第139話 擬態

「はてさて、ヴィズ1人で大丈夫かな?」


「大丈夫だよ。むしろ、外野の私たちのせいで、タバコとか吸い出したら、この島が月まで吹っ飛ぶわ」


「けっこう長い付き合いになるし、3人で月面旅行も悪くないんじゃない?」


「そうね。それか未来に遺す遺産として、地球に月からでも見える“特大クレーター”を残すのも悪くないかもね」


「歴史に名が残せるよ」


 そんな話をしながら、ルーリナとローレンシアが蜘蛛の巣を断ち切り、草の根をふみつけながら、搬入口へとたどり着く。


「やっと外だ。ルー。少し日向ぼっこをしようよ!」


「私は遠慮するわ」


 ルーリナもローレンシアも一様に樹木に濾し出されたばかりの新鮮な空気を肺一杯に吸い込むと、同時に無数の人影がローレンシアとルーリナを取り囲んでいた事に気がつく。


「…………おっと、聞いてないけど……エスコートかな……?」


 ルーリナたちを待ち受ける形で集合している兵士は、皆キューバ軍のようだった。

 キューバ国旗のついた四駆で集結し、そのうち1台は重機関銃を搭載したテクニカル即席戦闘車仕様に改造されている。

 オリーブドラブの軍用服に身を包んだ兵士たちは、皆一様に同じ型のアサルトライフルを提げていた。


 迎えにしては、妙に重装備の集団のその異様な雰囲気に気圧される前にルーリナが交渉の席に立つ。


「えー、皆さん、こちらの用事は済み……」


 一歩踏み出したルーリナは、ふっとヴィズが車に置いていったアサルトライフルに目を走らせた。


 彼女がこの島のキューバ軍から受け取った銃は、チェコスロバキア製のVz58。

 一方、今彼女を取り囲んでいる兵士たちが持っているのは、ソ連製のAK47だった。


 この2種のアサルトライフルは、形状が非常に似ていて、使用国も旧東側諸国と配給されたエリアも被っている。

 が、マガジンを含めた部品の互換が無い。ここの軍隊は腐っても政府軍であり、武器を自前で賄う集団ではない、そんな彼らが混用を招きかねない銃を共用するの明らかに不自然だ。


 さらに集団の一人一人の顔を眺める。見知った顔はなく、中にはラテン系のキューバ人に見えるように、化粧を施したアングロサクソンが混じっていた。


「ローレンシア、こいつら味方じゃない………!」


 仲間を退避させようと踵を返すルーリナ。そのすぐ後を追うように、7.62×39R弾が彼女の額を貫いた。


————————————————————


 ルーリナの額が大きく抉れ、頭蓋骨の破片と脳漿が放射状に飛び散り、脳を破壊された体が糸の切れた操り人形さながらに地へと伏した。

 敵に味方が撃たれた事、ルーリナの血で視界が赤い事、ローレンシアがそれを把握したのは、足元まで血溜まりが広がってからだった。


「おっと! ルーが死んだ」


 すかさず雑兵が突撃態勢のまま彼女を囲むと、そこで怪鳥の雄叫びに似た拡声器が轟く。


「ローレンシア・シルバーシルビア・カニングだな?」


 その音量に、負けじと手で拡声器を作るローレンシア。


「どっちか分からずに撃ったの? いい腕してるよ」


 拡声器の声主は、サングラスを掛けた白人の男だった。

 オープントップの車を演説台を兼ねた司令塔として、掌握の済んだ場を制御している。


「ローレンシア。お前は俺の獲物じゃない。俺の獲物はルーリナだから逃げてもいいぞ」


 拡声器を片手に車から降り、部下から銃を受け取る。

 まるで大捕物を果たした、金持ちのハンターだ。


「私は誰の獲物なの??」


「カニング家のご令嬢だ。身に覚えがあるだろう」


「本当にら私はあんたの獲物じゃないんだね?」


「そうだ」


 声色には直感レベルで嘘が混じっていないと感じ取れる誠実さがあり、それが同時に敵の大将の掴みどころの無さを表している。


「よかった。あなたたちも私の獲物じゃないよ!」


「あぁ、それは安心した。

 大人しく武装だけ解除させてもらうぞ、そうすればこっちもさっさと用は済ませる」


 敵の大将が部下に指示を下す。

兵士の1人がローレンシアの武装を確かめようと彼女に手を伸ばした。


「えぇ。もちろん。あなたたちは私の獲物じゃない………」


 そう呟き自分から一番近い者と目線を合わせる。


「おい! 貴様、動くなっ!」


 どれだけ訓練を積んでも消す事の出来ない人間の根幹的な所属意識と殺人への禁忌意識。

 兵士は、人を殺すストレスを受けとめる覚悟として、“いつでも撃てる”ようにと備え、目が合う事に起因する本能的な警戒が、兵士に銃を構えさせる。


 ローレンシアは、銃を保持し直すという一瞬の動作の隙をつけ狙っていたのだ。


「……暇潰しのおもちゃだ!」


 その刹那。


 ローレンシアは相手の視界から消えるように体を屈め、獣の速度で銃身の下に潜り込み、敵の腰ベルトからナイフを引き抜く。

 その速さは、包囲網全体の反応速度をはるかに凌いだ。

 

 襲われた敵はうめき共にアサルトライフルで心因性の暴発を起こし、それすら掻い潜ったローレンシアが、ナイフを敵の右太ももに突き立たてられる。刃が狙ったのは脚ではなく、筋肉の下を通る大動脈。目標を貫いた刃は、そのまま股間、腹部へと走り、肋骨に弾かれるまでに循環器と消化器官の大部分を裂き終えた。


「役立たず君。君は役立たずなんかじゃないよ」


 そうして、惨たらしく肉塊を、片手でルーリナの上に叩きつける。

 瞬く間にに1人を殺し終えたローレンシアは、両手を天高く掲げる。


「諸君! 私には弁護士を呼ぶ権利がある! この男は清らかな少女の柔肌を穢そうとした許されざる暴漢なのだから! 

 文句があるなら決闘で白黒つけよう!」

 

 全方位からの銃口を向けられたローレンシアだが、依然として毅然を崩さず。ナイフの柄を指に掛けて回し、気の触れた道化らしく振る舞う。


「正当防衛だ! 正当防衛だ!」


 そんな彼女の目的はシンプルだ。


 指図されたのが気に入らないので、この場の空気を掌握する。

 敵をわざわざにしたのは、敵の組織として洗練された連携行動を個々の感情で瓦解させ、最後の1人を殺すまで1vs1の戦闘を維持するための布石だ。


 眩しいほどの狂気の笑みを浮かべ、誰か報復に出るのを待つ。


「噂に違わない異常者だなローレンシア」


 報復の先鋒を担ったのは、意外にも拡声器からの声。

 会話が成立してしまった事をローレンシアは内心で驚きつつも、時間稼ぎとして、この状況下での会話は悪くない選択でもある。


「はは。褒められると照れ臭いよ」


 敵の指揮官は拡声器を投げ捨て、西部劇のガンマンよろしく、上着の裾を斜めに、腰のホルスターを見せびらかす。


「俺がその決闘を飲んでやる。

 お前ほどの魔女なら弾丸も弾けるらしいな」


「簡単だよ。なんなら跳ね返してあげてもいい」


 一騎打ちなら確実に勝てると踏んだローレンシアだが、敵が何に勝算を見出しているのかを見落としていた。


「決闘。それは、それは面白そうだ………」


 そう言って指揮官は、それと無く手を振り下ろして合図を下す。



 その直後、巨人でも怒らせたように木々が騒ぎ、ジャングル全体がどよめき、飛翔体がローレンシアに迫った。


「なにそれッッ!?!?」


 弾丸の範疇に入らない巨大な質量が噴煙を巻き上げながら飛来。

 そのサイズは口径で表すよりも、ポンドで表すべき大きさで、唯我独尊のローレンシアですら、受け止めるという発想を切り捨て、その場から飛び退いた。


 瞬く間。衝撃波が彼女を巻き込み、砂埃が全身を包む。

 標的を逃した飛翔体は、ローレンシアの後方で炸裂。山の斜面が崩れ落ち巨大な一つの生命体のように掩蔽壕を飲み込んだ。


「おいおい、ローレンシア。跳ね返すんじゃなかったのか?」


「ロケットランチャーは無理!」


 直撃こそ回避したが、至近弾の爆風が彼女の五感を狂った中で車の影に避難した。


「そうか、そうか。口ほどにもないな」


 「射撃」その直後、車体を弾丸の嵐が襲う。

 鉄板がいななき、凶弾が軽々と車体を切り裂く。


「すごい威力だ。同じ事をしてやりたい」


「……抑えて、……ローレンシア」


逆襲の勇み足をルーリナの手が引き止める。


「やっと起きたの寝坊スケ」とローレンシア。

 

 ペッと口の中に残った肉片を吐き出しつつ、ルーリナもローレンシアからの手厚い手当に謝辞を溢す。


「貴女が輸血パックさながらの惨殺死体を寄越してくれたから、頭を撃たれたわりに早く復活できた」


 ローレンシアの狙った時間稼ぎのうち、片方の目的は達したのだ。


「待って、あなたの事なんかよりヴィズを助けないと………このままじゃ生き埋めだ」


「今は動かないで、連中はロケットランチャーに、マシンガン、重機関銃まで備えてる。

 あなたの防壁でも分が悪いと思うの」


 そう言うのを聞いていたように、弾丸と割れたガラスが2人に降り注ぎ、銃声に混じって射撃停止の命令が響くが、銃を持った者の耳には届いていないようだ。


「四の五の言ってる場合じゃない」


「待ってよ。あなたが敵を無駄に怒らせたせいでこうなったのよ。

 それよりも向こうの行動を制限する方が先」


 真意を探ろと目を細めるローレンシアに対し、ルーリナは「任せて」と不敵に笑った。


「紳士の皆さん! ロケットランチャーをぶっ放すのは景気が良いけど、あなたたちが狙っているのは、2人のいたいけな少女と130mm砲の砲弾だと言う事を伝えるわ!

 次弾の使用は控えないと、島ごと吹っ飛ぶわよ!」


 弾丸のスコールが止み、雨上がりには硝煙の霧が立ち込めた。


 銃声の代わりに届いたのは、怒声混じりの問い掛け。


「ルー! その歳でいたいけな少女を名乗るのは痛々しいものがあるぞ!」


「ルー。敵は知り合いみたいよ」


「あの声……まさかあのクソ野郎か」


「私以外に向けて汚い言葉を吐くのは初めてじゃない?」


「少し展開を考えさせてローレンシア。

 乱闘は最適解とは思えない。

 ヴィズが1人で動ける状態だと期待したいのだけど………」


 返答は態度で返された。待てを強要された犬とばかりに車体を殴る。


「最適解なんかどうでもいい。ヴィズの救出と連中の殲滅。さっさと順番を決めて」


 急かされたルーリナだが、ヴィズとローレンシアを守りつつ、厄介者を始末し、任務の継続という、数多くの要素を取りまとめる名案を編み出すのには、時間が必要だった。



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