第153話 歓迎会

「なんだろう………外が騒がしい……」

 

扉に手をかけた所で固まるルーリナ。

 外が異様に騒がしく、顔を出した時の安全性に疑問が生じた。

 

「ルー、さっさと出よう。この3人ならスパルタ軍も怖くないからさ」


  ローレンシアに背を押され意を決した。


 扉を開けた先で出迎えたのは、蒸し暑く、土の匂いのする大地と30人以上のアフリカ人民兵だった。


「ちっ。出迎えてくれたわけじゃなさそうだな………」


 ヴィズが戸口にカバーポジションに陣取り、半面で外を眺める。

 颯爽とリボルバー撃鉄を引き、ウォーミングアップを行うが……群衆の前に装弾数5発の銃はあまりにも無力な代物だ。


「敵か味方かは、まだ分からないでしょう」


 群衆が機体に流れ込んでこない以上は、まだ交渉なり和解の余地があると踏んだルーリナは、家に他人が来た時の番犬のように戦闘モードのヴィズを落ち着かせる事を選んだ。

 しかし、平和的な解決を目論みつつも背骨を凍て刺す緊張感は拭えない。

 相手の素性に関わらず団体行動をする大集団に囲まれるのは心地よいものではなく、ましてや、治安が悪い事に定評のある地域での事ととなれば身の危険を感じるのは至極真っ当な感覚だった。


「正当な警戒だと思うぞ。この際ローレンシアに存分に暴れされてやるべきじゃないのか?」


 物騒な提案だが“もし”の時はその力を行使しなければならない事も目配せで伝える。

 

その時………。


 民兵の肉壁が聖書の物語のように割れ、その中心から姿を現したのは、見知った仲間たちの顔だった。


「ヴィズさん! ご無事で!」


「キーラ……か? じゃあ、この連中はなんだ?」


「合流地点なんだからここにいて当然じゃないですか。

 この人たちはシエーラさんの知り合いですよ」


 頭に疑問符を浮かべながら苛立つヴィズをよそに、ルーリナは全てを理解した。

 男だけで結成された黒山の人集りを見渡してみると集団の顔ぶれはに見知った者はいないが、人相の特徴を挙げていくと、この地方には珍しいアフリカ大陸西部の部族のようだった。

 この見解と自前の知識を総合すると一つの推測が立った。

 まずアフリカで武装組織を形成するような人々は伝統的に地元意識が強く、国や地域を跨いだ引っ越しを好まない。

 その事を踏まえると彼らは武装した難民ではないのだろうか、と。


 難民とシエーラの関係にはより確度の高い推測が立つ。

 シエーラの元同僚の中には難民のコミニティに身をよせざるを得ない者が一定数存在するからだ。

 直面した脅威度を下方修正し、もう一度と民兵の集団を観察しなおす。


 色眼鏡を取り除けば、その集団にはアフリカ人らしい陽気さとポジジティブさが現れていた。初めて飛行機を見たのか、やたら機体を撫で回す者から、ランディングギアに噛み付く者。

 武装した者の1人と目が合うと、その者はライフルを持った手で危なっかしく手を振ってきた。


 ルーリナは、この集団は個々の不注意練度の低さを除いて危険性は無いと結論つけた。


「あの女もいるのか。それにしてもずいぶん顔が広いな」


 ヴィズも同じ結論に至ったのか、銃を収めながらタバコを咥える。

 そうしているうちに他の面々が人混みを掻き分けた。


「ようやく役者が揃ったね」


————————————————————


「狗井が絶好調で、セルゲイとシエーラが加わったと………御足労ありがとう。特にシエーラ」


 よく分からない形で周りが盛り上がる中、ルーリナは、いの一番にシエーラに駆け寄る。


「トラブルには慣れっこよ」


 ワークキャップのサングラスをかけ、ボスの風格でたたずむシエーラは、それとなくルーリナに歩くように促してきた。


「本当にありがとう。

 …………それはそれとしてこの人たちは何?」


 チラリと振り返ると、民兵の集団は飛行機を見物するのに夢中で、差し迫った脅威は訳もなく背後にピタリと付いてきたローレンシアのみだ。


 「解放軍を名乗るゲリラたちよ。

 ほら、ロンドンでの銀髪を殺す為に雇った傭兵の1人に“ザンギトー”というアフリカ人がいたでしょう?」


「その節はお世話になりました」と皮肉のパンチを入れるローレンシア。


 対するシエーラも目を三角にして、「いえいえ、こちらこそ」と2人の視線の交点では火花が散った。


「シエーラ、話の続きを聞かせて。

 ローレンシアは後で〆めとくから」


 「なんだっけ………。そうそう、あいつの叔父さんがこの集団を指揮っているから、その繋がり」


 そう言って群衆の一角に手を振るシエーラ。

 民兵の中から話題に上がった黒人の青年が遅れてルーリナの前に挨拶に出向いてきた。


「ルーリナさん。またお会いできて光栄です」


 細身ながら190cm前後の長身をほこり、端正な顔には、強い意志の持った目がギラついている。

 頭には赤いバンダナを巻き、半裸の上半身にはオリーブドラブ色の半袖ジャケットを羽織り森林迷彩の作業着を履いた出立は、貧乏な軍事組織のステレオタイプでもある。


「そうか、あの時の……人か。ところで君の叔父さんと言うのはなんて名前なの?」


「ルジェレクです」


「……………!?」


 カッとルーリナさシエーラの方を振り向いた。


「ルジェレク将軍。コンゴで私と戦って、一緒にあんたに助けられたあの坊やさ。

 あの後、イギリスの大学を出て、いろいろあってこの辺で偉くなったららしい」


「それは誇らしい限りだ」


「僭越ながらルーリナさん。私たちも貴女に協力させてもらいたい。銃が使える者が揃っていますし、恩は必ず返すがのが我々の伝統です」


「嬉しい申し出なのだけど、君たちの協力は必要ない。

 私に恩義を感じるなら、自分の生涯を一生懸命に生きてくれればそれでいい」


青年は、肩を落とす。しかしどうやら断られるのが分かっていたような節が垣間見える。


「叔父のルジェレクもきっと断られるだろうと言っていました」


「私の事をよく覚えているようだね」


「えぇ、だからですかね。叔父からは言伝を頼まれています」


「言伝?」


「はい」と胸を張るとザンギトーは宣誓するように声も張る。


「『私は生い先短い。気持ちがあるのならば顔を見せてくれ』」


「なるほど、承った」


 挨拶の済んだ青年は、拡声器を取り出し、民兵を取りまとめる。

 ダラダラと屯していた集団はその一声で乱雑な隊列を組み草で覆っていたトラックに分乗して赤土を巻き上げていく。


 ルーリナは、離れていく車列を眺めながら、底冷えするような静かさが訪れるのを感じていた。


「この国……というよりこの大陸は相変わらず変わらないわね。ナチュラルな情熱に溢れている」


「彼らのような若者を見ると、コンゴやビアフラでした事は正しい事だったんじゃないかって時々思うのよね。

 そんなのは気の迷いだけど。

 所詮私は、ただの殺人嗜好のアドレナリン中毒者に過ぎないのに」


 「貴女がナイーブになるって事は、ローデシア陸軍で知り合った感じなの?」


 記憶を辿ればこの地域は、元々植民地主義を経て、白人至上主義者たちが築き上げた土地だ。

 シエーラはその国の末期に政府から援助を受けて代理殺人を担っており、この土地とは血生臭い所縁があるはずだ。

 

「彼の叔父ルジェレクは白人よりも共産主義が嫌いで、内戦末期にこの手の連中は“反共”を掲げてローレデシアについた連中だ。

 後は分かるでしょう? ガタガタになった正規軍をだし抜いて資産を巻き上げたらそのままこの国の建国に立ち会って良いポストについたって話しよ」


「古典の英雄譚のような話だけど、ここだとそんな突拍子の無い話がザラにあるのよね」


「そうね。当たり前にあり得ない事が起きる土地だ」


 ここは空模様のように政権が移ろい草木のように盛衰する土地であり、土着の価値観から簒奪者が持ち込んだ戦禍と、ありとあらゆる負の概念が蠱毒のように精製されてこの地に染み込んでいる。


 この場所こそがルーリナの出発点であり、変わらない想いのまま回帰した到達点。


「世界を少しでも良くしようと思うなら、この土地は最適よ。世界から取り残された、緩やかな退廃と自給自足で成り立つ自己完結した社会だからね。神様が救うべき弱者はおらず、陰謀の種となる資本もない。

 私の計画が正しいければ、世界はほんの少し臆病になって、人々は個人的な不安だけと戦えばいい世界に近づくでしょう」


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