第130話 Valhalla Calling
シエーラの仮住まいの周りの薄暗い針葉樹の隙間に妖精のそれに似た羽音が響き、白い影が木々を縫いながら、帰巣本能に導かれたようにキャンピングカーの窓へと飛び込んだ。
その正体はマイクロドローン。隠密性に優れたこの電子機器は、菅野・椿の視覚と同調された現代の斥候だった。
椿はヘッドギアの形した操縦デバイスを切り離しながら、新しい上司に偵察の結果を述べた。
「対処の存在を確認した。小屋の中で1人だ」
「そうか」と答えたのは椿の新たなチームの新たな上司。
カークと呼ばれる毅然とした男で、中東を始め各国で暗躍した元特殊部隊員。
ヴィズ・パールフレアにアメリカで壊滅させられた吸血鬼捕縛チームの残党であり、ルーリナを追跡の為に派遣された復讐鬼の1人だ。
「最新のドローンで見えるフィンランドはさぞ美しかっただろう?」
椿が思うに、この男がローグの目に適ったのは、冷徹な現実主義者であると同時にムードメーカーこなせる器用さを重宝されての事だろう。
有能なのは認めなければならないが、必要以上にコミュニケーションを求められて煩い。
「搭載さらているのは、赤外線カメラと暗視装置なのよ。見えるのは全く趣きの無い水墨画って感じね」
サイバネティクスによる超人に生まれ変わった椿だが、人格面では相変わらず日本人らしく掛けられた言葉と同じ程度の言葉で返そうとする習性が残っていた。
「なるほど、君の相棒から
シエーラの隠居先を特定したのは椿の部下にあたるハッカーの鵺だった。
彼女も椿と同じくローグにヘッドハンティングされた身だが、ジンドウの雇用契約から解き放たれた彼女は、持ち前の才能を完全に発揮したクラッカーとして、ローグの保有する最強の索敵能力となっていた。
「今の鵺を見ていると、馬鹿と天才は紙一重という言葉を噛み締めてしまうわ」
椿に与えられた作戦能力に鵺に与えられた資金と隠れ家、新しい職場とそこの上司については、人にも厳しい椿でさえ、まずまずの部類であると認めている。
少なくとも異国の地にて、民間人を殺害する事に関して経験と人材を備えていると。
「実は、君の相棒がいなくても、ここを特定する方法はあったんだ」
死刑執行人のような機微のない顔で呟くカーク。
これから気を引き締め直す事になる2人の束の間の雑談に、椿も愛想を振り撒く。
「負け惜しみなんて、工作員にも可愛いところがあるのね?」
「特別にCIA直伝の秘技を教えてやろう。両手に曲げた金属の棒を持つんだ。ダウジングって言ってな」
そして、調子を合わせた事を後悔した。
「聞いて損した」と表情筋を司るワイヤーを引き締める椿。
CIA崩れの殺し屋は、イヤーピースを外しながら白けた場の穴埋めに模索し始めた。
「この辺だとあの手の小屋は“モッキ”と言うらしいな。
ややこしいからバンガローと呼ぼう。ここがどこであろうと、木でできた小屋なのは変わらん」
「そんな事よりも追加の情報は? 鵺とあの男が直々にニューヨークに向かったのでしょう?」
無数の時計の中の一つに則れば大西洋の向こうでは、別のチームにより似たような工作が行われた頃合いだった。
「例の電波は傍受できたらしいが、こっちの計画に変更や中止はない」
椿は狗井を同行するカークはヴィズ・パールフレアの殺害を望んでいるが、彼女たちが所属する組織は、ルーリナの居場所の特定を最優先課題としている。
その第一段階として、ルーリナとその仲間のみが所有する特殊回線の衛星電話を探していた。
1つはアメリカにあり、そこにはローグが直々に出向いている。
2つ目は、エルフにして歴戦の傭兵シエーラ・ヴァーミリーが持っているとされていた。
椿たちの目的はシエーラの電話の確保なのだ。
「その言い方だと、ニューヨークの電話の奪取には失敗したのね。
と、なるとあのシエーラというエルフが、ルーリナへの唯一の手がかりかという事ね……」
椿の考えでは、本命はシエーラだと断定していた。その根拠はニューヨークにはローグとサポート役の鵺が向かい、椿の側にはローグに加えて襲撃部隊が同行しているからだ。
「議論の余地はない時間が時間だ。最後の打ち合わせを始めよう」
カークが無線用ヘッドセットを取り付け、椿は、頭部の内蔵アンプからその回線を開き、待機している襲撃部隊へと電子の連絡網を構築。
呼び出しと音声伝達感度の調整、無線通信に必要な諸調整を終え、本格的なブリーフィングが始まる。
「全隊員にもう一度と通達する。
お前たちがこれから行うのは世界最高水準の押し込み強盗だ。
バンガローに押し入り、衛星電話を見つけ、回収してもらう。
開始時間は事前の通達通りだ。
この任務の目的は特注の衛星電話の回収だ。障害となるものは全て排除して構わん。
注意点として、突入先で待ち構えているのはシエーラ・ヴァミリーという、元フランス陸軍とビアフラ共和国第7コマンド、ローデシア軍SASを歴任した筋金入りの傭兵だ。
選りすぐりのお前たちでもなかなか歯応えのある相手だろう。
もう一度告げる。この任務の目的は特注の衛星電話の回収だ。障害となるものは全て排除して構わん」
無線は数度の詳細な確認を経て閉鎖。号令を待つ猟犬のように、無線を聞いていた者から血の沸き立つ高揚が伝播していく。
「まさか本当に存在しない部隊が存在するなんてね」
「アメリカ中で選りすぐった幽霊共さ。名実共に百人力の兵隊だ」
「私たちだって東京ではそれなりの連中を揃えていたけど、こんな身体にされたよ。
あなたのそれが慢心でなければいいけどね」
「何か不満か?」
「本当の意味での強さはチームワークの中で発揮されるものよ。
あなたたちが変則に編成した部隊はどの水準まで迫れるのかしらね」
「だから、バックアップには千人力のあんたがいるだろう? ターミネーターニンジャさん?」
「そうね。敵討ちとなれば、成就は保証してあげる」
「縁起でもない話はやめようぜ。たった1人の女にあいつらが負けるなんて想像できねぇよ」
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