第140話 サプライズ

 一方その前後、ヴィズを爆風が襲っていた。

 炸薬術式を施された通路を砂埃の突風が突き抜け、霧の中の魔王のようにヴィズに襲い掛かる。

 迫り来る暴風を避けるため彼女は咄嗟に横穴に飛び込んだ。


「あいつら出口を吹き飛ばしたのか?! クソどもが。次会ったらどっちかを殺してやる」


 恨み節を込めた嘆息と共に、“生き埋め”という事実に当惑して、天井を仰ぎ見る。


 そこで頭上に僅かに輝く扉のスリットが目に入った。


「出口………か? …………OK、神様。派手にかましてやれGoing Rambowって事だな」


 彼女が偶然にも飛び込んだのは、海岸線防衛トーチカへの地下通路だった。

 

————————————————————


 地下から地表へ、ヴィズを出迎えたのは、ラピスラズリ色の海だった。

 その程度の美しい情景の力では、魂から噴出する憤怒は全く褪せず。

 全てをめちゃくちゃにしてやりたい願望だけが彼女の身体を支配していた。


 研ぎ澄まされた方向感覚と熟成された復讐心でジャングルを切り抜け、バンカーの入り口まで舞い戻と状況の全てを推察。

 狡賢くもルーリナとローレンシアを包囲する武装集団の背後をとった。


「……サプライズパーティーとは、なかなか憎めない奴らだ」


 見下ろす先では、絞首刑用のつり縄を思わせる包囲網が、怒れる群衆よろしくルーリナとローレンシアを追い詰めている。


 「あいつらが餌で、敵はその餌に夢中か。…………私へのお膳立ては全て済んでいるな」

 

 敵は全員がヴィズと反対方向を向いて、その連携を監視者としてテクニカルとその射手が全てを見下ろしている。


 特に彼女の琴線に触れたのはテクニカルの武装だった。

 車の荷台には銃座で据えられたM2重機関銃が鎮座しており、その側面に差し込まれているのはベルトマガジン。

 弾帯に繋がっているのは銀色弾頭を備えた12.7mm口径弾が推定1000発ほど。


「なんて綺麗な弾丸だ。きっとエル・ドラド黄金都市の財宝に違いない………」


 その瞬間からヴィズの思考は、重機関銃に指をかける事だけを中心に周り始める。

 排除しなければならないのは2人。テクニカルの運転者と機銃の射手。


 そうと決めたヴィズは、野生動物じみた才能で繁茂する自然に存在を眩ませると、揃って高みの見物としゃれ込んでいる無防備な背中に忍び寄った。

 猫のようにしなやかに体重を動かして、オフロード車のサスペンションにすら物音をさせずに荷台に乗り込む。


 そして、射手を手に掛けた。


 背後から左脇下を突き刺し、肺と心臓を一息に貫ぬく。同時進行で口を押さえ、。叫びはもちろん、肺が収縮する音すらさせない無音の攻撃で、亡骸を横たわらせた。

 討った敵を完全に抹殺するため、首を頬まで切り裂く。

 と、赤い柳の葉を模した切創から噴き出す血が、木々に不自然な紅葉を生み出し、血飛沫が雨音が運転手の注意を惹く。


「なんだお前!?」


 敵は、すぐさま運転席から身を乗り出し、拳銃を抜く。

 ヴィズもすぐに死体から拳銃を奪い取ると、戸惑う事なく、運転席のクッションと男の顔を撃ち抜いた。


「少々無謀なやり方だったな」

 

 返り血を拭いながら死体を蹴り落とし、運転席に拳銃を突っ込む。

 助手席側へと倒れていた運転手に眉間にさらに弾丸を叩き込こみ、間違っても生き返る事のないように始末をつけた。


「さて、お楽しみの前に………私はまだこの銃の使い方を覚えているだろうか」


 荷台に戻ったヴィズは、素早く給弾カバーを開け、弾の装着を確かめると、慣れ親しんだ手つきでボルトレバー数回引き切る。

 特徴的なボタン式引き金に指を乗せ、取り敢えず、指揮官っぽい、拡声器を持った男に銃口を向けた。


「こんな素晴らしい武器の使い方を忘れるワケがないか」


 重厚な銃座を手に入れたヴィズは、大粒の敵を切り裂く慈雨を呼び起こす。


「ロックン・ロール〜〜!」


 12.7mmの弾丸が草木を薙ぎ倒した。


 あだけるような銃声が、敵の恐怖心とヴィズのアドレナリンを駆り立てた。

 射線の向こうでは、四肢を大口径弾に食いちぎられながら有象無象の生命が舞い散り、

 ヴィズの骨にまで伝わる無煙火薬の衝撃が心地良く闘争本能を煽る。


 奇襲攻撃は、敵にとって最悪なタイミングの、最大な効果を発揮した。


 指揮官が粉々になり、部隊も散り散り、それでもなお、狂った脈拍と同じ発射レートの鉛が、木、人、大地、全てを有耶無耶の一絡げに薙ぎ倒し、滂沱の如く吐き出された空薬莢が白い尾を弾きながら荷台に降り注く。


「この手の攻撃は最高だ。一日中やってられる自信がある」


 大量殺戮の中心のヴィズは、硝煙が愛おしさを覚えるほど香ばしく、アドレナリンに耽溺する至福の時間を過ごしていた。


 が、楽しい時間はすぐに終わりを迎える。


「あぁ! クソ! やり過ぎた!」


 意気揚々と乱射を続けた結果、銃身が赤熱し始め、銃口からはマズルフラッシュに混じって蒸気が吹き始める。

 さらに敵もこの大粒な雨に慣れ始めるていた。

 統率が回復しつつある敵は、遮蔽物の裏に潜み、射線を定めさせないように散開行動取り始めている。

 連帯感のある行動は敵も相当な手練れである事と、奇襲の効果が薄れ、反撃が行われる兆候を指し示している。


「あーぁ……さて、ズラかるとするか。機関銃の水際防衛はピークを境に転落するからな」


 ヴィズは、名残惜しくも最高のおもちゃを手放した。

 そして、敵の血でテクニカルの燃料タンクに炸裂術式を施す。

 

「これをしておかないととな……もったいないもんな」


 手早くを仕組んだヴィズは、颯爽と新緑に溶け込み、次の行動に移った。

 




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