第128話 話術

 ヴィズたちが導かれたのは、島の南よりに山を背負うように建設されたベースキャンプだった。

 駐屯期間が長い為なのか、堀と有刺鉄線で囲まれたありきたりな野戦基地の敷地内は、仮の宿の域を超え、島の規模には不相応な集落レベルの設備を有している。


「滑走路があるのか………基地の規模に合わないな」


 ことさら、基地内には、本来必要の無さそうな中型の貨物機までなら離着陸できる規模の滑走路を備えている。


「島と本島間の輸送の補助と……職権濫用の賜物さ」


 将軍の鼻を掻く仕草に裏帳簿の存在を嗅ぎ取りつつ、ヴィズですら一目で分かる最重要建築物の前にジープが停まった。


「中佐、現物の確認はすぐできるのかな?」


 建物の持ち主は将軍らしく、証拠に建物の内装の一つに若干美化された将軍の自画像が飾られている。


「いやー。アレは冷戦の名残だ。掘り返さないとならん。

 英語だと……サブウェイ地下鉄だったか? サブウェイ地下鉄の中にある」


「たぶん、貴方が言いたいのはバンカー地下壕だよ」


「それは銀行員バンカーだろう」


 この発言には、さすがのルーリナも心配そうな顔をしていた。


「地下壕と地下鉄の区別がつかなくても不思議はないよ。

 この国は経済省にゲリラを就かせるようなお国柄だからね」と堂々と失言するローレンシア。


 「将軍、お見苦しいところを見せて申し訳ない」とルーリナが睨む。


「気にしなさんな。ルー。元々私は……こう……麗しい女性を前にすると舞い上がるタイプですからな」


 将軍の顔色を答え合わせに、ルーリナは目的を示すように態度を変えて尋ねていく。


「舞い上がるタイプで思いだしたけど、私が預けた物を返しってていったら出来る?」


「あ、あぁ。3日前に試したが、問題なかった。まだ世界二周くらいはできるだろうさ。

 その話も含めて、とりあえず執務室に来てくれて、この島で唯一のクーラーが聞いているんだ」


 将軍の先導で部屋へと入る。

 島内最高権力者の住まいだとしても、内部もかなり年季が入っており、雨漏れと湿気で黒ずんだ床材は、踏み込む事に歯軋りのような音を足音に絡ませた。

 

「さて、どうだい? ここが俺の執務室だ」


 執務室の東側の壁は島の地図と北アメリカの地図が壁を覆い。

 反対の壁には、ブタイの剥製と洋酒の棚が仕事を監視する位置を陣取っている。


 将校はこの島で最上級であろう革張りの椅子へと腰を下ろすと。自慢気に酒棚をしめした。


「まず、ご足労の労いだ。とりあえず、何か飲むかい?」

 

「いえ、それよりも話——」


 性急にと、将校を見つめるルーリナと対照に、ヴィズは酒棚に跪きそうなほど熱視線を送る。


「ルーリナ。せっかくの申しでを断るのも失礼だ。是非。一杯もらおう」


 ヴィズが餌に釣られると、将軍は外泊の許可を得た子供のように、自己顕示欲に目を輝かせた。


「好きな物を言ってくれ。グリンゴならウィスキーが好みかね? 日本、英国、カナダ、アメリカ。どこのでもあるぞ」


 一流を全て揃えているという胸を張る将軍に対して、ヴィズは一本の常備薬を指した。


「所望するのは、焦がした樽で醸造した物であります」


 未開封の高級酒に隠れた飲みかけのバーボンだ。

 恐らく将軍がコレクションを肴に嗜んでいたものだろうが、ヴィズが口に合うと確信できるグレードの物だ。


「ほほぅ。まるでクラカヂールロシア製攻撃ヘリのように頼もしいお姉さんだ」


 対照に動くヴィズとルーリナ。その結果、将校は誘導尋問のような形でヴィズに好感を抱き始める。


「我が将軍。確かに彼女は頼もしい。が、クラカヂールクロコダイルのロシア語並みに行動原理も原始的なの」


 ルーリナからヴィズのへの悪評は、人格の不完全さの共有という形で将校とヴィズの絆の架け橋へと姿を変えたのだ。


「お嬢さん。焦がした樽といえば、ワイルドターキーバーボンがある。とそれに合う葉巻は御入用かな?」


 贅肉のドレスをキャリアの鱗で着飾った大男が、6才児を彷彿させる幼稚な悪巧みを口元に浮かべる。


「将軍………」


 その会話の中でブレーキ役となるルーリナは更迭され、指揮系統には香ばしい黄金によるバイパスが設けられている。


「是非いただこう」


 ルーリナが肩をすくめて一歩下がり、ヴィズが物乞いよろしく将校に歩みよる。

 笑みが将校の頬肉を引き伸ばし、引き出しに手を伸ばす。

 そして、仔鰐の革で飾られた葉巻ケースが姿を現す。


「白カビが生えているが、このくらいが葉巻の最適な状態なのだ。騙されたと思って試してくれ」


 そういて手渡されたのは、拳銃用の小型サイレンサーほどのサイズの葉巻で、メーカーやブランドを示すラベルは巻かれていない。

 

「吸い口はどの程度で?」


 ワインの品定めと同じように受け取った葉巻を鼻に当てがう。しかし、彼女の鼻腔に葉巻の質を見極める機能は備わっていないので、リアクションは意味深に頷くに留めた。

 

「好みで、と言うべきだが、テーパーが消える4分の1ほど手前がおすすめだ」


 小型のギロチンのようなシガーカッターを受け取ったヴィズは、フランスの見せ物よろしくジャキリと葉巻の端を切り落とした。


 その直後、将校の笑顔が一瞬曇った。

 原因はヴィズが着火にオイルライターを使用したせいだ。


 が、ヴィズ本人は気にも留めない。

 

「ゲボっ! ゴホッ、ゴホッ!!」


「おいおい、肺に入れちゃダメだぞ」


「そうだった。タバコの癖でつい……」


 涙が枯れ果てたヴィズの目尻に透明な雫が輝く。

 それを拭き取りながら。仕切り直す。


 葉巻はジェットエンジンのように赤々と輝き、紫煙が完全に口腔に収まる。


「どうだ? 今度こそお気に召したかな?」


「これは素晴らしい。こいつを正確に表現するために詩集を読んでおくべきだった」


 ヴィズにとっての芳香に魅せられた至福の一時は、ルーリナにとって妨害の途絶えた千載一遇の機会となる。


「我が将軍。もてなしには大変な感銘を受けました。

 さて、そろそろ本題に入ってもいいかな?」


 ヴィズが書斎から下がり、代わりにルーリナが彼の前で談話を始める。


 葉巻を片手に、客用ソファでローレンシアの横に腰を下ろす。

 改めて脚を組み直し、その後はひたすらに葉巻の魅了に心を奪われる事にした。


「ヴィズ……あなたは彼のご機嫌取りの道具に使われたんだよ」とローレンシアが呆れ気味に囁く。


「知った事か」


 言葉と紫煙を吐き捨てる。


「それにあんたもワザと将軍の顰蹙を買って、ルーリナの株を上げさせていただろう」


 交渉が不利になると踏めばルーリナはもっと手綱を強めただろう。だが、彼女は敢えてそれをしなかった。

 ローレンシアが意図を汲んだのか、ただ調子に乗っただけなのかはさておき、彼女が披露した失言の数々は、全てルーリナが将軍への友好度を示す撒き餌にされたのだ。


「煙いなぁ。もう……」の一言ともに、お互いに相手を煙に巻いた。

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