第162話 完徹
「は? そんな馬鹿な事あるか!?」
自身の全てを否定するような言葉に、ヴィズからローレンシアに向けていた複雑な思いが全て入れ替わり、怒りを通り越した殺意が体の隅まで行き渡る。
「ルー。ヴィズを押さえて!」
重傷のヴィズなどものともしない二人組に
容易く制圧され、ローレンシア側についたルーリナが、暴れようとするヴィズを組み伏せる。
「離せ! この化け物ども!」
その間にローレンシアが服を脱がせ、傷口を露わにされると、傷の程度とヴィズの生き汚さが露見。
「あはは。タバコのフィルムで止血してたの? やるじゃん」
栓代わりの透明フィルムを抜かれるとヴィズの身体を焼けるようや痛みが駆け抜け、人の声量を超えた悲鳴が声帯を震わせた。
開けた口にルーリナの指が入り込み、歯が舌を噛み切る事を防ぐ。
「ヴィズ。少し痛いかも」
傷口から止血物が抜かれ、代わりに指が差し込まれる。
「この程度なら詠唱も要らないくらいね………痛いの痛いの飛んでけー」
ローレンシアは楽観的な見積もりは大きく外れ、ヴィズは生き返る方向に向かいながら魔力による治療行為という名の生き地獄に見舞われた。
魔力が傷口を物理的に縫合し、加速させた代謝が早送り再生のように傷口を修復していく。
しかし、その奇跡の代償は、身体への負荷としてヴィズに帰るのだ。
代謝の加速は、身体に異様な発熱を起こし、血液が沸騰したと思える息苦しさと熱感をもたらした。
魔力そのものが持つ波長は、血管に砂利を流し込まれたような散発的な鋭い痛みを全身に運ぶ。
しかし、辛苦とちつ対価を払い終えたヴィズはローレンシアの首を絞めようとするくらいまで回復した。
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「それにしても、ヴィズは運がいいね」
絶対安静と荷台にふて寝していたヴィズだが、枕代わりに使っていたジュリ缶が取り上げてられ、負傷者のフリが出来なくなった。
「運が良ければ撃たれないだろ」
缶の口から仄かに内容物のガソリンが香る。機械を動かす以外にもガソリンの使い方はある。
「幸運だよ。胸に弾が当たって生きてるなんて聞いた事ない」
特に、いつ復活してもおかしくない敵を完全に抹消したい時には重宝される。
「AR系、というより5.56ミリの威力が弱いのは有名な話だ。ベトナムの時から何発撃ち込んでも敵を倒せないなんて噂はしょっちゅう聞いたもんだ」
話の片手間に、ルーリナはミイラとなったローグへとガソリンを振りかけた。
淡いピンクに反応したのか、ミイラとなった吸血鬼が弱々しく指を動かすが、既に彼の万策は尽き、時計仕掛けの死が秒読みを始めている。
「貴女が食らったのは水銀の炸裂弾だよ。貴女の幸運はこれがお手製だった事ね。
今のFMJは殺傷能力を上げる為に弾丸の中に空洞が設けてあるのだけど……」
進められる処理を眺めながらヴィズは、自身の巻き起こした奇跡に耳を傾けた。
「この空洞の作用は、人体に命中すると弾丸のバランスが崩して、体内で弾丸を横転させるの。
その結果、弾が貫通せずに体内を引き裂く」
ガソリンで敵を浸したルーリナ。用済みの燃料缶は、阿吽の呼吸でローレンシアがキャッチした。
「ただ、貴女を撃った弾丸は、私の為に空洞に水銀を詰めてあったみたい。
そして、ジャイロ効果、はたまた弾丸の精度の問題か、あなたに命中した弾頭は炸裂効果を発揮しなかった。
そうなると水銀は質量が重さが仇になる。貴女に命中した弾は、運動エネルギーが過大で、まるでX線みたいに最小限の負荷で貴女を貫通したの」
奇妙な巡り合わせの話だった。
「つまり、銀の弾丸でも仕留められない私は、吸血鬼以上の化け物ってワケだ」
抹殺の下準備を終えたルーリナが車に戻り、ヴィズの横に腰掛けた。
「ただ運がいいだけよ。だから、今だけは本当にタバコをやめなさい」
言うが早いが、ヴィズの唇からタバコが奪い取ると、ガソリンの池に投げ込む。
手向けられた火種がガソリンに浸かると、青い炎が波及し、一呼吸で夕陽と肩を並べる烈火へ大成。
灼熱に包まれた吸血鬼の成れの果てが燃え上がり、黒煙が死神を羽ばたきを思わせる。
「弔辞は?」と皮肉混じり言うヴィズ。
「貴女の時までには考えとく」とルーリナは運転席に乗り込んだ。
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