第131話 古兵の逆襲
極夜の空を雪雲が覆い尽くし、辺りは闇夜並みに暗く、時間に置き去りされたような森を雪を踏み締める15人分の軍靴の音を纏った細身の熊のようなシルエットが規則正しいく小屋への包囲網を形成していく。
雪雲の生み出した宵闇は暗視装置を装備した襲撃部隊に絶大なアドバンテージを与え、防衛設備などないバンガローを容易に取り囲むと、出口となり得る扉、窓、その全てに銃口が向けられ包囲の網が編まれた。
次に5人組の突入班による屋内掃討へと移行。
無線の波形が“突入”の音声を告げ、襲撃チームのリーダーが、ハンドサインで“扉をぶち破れ”と示す。
静寂の世界に、
戦闘開始の勝鬨。銃撃戦における騒乱と静寂の波が大きくうなりを見せた。
木製の玄関扉を軍靴が蹴破り、流れ込む冷気の如く5人の完全武装の死神が建物の征服に動く。
一つの生命体のようなチームは、銃口がそれぞれに玄関から奥へと繋がる通路、左手側に広がるリビングキッチンを支配下に収まめ、リビングに該当する部分を制圧した。
その部屋に、人影はなく、暖炉の奥で薪の燃えカスだけが儚い音を立てているのみ。
仲間には手で、“制圧完了”のサインを出し、包囲網を担う外の仲間には、赤外線レーザー照準器による、不可視光の光線で意図を伝える。
窓枠の水溜りのように部隊を集結され、作戦行動は次の段階として、奥の部屋を捜索する。
部隊は部屋ごとの外周を囲む狭い通路を、相変わらず一つの生き物のように進み、切り込み役を受けた隊員は廊下に交差する部屋の入り口を認め、即応の覚悟で銃口を固定。
教本通り、髪をなでる幽霊のように扉に忍び寄ろうと試みる。
重みを受けた床がギィと軋み、静寂は不穏な空気という形で澱む。
音を端に発した無意識下のストレス。知覚外から伝播する身体と精神の不和は、コンマ数秒間の注意散漫として、静寂と騒乱の波形を見過ごさせた。
「!?」
警戒心を注いでいた物陰から、にゅと異形なシルエットが突き出でる。
それが“人”だったら、彼はそれを即座に撃ち殺していた。しかし、そのシルエットは宙に浮いて、細長く、この世のものとは思えない何か。
そこシルエットが覗き込むように隊員を捕えた事で正体が割れる。
銃身だ。
「敵———!?」
刹那。
2種の銃声が廊下を駆け抜ける。
マズルフラッシュが昼と夜を反転させ、芽吹いた炎が隊員たちの目に流星のように焼きつき、巻きついた。
「仲間が被弾!」
息を継ぐ間もない騒乱の中、つい直前まで部隊を保護していた宵闇は廊下から閉め出され、夜空の星をそのまま引き摺り降ろしたような白い輝きが、点々と周囲を包んでいる。
「ぎゃぁぁぁぁ!!」
その中で一層煌々と燃え上がったのは切り込み役を担った隊員だった。
被弾の衝撃と火炎の熱に理性を焼き尽くされ、仲間に飛びつく。
あれよあれよ火が燃え移り、5人の部隊のうち3人が火だるまと化す。
「退がれ!
残った隊員を遮蔽物の裏に退避させる。
その瞬間。
壁の向こうから銃声が起こり、退避した隊員の頭と壁材が共に吹き飛んだ。
「音でバレたのか!?」
——突撃チーム。何が起きている!?——
追加の遮蔽物として、仲間の死体を盾に無線へ応答。
「反撃だ。反撃を受けている。既に4名が負傷!
対象は
部隊が置かれた状況は、全てが想定外だった。
大口径に耐えうるボディアーマーも燃焼と熱の痛みは対応出来ず、闇を見通す事に特化した暗視装置は、炎による劇的な光量の変化に対して人間の目よりも影響を受ける。
「対象は寝室に籠城——」
マイクにそう怒鳴る中、発砲音に肩をすくめる。
「クソッタレ!」
続いて、外から報復が起こる。
外のバックアップチームに負傷者が出たのだろう。混乱から指揮系統に不和が生じ、状況のコントロールが破綻しつつあるのだ。
ついには外部の仲間の放った弾が彼の頬を掠めた。
「クソったれ! 撃つのやめろ! 俺が片をつける!!」
指揮系統の最上に割り込んでしまった隊員は先程された事の意趣返しのように、壁に弾丸を叩き込み、タクティカルリロードと並行して、廊下を駆け抜ける。
廊下から再び弾丸を浴びせ、制圧射撃の勢いに乗って寝室の制圧に挑む。
閃光手榴弾を投げ込み、室内が閃光に焼かれた瞬間。部屋へ突入。
「手こずらせやがって———!」
その途端、左肩に違和感を感じて振り向く。
「———やられた……」
左肩の防弾アーマーに釣り針が掛かっており、そこから伸びたテグス糸が、仕掛けられていた散弾銃の引き金を引く。男は仕掛けられた銃から30cmの距離にいた。
至近距離からの散弾は、NATO規格の防弾ヘルメットを側面から容易く撃ち抜き、こめかみから脳髄を押し出すように、頭部を吹き飛ばした。
————————————————————
現場指揮系統の崩壊は、後方司令部にも混乱を招いた。
組んでいた足が飛び跳ね、テーブルのコーヒーを蹴り落とす。
それに構う暇もなくカークは無線をひったくる。
「あ? 対象が逃走?! 建物が火事だって!? なにやってんだ?!!」
生まれて初めて余裕を無くしたような狼狽を前に、椿が太刀を手に取る。
「………私が行こう。お前の最強の部下たちより私の方が強いからな」
そう進言する椿を、カークは手で制した。
「いや。ダメだ。火災となると騒ぎが大きくなりすぎる。森林警備隊や消防隊がすっ飛んでくるだろう。
俺たちは決して表舞台に出てはならない」
そして、全体に命令を下す。
「現時刻をもって任務の失敗と判断する。
10分以内に死体と痕跡を収容及び電話の捜索をして撤退だ」
無線が切られた後も椿は指揮官を睨んでいた。
「馬鹿か?! 私に行かせろ!」
「ダメだ。不確定要素が多すぎる。
今や対象の価値が変わった。あの女は殺害対象ではなく情報源だ。
つまり、今行動するならば、必ず生捕りにしなければならない。
仮にお前がシエーラ・ヴァミリーを確保したとして、この状況下でどうやって国外に連れ出す?」
「奴が衛星電話を持っている可能性は捨てきれないだろ?」
「あぁ、それならそれで泳がせればいい」
「この雪の中なら体温で一方的に見つけられる」
「対象が、キャンプ用の熱反射シートで被っていれば熱感知は出来ない。
状況は変わったんだ。
さっき全滅させられたチームが「シエーラ・ヴァミリー、衛星電話を寄越せ」なんて言ってたらルーリナ・ソーサモシテンへの足取りは完全に消失していただろう?」
「捨て駒扱いにするのか?………」
「それが組織だ。
とまれ、俺たちの優先目標はこの国からの脱出。
自分で自分の首を絞めるような事は出来ないからな」
「………今回は従おう。
ただし、私がお前たちの捨て駒として振る舞っている理由を忘れるな」
「分かってる。青烏と狗井の首が欲しいんだろ。
その為にも今はこっちの指示に従ってくれ」
無線で残存兵力の撤退と逃走を命令するカーク。
率いていた部隊は、蜘蛛の子を散らすように世界中に分散し、各地に潜伏する。
そうする事で外交や世論の話題に登らずにこの作戦を闇へと葬るのだ。
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