第129話 古兵の安息

 ルーリナがキューバに訪れた時、彼女が動かした運命の歯車は、時計の長針と短針のような関係で“シエーラ・ヴァーミリー”を巻き込んだ。

 

——フィンランド・キビジャリッヒ州——


北欧と括られるこの地域は、正にケルト民謡の母体となった環境を有していた。

 人よりも野生動物が多く、針葉樹林と苔の敷き詰められた沼が散見し、重くしっとりとした雪と見飽きるほどに夜空を彩るオーロラ。


 その全て、寒ささえも景色とした暖かいコテージから、シエーラ・ヴァーミリーは噂で聞く妖精とやらを探していた。


 リビングから見える視程は約20m、視野角は160度。世界の全ては純白を纏い、時季に空を占めるであろう雪雲の闇もその白さを濁らせる事は出来ない。

 全てが停止したような世界で、明確に時の移ろいを告げているのは暖炉の薪が焼ける音だった。


「妖精、というコールサインは使った事がないわね……」


 声が高い屋根に響き、部屋の隅々から夕食は鱈の燻製の匂いが立ち込める。その臭いは端的に悪臭だった。

 本当はニジマスを燻製にしようと燻製器まで買い入れたのだが、肝心のニジマスが釣れず、近海産の鱈を代用したのだが、この料理は失敗した。

 結果として彼女が平げたのは、竹藪火災の焼死体の匂いがする魚類のわずかな可食部分のみ。


「ふぅ。最悪な食事だった。ビアフラの戯餓を知らなかったらまず食べれるものじゃなかったわ」


 せっかく料理に合わせた食中酒用の白ワインは、慰めの食後酒として栓を抜く。

 グラス数杯分減ったワインボトルに栓を戻し、アルコールに甘えながら再び北欧の雪景色に思いを馳せる。

 ところが、ほろ酔いの脳裏には虚構の想起が映り込んだ。

 例えば、第7コマンドにいたあの詩人気取りの傭兵……あるいは傭兵気取りの詩人。あの男ならこの風景をどのように表したのだろうか。

 CMのように混じった後悔を振り払うと、今度はアルコールを補助に自己分析を始める。

 これも良策ではない。

 自分がどれほど難儀な性格をしているのかが浮き彫りとなるからだ。

 シエーラは、生物として備わった防衛機制で、常に平和と安寧を望み、内包した人格も生きている間に傭兵家業からの引退を望んでいる。

 が、実際に充分な金と平和を手に入れると、その安定に疎外感と拒絶反応が表れ始めるのだ。

 彼女の要する二面性は、アドレナリン中毒で補正された成功体験のほとんどを戦場で獲得した事による思考バイアスが原因だと突き止めている。

 しかし、自分の本質を理解しているはずなのに、それに対する対応が出来ていないのだ。

 思考回路が熱を帯びた。思想を区切り現状を見直す。


「………1人になり過ぎるのも良くはないな」


 今の彼女には仲間が必要だった。が、老練かつ歴戦の彼女にとって仲間は必ずしも有機体である必要はない。 


 食事を済まして一息つくと、ベッドルームに向かい、ベット下から木製のケースを取り出す。

 ケースに収められていたのは、ルフトヴァフェルの名を冠した猟銃、M30ルフトヴァフェル・ドリリング。

 この銃は、ドイツ第三帝国時代のドイツ空軍の為に調達された散弾とライフル弾用の3本の銃身を備えた奇抜な猟銃で、手に入れる為にも実用可能とするにも、相当な金額を費やしていた。

 

 銃身を掃除しながら、彼女は世界のどこにいても“これ武器”が手放せない事に苦笑した。


 今の自分の姿が彼女の本質の体現なのだ。


 どう御託を並べようと、頭の中には詰まっているのは、“それ 闘志”だけなのだから。

 

 

 

 

 

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