第154話 一新
場が落ち着いた頃。
シエーラに促されてルーリナがテントへと進む。
そんな2人を飛行機の影から眺めていたヴィズも、目線を合わせられて招集が掛けられた。
「パールフレア、あなたもテントに来なさい」
手頃な石にタバコを押し付け、立ち上がりながらひっそりと呟く。
「何がテントだ。廃材置き場の間違いだろ」
テントと名付けられた建造物は、日差をビニールシートの天蓋で遮っただけの代物。
3人はその影の中で椅子代わりの切り株で膝を突き合わせた。
「ルー。………例の核兵器にも手を出したと聞いたよ」
超然とするルーリナ。対するのは、感情を殺した目のシエーラからの詰問。
“これは面倒臭くなりそうだ”と空気を察したヴィズは、タバコのフィルターを歪ませた。
「有り体に言えばそうね。もう充分に役目は果たしたから飛行機の中にあるよ、記念に持っていく?」
ルーリナもヴィズを一瞥しながらも彼女の行動にとやかく言うのではなく、話題を進める事を選ぶ。
その行動は、ヴィズの直感を補足ようなものだった。
冴えた気になったヴィズは、心の中で未来を読む。これから起こるのはフランス語訛りの罵詈雑言の嵐だろう、と。
だが実際に起きた事は、彼女の慎ましい予想を裏切り、エルフの傭兵は実利主義者として感想を持ち出した。
「よく考えたものだよ。貴女の使い方が最もコスパが良い」
ヴィズとルーリナの予想に反する言動だったが、逆にここにいる面子は一枚岩である証左となり、話題はより実務的なる方向へ舵を切った。
「で、これからどうする?」
「もう大詰めだよ。ここからそう遠くないところに衛星通信基地局がある。そこにムラサメを持っていけば今回の任務は終了」
「衛星?」
「この電話の電波を飛ばしてる代物」
ストラップを指にかけて回すルーリナ。三者三様にその電子機器を睨む。この機器はまるで蓄光する縄だった。夜の海で難破したような彼女たちにとって、唯一の命綱でもあり、鮫を呼び込む目印にもなり得る。頼みの綱であり、首吊りの縄でもある。
「その衛星は、元々はソ連時代の軍事衛星だったが、持ち主が粛清されてな。そのゴタゴタの中でコードやらなんやらを持ち出したんだ」
戦闘の形態が情報戦に、戦場が周波数の波間に移ってしまえば、ヴィズやシエーラに出来る事は限られる。
「聞く限り万事順調そうね」
だが、戦争がどのような形態を取ろうともハードウェアを担うのはマンパワーだ。
ハードウェアの保護の観点から、ヴィズは懸念事項への対応策を求めた。
「……問題があるとすれば、我々は監視されているのかどうかだ。
例えばアメリカの軍事衛星が私たちを捕捉してるかもしれないぞ」
「その点は大丈夫」と胸を張るルーリナ。
敵の目を潰す、あるいは掻い潜る。これも戦闘の教科書では序章に挙げられる基本だ。
ヴィズの預かり知らぬところで成されているその偉業がどんなものなのか。彼女の口は自然と興味を収める答えを求めていた。
「向こうの衛星にも細工がしてあるのか?」
それに対するルーリナは、久しぶりに自信満々の嫌味たらしい笑みで答える。
「さすがにそんな事は出来ない。でも、空は曇っているでしょう?
この時期は雨季が近いから基本的に曇りっぱなし。よほど運が悪くなければ見つからないよ」
人間が壁を見通せないように、衛星も雲の下は監視出来ない。
心底納得しつつもハイテクの神話性に肩透かしを食らったヴィズは、その小さな驚きを塩対応で誤魔化した。
ルーリナの言葉から派生した問題提起として、青烏からの懸念事項が挙がった。
「ルー。その点なんだけの一つ懸念事項がある。
私たちの飛行機やルーの機体はイレギュラーとして見られたかもしれない」
索敵を擁する調査の概念の大半は“不和の検出”に依存する。
ルーリナたちの機体はその条件から外れていた。許可もなく飛行し、あからさまに各国の管制レーダーから距離を取った航路を選んでいたので、怪しまれている可能性を拭い去れなかった。
「アオ、何の話? レーダーか何か?」
青烏が首を横に振る。彼女が危惧したのは宇宙からの監視でも高性能レーダーでもなく、それ故に誤魔化しも防止も難しい統計学に基づく推論だった。
「単純に航空機は空にあると電波を遮ってしまうから、その電波の途切れを追跡すればかなり簡単に調べられる」
ヴィズの感想は、“こいつ、何言ってんだ?”という排他的な物だった。
彼女が内心でギークと呼んでいるこのエンジニアは言語化されていないような領域の話をする事が多々あり、今が正にその瞬間だった。
青烏の言っている事の意味の分からない彼女は、ルーリナとシエーラの反応から言葉の意味を知ろうと試みる。
「つまり………電波が途切れた軌跡がそのままあの飛行機の航路になるのか?」
周囲の目がヴィズに注ぐ。
遅れてルーリナとシエーラが「なるほど」と呟く。
ヴィズは、自分がハイテクに関して隠れた才能があるような気がしてきた。
「そう。まさに………その通り。オシロスコープのような考えた方だから、やっぱり当時現役だった人の方が詳しいのよね」
自惚れに冷や水をかける青烏の発言を聞きながす。
顔色を変えないように努めつつ、気恥ずかしさを体内から濾しだすように血中にニコチン練り込んだ。
「とにかく、善は急げというわけね」
青烏の説明を加味してルーリナは話をまとめる。
ヴィズとて優先順位は心得ている、腹に何を抱えようと、彼女と彼女の属する組織の行動にも予定にも変化はない。
核兵器の脅威も世界も、今やルーリナの手の内で転がっているのだ。
「さあ、行動に移ろう。善は為されるべきだ。その結果、世界が滅ぶとしてもね」
「その言葉、単純なラテン語の引用だと良いな」
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