第161話 必死

 心臓を撃ち抜かれた私はもう死ぬのだろう。

 運命を痛感するヴィズの心は、凪いで澄んでいた。

 “ヤツはヤツらしく生き、ヤツらしく死んだ”墓銘碑はビリー・ザ・キッドと同じで良い。


 ボヤけ視界には青い空と白い雲がうっすらと感じ取れ、邪悪そのもの自覚しているヴィズですら、その瞬間だけは“雲の上に行きたい”と願った。

 ピンボケの世界は更に眩み始め、それが度を越すと目の焦点が雲にあった。


 胸に這い出してきた明鏡止水が影を潜めると、ヴィズの脳裏にはひどく俗物的な感覚が舞い戻っていた。

 死を覚悟すれば、頭の中に“フランク・シナトラの『マイ・ウェイ』”が流れるだろうと思っていたヴィズだが、現実として胸を撃ち抜かれ、自身の死を悟った時、心に宿ったのは寂寥でも多幸でもなく………異常な熱量をもった“怒り”。


「———……………ふざけ……やがって!!!」


「殺してやる」その呪詛は意識上ではなく本心からの詠嘆であり、怒りの矛先は定まり切っている。


「どうせ死ぬなら、殺してやる」


 身体が酸素のガス欠を起こす前に筋繊維の最後の一本までを復讐の為に注ぎ込むと決めたのだ。


「殺しやる」


 思考はその言葉通りに動き、身体もその意志に倣う。

 力の入らない足を骨と関節で固定し、体重の半分は手で支える。

 その動きは、立ち上がるというよりもフリークライミングだった。

 さらにヴィズは持ち前の幸運も味方した。

 車体を這い、目線がドアの稜線を越えた時、神が世界に融通を利かせたようにルーリナと敵が一望できたのだ。


 情勢は見るからにルーリナが劣勢で、車内で押し倒され性犯罪の犯行現場のよう。


 しかし、その状況は、ヴィズにとってこの上なく好都合だった。


 敵はルーリナに覆い被さっているおかげで行動は制限され、頭頂をこちらに捧げるように向けている。


「おい! 不死身野郎アンデット


 リボルバーを抜き、撃鉄を起こす。


 顔を上げたローグは、サーベルタイガーのように牙を伸ばしたまま目を見開いた。


「お前に本当のファックを教えてやる」


 次の瞬間、ヴィズの38口径が吸血鬼の頭を吹き飛ばファックした。


 脳漿をともなって肉体がビクッと跳ね、攻撃の余波は赤い雨となって赤土の大地に沁み渡る。

 弾丸が頭を抜けた為に敵の頭は仰け反り、その隙にルーリナが息を吹き返す。

 強引に口に手を突っ込み。そのままローグの下顎を裂くと、吸血鬼は存在を誇示するように喉元に喰らい付いた。

 頭が消し飛び、顎が砕けてもなおローグは対抗をみせるが、ルーリナは牙を離さない。

 元々痩身のローグが見るからに痩せ細り、枯れ果てたミイラとなっていく。

 

「ヴィズ……」


 ミイラを投げ捨て、血まみれの口を拭うルーリナ。


「……ありがとう」


 「勝手にした事だ」と激しく咽せながらタバコを咥えるヴィズ。


「勝敗を知る為にとりあえず1人は生き残らないとな」


 心に動乱はなく。自分がじきに死ぬ事はも受け入れてしまうと、束の間の余生は恐ろしく退屈なものだった。


「ヴィズ…………どこを撃たれたの?」


 血が乾ききらないままのルーリナは、1人の男を殺しておきながら、ヴィズに潤んだ目を向け、介護するように手を握る。


「たぶん、心臓だろう。多少手当したがそう長くは持たないさ」


 服の下でヘソまで伝った血は生暖かく、気候と相まって蒸し暑い。

 出血量は夥しく致死量はとうに超えているようだ。

 

「待って……………心臓なら———」


「うわぁぁヴィズ!! 嘘。私が、私がしっかりしていれば」


 ローレンシアも擬死の状態から復活し、ヴィズの元に駆け寄った。


「私がバカだった。前みたいに弾を受け止めたから気絶してしまって、あんな事してなければ間に合ったのに!」


 助けようと服を裂くローレンシの手を、ヴィズは煩わしそうに跳ね除けた。


「お前らしくないな。人の死なんてなんとも思わないだろ」


「他人はどうでもいいけど、友達に置いてかれるのはもう耐えられない。

 残された私やキーラちゃんはどうすればいいの?

 迷惑かもしれないけど、私が心から信頼できる友達は貴女だけなんだよ?」


 ローレンシアには飾り気の無い言葉は、虚栄癖を差し引いても無垢な本心なのだろう。

 真っ直ぐな訴え掛けは、ヴィズの心に僅かな“もっと優しくしてやるべきだった”と後悔の念を巻き起こした。


 「諦めろ。さすがのローレンシアにも決まってしまった運命を捻じ曲げるほどの力はないだろ」


 大きく吐き出した紫煙には、達観とほんの少しの後悔が澱んだ。


「まぁ、その、なんだ。意外と………友や仲間に看取られるのも悪くない。

 私が望めるうちの……理想の最後だろう」


 声にならない声で「嫌だ」とローレンシアの細い腕ヴィズを抱きしめする。

 必然的に距離の縮んだヴィズの耳にローレンシアの口から秘めた想いが告げられた。


「………あなたに……厳しい………現実を突きつけるようだけど………」


 体から体へと伝わる体温が骨の髄に染み込み安堵へと変わる。

 胴に回ったローレンシアの腕が、ヴィズの両方の傷口に触れ、身体が無意識に引き攣る。しかし、最後だと思うとそんな痛みは耐えられる。


「言われなくても、助からないのは分かってる」


「ヴィズ。でも、私ははっきりと伝えるよ。

 ………………出血量と脈拍から見て、

 入射口と貫通口からみて、肺の下端の間。心臓のかなり横を貫通したみたい。

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