。
それは――、そう、今みたいな状況のためである。
「罪獅子、お前は、上京は体が弱いからと勝手に納得して、ここまではこれないと、そう勝手に解釈していたよな。それが、今みたいな、絶体絶命の状況を生んでいる。
この結果は、上京が普段から杖をついているからこそ、生むことができた――、誤解だろ?」
強者と戦う時、真正面から戦うのは無謀だと言える。
だからこそ、策を練る。
戦略を、歪ませる。
それは、卑怯と言われる手かもしれない。
――騙し手かもしれない。
だけど、弱者が強者に勝つための戦法としては、当たり前のことである。
傷枷は、相討ちに見せかける、という手を使った。
それで倒せればそれで良かった。
だけど、その手だけでは無理だった場合の、奥の手。
その手は使いたくなかったが、仕方のないことである、と傷枷は自分を納得させた。
上京の夢を潰されるくらいならば、上京の立場を変えた方が――、まだマシである。
「……日常的に、わたしは、わたし以外の人間は――、お前に騙されていたということか。
こういう時のために、奥の手として、上京を出陣させるために……」
「そういうこと――って、おい、上京!」
傷枷の必死の声に、罪獅子が驚いて後ろを振り向く。
そこには、顔を真っ赤にして怒る――、上京の姿があった。
「うがーっ! 傷君になにしてくれとんじゃ――――っ!
この女! 馬鹿女! クソ女!
くそくそくそくそっ! 触れるな握るな! 傷君は、僕のものなんだからっっ!
僕の所有物だ! 宝物だ! 奪うんじゃあ――なぁいッ!」
必死に杖を罪獅子に叩きつけようとする上京。
しかし、その暴力は罪獅子に届くことはなく、傷枷の体を張った拘束によって止められる。
それと同時に、
この戦いにも、終止符が打たれる。
この戦いの勝利条件は、相手全員を戦闘不能にすること。
ただ、それだけだ。
そして、敗北条件は、同じく戦闘不能になってしまうこと。
または、勝てないと、負けだと、そう思ってしまうこと。
だから――、もう終わりなのだ。
負けなのだ。罪獅子は――言う。
暴れる上京。それを止める傷枷。二人を見つめながら。
罪獅子は、小さな、声で。
「わたしの――負けだ」
こうして、戦いは終わる。
一つの、学園内での十人による大喧嘩は、静かに幕を下ろす。
死者は〇人。
怪我人は……多数。
そして、今回、明かされた事実を――、罪獅子は、誰にも言うことはなく、心の中にしまっておいたままだ。知ってしまった秘密は、生徒に伝わることは、一切なかった。
だから。
いつも通りに過ごしていても、一つも違和感がなかった。
疑問の顔を浮かべる生徒はいなかった。
ただ、いつも通りの景色に、納得しているだけだった。
だから。
今日も上京は、杖をついて歩く。
その隣を、いつも通りに歩く。
傷枷が、歩く。
古典遊戯:鬼の章/羅刹の章 渡貫とゐち @josho
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