第141話 執念
ヴィズの凶行は2つの側面を生み出していた。
敵からルーリナたちに向けられた強固な包囲網を背中から崩壊させ、一団をいくつかの小集団に分断するまで追い込んだ一方で、彼女はこの攻撃にフレンドリーファイアを容認していた。
重機関銃が敵を薙ぎ払うと同様に同じ弾丸がルーリナたちにも降り注いだのだ。
「くっ———足がっ!……撃たれた」
ヴィズの弾丸の一つが車の車体を貫通したのち、ルーリナの足を穿った。
「正しい表現じゃないよ、ルー。あなたの足は引きちぎれてる」
千切れた足を掻き集めて再結合を図るルーリナと天に運を任せて車体の盾に身を隠すローレンシア。
相反する2人もこの弾丸の雨の中では、共に祈るような姿勢をとっていた。
「この攻撃、敵も味方も関係ないみたい………ヴィズの仕業ね。まさか私まで撃つなんて信じられない」
流れ弾が地面に無数の泥の王冠を作る。
運悪くその過程を遮れば死神の鎌が易々と首を刎ねるのだ。
「でも、あなたは幸運よ。敵は3分の2は原型をとどめてない」
「動くなら今ね」
「動く? あなたが出来るのは這うくらいじゃない?」
「とにかく、あなたは箱を取って来て。車を動かそう」
思わず漏れるうめき声にへこたれず、脚に長靴を履くように足を嵌め込む。
この場には止まれないと判断したルーリナだが、その決断はあっさりと実行不可能という現実を突きつけられた。
「おーっと、ルー。私たちの車も撃たれてる。なんか黒い液体が出血してる」
「エンジンオイルね。サイアク……」
「こうなったらここで最後の1人まで戦うしかないね」
らちがあかないとローレンシアは、ヴィズの残したライフルを取ろうと、車の荷台に手を伸ばす。
「もう……少し……で、届く……」
指先が銃に触れた瞬間、目の前で火花が散り、跳弾がローレンシアの耳を掠めた。
「!?——ヴィズの馬鹿!」
本能と反射神経がローレンシアの顔を引っ込めさせる。首筋を冷や汗か血が滴った。
「ローレンシア。今のヴィズには文句を言っても聞こえないよ。
今は私に従って、とにかく車を手に入れましょう」
車体の隙間から2人で辺りを伺う。弾丸の雨足は今だに強く。
敵兵の中には、心神喪失でその場に蹲っている者まで現れている。
かと言えば、葉の裏で嵐を凌ぐ芋虫のように岩を遮蔽物とした堅実な集団も見てとれた。
総じて指揮系統は崩壊しているが、敵もそれだけで壊滅する程の烏合の衆ではない。
「あそこに使えそうな車がある。距離はあるけど、たぶんヴィズから死角になるみたい」
次の瞬間、まるで通り雨だったかのように銃声がピタリと途絶え、2人が動くには千載一遇の機会が芽生えた。
「私は自分で行くから、あなたはお願いだから箱を取って……」
チャンスを活かそうとするルーリアに対し、ローレンシアが絶望を与える笑みを浮かべ……。
「私をみくびってるの? そんな普通に扱わないでよ」
そう言うが先か、ルーリナの長さの異なった足を掴んだ。
「ちょ、ローレンシア! ちょっと、な、なにを————!?」
そして、ぶん投げた。
物品だとしても劣悪な扱いで、弧を描くルーリナ。
狙いだけが精確無比であったため、彼女は数メートル空を旅した後、車の荷台へと叩きつけられた。
サスペンションが暴れ馬となり、軋むスプリングの音の中に肋骨が折れる音が混じった。
「嫌な音が体内から……この音は……、お、折れた骨が肺に…………有難いけど許せない………」
胸を締め上げられるような気胸の苦しさに耐えながら運転席へと這うルーリナ。
星で縁取られたら視覚の中でキーシリンダーを引き抜き、エンジンを直結始動させた。
「よし、ルーリナも荷物も積載完了っと」
エンジンが咳き込むと同時に、車体が軋むみローレンシアがなだれこむ。
「後は……ヴィズ………ね」
「ルーリナ、体調悪そうだよ」
「お陰様でね………。ヴィズを待たないと」
「待機が発進か、ここでの判断が今後の全てを左右するよ」
———その時、荷台に何かが飛び込んだ。
「くっ!? 次から次へと」
咄嗟にバックミラーをもぎ取り、投げつける。
相手はそれを難なく銃で弾いた
「危ねぇなクソ野郎、私だ。さっさと出せ」
ミラーの弾着点にいたのはヴィズだった。
「ヴィズ!?」
「さっさと車を出せ! エリアス軍曹並みに敵に追われてるぞ!!」
木々の隙間から発砲炎が瞬き、周囲を銃弾が飛び交う。
機関銃の射手が不在になった事を悟り、敵が体制を整えつつあるのだ。
「私が……運転する……!」
腕力だけで運転席に転がり込んだルーリナは、左脚と右脛で行動力を示す。
「ルー。誰のせいとは言わないけどあなたは今脚がないのよ?」
「吸血鬼には……些細な事よ」
エンジンが回り、ドライブシャフトを介した四つのタイヤが一斉に泥を掻き回す。
「安全……運転は無理だからね」
さらに変速ギアを無理やり押し下げ、車体を泥地から引き摺り出した。
————————————————————
一行が手に入れた四駆は草木をバンパーでへし折りながら、道なき道を駆け抜ける
「ルーリナ。こいつは一体何が起きている? キューバ軍に裏切られたのか?」
「違う……。あの指揮官はローグというヤツだ?」
「
咳き込み、肺に流れ込んだ血を吐き出すルーリナ。今の彼女の身体には、話すだけでも激痛が走っていた。
「あの男はリック・“ローグ”・ローゼンバーグ。1889年フィアデルフィア生まれ。
キーラと同じく隔世遺伝で能力を得た吸血鬼で、筋金入りの好戦的愛国主義者だ。
………イデオロギーに傾倒する私だと思えばいい」
「詳しいな」
「彼に……吸血鬼の………生き……方を教えたのは私なのよ……」
「分かった。裏切られたのね。それで、私と同じように優柔不断で抹殺出来なったんでしょう?」
悪路で車体が跳ねる。それに伴って三者とも中華鍋の食材よろしく踊った。
「……あなたが見てるのは真実の一側面だけよ」
ルーリナが片手で胸を押さえながら運転する中、後方を警戒していたヴィズの耳に別の車のエンジン音を捉えた。
「討論会は後にしろ。追っ手が来てる!」
草木の壁を断ち切り、一台のジープから真横から飛び出す。
車体同士が擦れ合い、ドアミラーがすり潰される。
「ルーリナ! また追いついたぞ」
現れた車に乗っていたのは、運転席に兵士と
「スピードを上げて。敵はあの重機関銃で来たよ!」
ローレンシアが叫び、ローグが答える。
「そうだ。先程の仕打ちのお礼に50calをたっぷり持って来てやったぞ!」
「ちっ。見返りは求めてねぇよ」とヴィズが荷台に投げ捨てられていたライフルを構え、敵に向け十時型の砲火を瞬かせた。
ドアパネルに何発分のも穴が開き、内装が生き血で染まる。
被弾したローグは、血反吐混じりに叫ぶ。
「いいぞ、もっと撃てみろ!」
敵の車両はそういい残すと急減速し、後部席の銃座へと回り込んだ。
「ヴィズ。何か手を打たないと、こっちが蜂の巣にされるよ!!」
地上のドッグファイト。敵は12.7mmの弾丸で武装し、こちらの武装はヴィズの持つ7.62mm弾のみ。
敵はこちらの車をクッキーのように砕ける威力を持ち、ヴィズの火器では吸血鬼相手には嫌がらせしかできない。
「ヴィズ。早く! 早く!」
「とっくに……」
「打つ手は無いとか言わないでよ!」
「手は打った。印象的な手痛い仕打ちさ」
後方を陣取ったテクニカルに搭載された直径12.7mmの深淵がヴィズを見つめる。
ヴィズもその奥を見つめ返す。
「来るよ! ローレンシア! ヴィズを伏せさて!!」攻撃を予期したルーリナが叫ぶ。
「車が揺れて届かない!」とローレンシアが嘆く。
「撃ってみろよ」ヴィズがそう呟いた。
終わりを達観したように、あるいは全てを俯瞰したように。
機関銃の撃鉄が引かれ、銃口から炎がほとばしる。
が、その火炎は発砲炎ではない。
機関部が炎を吹き、ローグは慌てて消火に移る。
「触らない方がいいぞ。コウモリ野郎」
ヴィズの予言の通り、ローグの手に溶けた金属が張り付く。銃本体が、夏場のチョコレートのようにとろけると、溶融した金属な弾薬ケースへと流れ込む。
予備弾薬に火が周り、テクニカルの荷台は死のポップコーンメーカーと化した。
「ヴィズ。何が起こっているの?!」
「気にするな。
撃鉄の衝撃で発火するように炸裂術式を施しておいた。
あんな素晴らしい兵器をタダでくれてやるつもりはないからな」
燃え盛る敵車両に座射で銃口を向け、アサルトライフルの照準を運転席に固定する。
「舵を切らせてやる。そのまま地獄へまで突き進め」
ヴィズの凶弾が運転手の眉間を捉え、額に赤い点を、後頭部にザクロの断面に似た致命傷を与える。
死に体がハンドルを切り、コントロールを失ったテクニカルは、前輪を地面に食い込ませ、ボディフレームが巨獣の断末魔を上げながら横転。パーツを振り乱しながら炎がガソリンタンクにたどり着いた。
「百点満点のクラッシュだ。気持ち良く死んでくれたな」
「お見事ヴィズ! でも、死体が塵に戻るまであいつが死んだと思わないで」
「了解。だが、あいつが七面鳥なら今日は感謝祭だぞ。文字通り丸焼きだ」
「その点では、貴女はさすがの腕よ」
敵を制した危機一髪を抜け出した安堵と達成感に包まれるルーリナとヴィズ。
そんな2人に水を差すように、ローレンシアが叫ぶ。
「ルー! もう基地が目の前だよ!」
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